173 / 309
第47話 山(4)
しおりを挟む
登山道は初めはやや勾配がきつく、階段の一段一段が結構高かった。階段といっても、細い丸太が打ち付けられただけのものだ。
さらに悪いことに、昨日までの雨で道は全体的のぬかるんでおり、丸太や木の根は凶悪に滑る状態になっていた。しかも私たちの履いているのはただのスニーカーである。
何度か滑りそうになりながら踏みとどまっていたが、少し高い段を越えようとした時、残した軸足が滑ってそのまま前のめりに転倒した。
「うわぁ!」
思わず悲鳴を上げて手をつく。仲間たちが大丈夫かと、心配そうに手を貸してくれた。幸いにも服が汚れただけで、痛いところはなかった。
「これは、ハイキングじゃなくて登山だ」
冷静にそう言うと、「元々登山だから」と奈都が呆れたように言った。葉の落ちる季節ではないが落ち葉も積もっていて、とにかく足元が悪い。時々登山道まで草木がかかっていることもあって、軍手を持ってきていた絢音が先頭を歩くことになった。
一度休憩を挟みたかったが、虫がブンブン飛び交っていて、あまり足を止めたい気分ではない。
「これ、行きより帰りがヤバそう」
背後でズリっと靴の滑る音がした後、疲れたような奈都の声がした。確かに、上りより下りの方が滑りそうだし、実際に下山時の方が事故が多いらしい。
それにしても疲れた。まだ登り始めてから15分くらいしか経っていない上、恐らく指標の15分より進んでいない。
「これは痩せる」
首にかけたタオルで汗を拭って、すでに重たい足を持ち上げた。木の根と石で構成された登山道は右へ左へうねりながら続いていて、先が見えない。そろそろなだらかになるかと期待してカーブを曲がると、さらに急坂が続いているという絶望を繰り返していると、やがて真っ直ぐな道になった。尾根ではないので傾斜はあるが、これまでの道と比べると格段に楽だ。
「平地最高!」
奈都が歓喜の声を上げた。
道の分かれる看板が現れたので、谷鳥之山の山頂に至る道を選ぶ。独立峰ではないので、山頂を経由せずに別の山に向かう道もあれば、他の場所に降りる道もある。
再び険しい上りになり、口数も少なく懸命に登っていると、額に冷たい雫が落ちてきた。昨日までの雨で時々枝葉から滴る雫が顔に当たる。
気にせず歩いていたが、雫の量は増えるばかりで、ついに背中から奈都の悲壮な声がした。
「雨が降ってきたんじゃない?」
「気のせいでしょ」
それは困るので、降っていないことにしたが、気の持ちようで誤魔化せる降りではなくなってきた。
絢音が「着るか」と呟いて合羽を取り出す。「いいなぁ」と羨ましげな眼差しを送ると、絢音が目をパチクリさせた。
「持って来てないの? あの予報で?」
「私の見た予報だと、雨は降らない感じだった」
「ナツは?」
「脳裏はよぎった」
奈都と二人で力強く頷くと、絢音は目立つオレンジ色の外套をまとって、「どうする?」と呆れたように聞いた。
もちろん、ここで引き返すかという意味だが、実際のところ大した降りではないし、すでに結構濡れている。帽子があるのでそんなに気にならないし、山頂までもう少しだ。土砂降りになることもないだろう。
「私たちの初挑戦を失敗で終わらせるわけにはいかない!」
私がそう強く訴えると、奈都は「退く勇気も大事だと思うけど」と弱気に呟いた。それもまた貴重な意見だ。
「奈都とはここでお別れだね」
「行くから! 全然平気だし! 私、水属性だし」
奈都が大袈裟な動きでそう言って、絢音がくすっと笑った。
奈都は確か風属性だったはずだが、この際何でもいい。気持ちが沈んだらおしまいだ。
山頂まで後少し。何の根拠もなくそう励まし合って、私たちは再び歩き始めた。
さらに悪いことに、昨日までの雨で道は全体的のぬかるんでおり、丸太や木の根は凶悪に滑る状態になっていた。しかも私たちの履いているのはただのスニーカーである。
何度か滑りそうになりながら踏みとどまっていたが、少し高い段を越えようとした時、残した軸足が滑ってそのまま前のめりに転倒した。
「うわぁ!」
思わず悲鳴を上げて手をつく。仲間たちが大丈夫かと、心配そうに手を貸してくれた。幸いにも服が汚れただけで、痛いところはなかった。
「これは、ハイキングじゃなくて登山だ」
冷静にそう言うと、「元々登山だから」と奈都が呆れたように言った。葉の落ちる季節ではないが落ち葉も積もっていて、とにかく足元が悪い。時々登山道まで草木がかかっていることもあって、軍手を持ってきていた絢音が先頭を歩くことになった。
一度休憩を挟みたかったが、虫がブンブン飛び交っていて、あまり足を止めたい気分ではない。
「これ、行きより帰りがヤバそう」
背後でズリっと靴の滑る音がした後、疲れたような奈都の声がした。確かに、上りより下りの方が滑りそうだし、実際に下山時の方が事故が多いらしい。
それにしても疲れた。まだ登り始めてから15分くらいしか経っていない上、恐らく指標の15分より進んでいない。
「これは痩せる」
首にかけたタオルで汗を拭って、すでに重たい足を持ち上げた。木の根と石で構成された登山道は右へ左へうねりながら続いていて、先が見えない。そろそろなだらかになるかと期待してカーブを曲がると、さらに急坂が続いているという絶望を繰り返していると、やがて真っ直ぐな道になった。尾根ではないので傾斜はあるが、これまでの道と比べると格段に楽だ。
「平地最高!」
奈都が歓喜の声を上げた。
道の分かれる看板が現れたので、谷鳥之山の山頂に至る道を選ぶ。独立峰ではないので、山頂を経由せずに別の山に向かう道もあれば、他の場所に降りる道もある。
再び険しい上りになり、口数も少なく懸命に登っていると、額に冷たい雫が落ちてきた。昨日までの雨で時々枝葉から滴る雫が顔に当たる。
気にせず歩いていたが、雫の量は増えるばかりで、ついに背中から奈都の悲壮な声がした。
「雨が降ってきたんじゃない?」
「気のせいでしょ」
それは困るので、降っていないことにしたが、気の持ちようで誤魔化せる降りではなくなってきた。
絢音が「着るか」と呟いて合羽を取り出す。「いいなぁ」と羨ましげな眼差しを送ると、絢音が目をパチクリさせた。
「持って来てないの? あの予報で?」
「私の見た予報だと、雨は降らない感じだった」
「ナツは?」
「脳裏はよぎった」
奈都と二人で力強く頷くと、絢音は目立つオレンジ色の外套をまとって、「どうする?」と呆れたように聞いた。
もちろん、ここで引き返すかという意味だが、実際のところ大した降りではないし、すでに結構濡れている。帽子があるのでそんなに気にならないし、山頂までもう少しだ。土砂降りになることもないだろう。
「私たちの初挑戦を失敗で終わらせるわけにはいかない!」
私がそう強く訴えると、奈都は「退く勇気も大事だと思うけど」と弱気に呟いた。それもまた貴重な意見だ。
「奈都とはここでお別れだね」
「行くから! 全然平気だし! 私、水属性だし」
奈都が大袈裟な動きでそう言って、絢音がくすっと笑った。
奈都は確か風属性だったはずだが、この際何でもいい。気持ちが沈んだらおしまいだ。
山頂まで後少し。何の根拠もなくそう励まし合って、私たちは再び歩き始めた。
0
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる