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番外編 パックマン(1)

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※今回、話の切れ目ではないところで切っています。

  *  *  *

 あれが伏線だったとは思えないが、涼夏の意識下に残っていたのだろう。絢音がGoogleで「パックマン」で検索するとパックマンを遊べるというトリビアを披露した数日後、ジャージ姿の涼夏が招集した私たちを前にしてこう言った。
「今からパックマンゲームをします」
「パックマンはゲームだよ?」
 奈都がよくわからないツッコミをして、隣で絢音がお腹を抱えて笑った。私には面白さがわからなかったから、奈都は絢音に深く感謝するべきである。
 大きな公園の広場。頭上には青空が広がり、空気はカラッと乾いている。一年で最も過ごしやすい季節ではないだろうか。もっとも、そろそろ夏の気配を感じるし、日焼け止めはたくさん塗ってきた。
 動ける格好で来いと言われ、Tシャツとスニーカーで来たが、まさか涼夏がジャージで来るとは思わなかった。運動が好きではない涼夏が、ガチで動く企画を立てるのは想定外だ。
「涼夏はジャージでも可愛いね」
 絢音がうっとりと目を細める。それはジャージに失礼だが、ジャージの方でもオシャレのことなど考えていないだろう。ましてや学校指定のものだ。
 涼夏が「結波ブランド」と校章を指差してから、パックマンゲームの説明を始めた。
「まず、キャラクターを選びます」
「キャラクターって何?」
 私が思わず口を挟むと、涼夏がスマホでWikipediaを開いた。
「これだね。アカベイ、ピンキー、アオスケ、グズタって名前が付いてる。ナッちゃんは粘着タイプだから、アカベイね」
 涼夏が悪意なく決め付けると、奈都が悲鳴を上げた。
「粘着じゃないし!」
「後ろをひたすら追いかけるって」
「じゃあ、私は頭脳タイプのピンキーやるね」
 入学以来ずっと学年順位一桁をキープしている絢音が、頑張るぞと拳を握った。実に可愛い。
 奈都が「じゃあって何?」と声に悲壮感を漂わせたが、涼夏はそれを無視して続けた。
「じゃあ、私はアオスケね。イメージカラー的には私がアカベイだけど、粘着質じゃないし」
「私も違うから!」
 奈都が心外だと首を振った。ちなみにイメージカラーとは、ボードゲームをする際に自然と選ぶコマの色の話で、涼夏が赤、絢音が黄色、奈都が青、私が緑になっている。
 今回は色は関係ないので、私が残ったグズタだと主張すると、3人が不思議そうに私の顔を見つめた。言いたいことは薄々わかるが、敢えて無視してみる。
「グズタって、やっぱり愚図なんスかねぇ。私にピッタリっスねぇ」
「何その口調」
 奈都が肩をすくめてから、涼夏が真顔で言った。
「部長はパックマンだから」
「はい。何となくそんな気はしてました」
 今のところパックマンゲームがどんなゲームかはわからないが、少なくともパックマンがいないことには成立しないだろう。ルール説明の続きを促すと、涼夏は満足げに頷いた。
「3人はそれぞれ、個性に合う動きをしてパックマンを捕まえます。パックマンを捕まえたら1000点」
「私はひたすら追いかけるだけだから楽だね」
 粘着タイプの奈都が軽やかに笑った。絢音が「先回りする感じか」と呟き、涼夏が「アオスケ、気まぐれの割に難しい動きだなぁ」と唸った。パックマンを中心にして、アカベイの点対象の位置を最短距離で目指して動くらしい。なるほど、わからない。
「まあ、テキトーに動いてみる。とりあえずやってみよう」
 涼夏がそう言って、体をぐるっと回した。奈都も屈伸を始めたので、私は務めて冷静に聞いてみた。
「私の勝利条件は?」
 非対称のゲームであることは理解した。陣営ごとに勝利条件が異なるのもよくあることだ。
 私の知っているパックマンは、ステージ内のドットをすべて取ると勝利する。私は何を集めればいいのか聞くと、涼夏はキョトンとして首を振った。
「ただ逃げてくれればいいよ?」
「それはパックマンじゃなくて、鬼ごっこでは?」
 静かにそう突っ込むと、隣で絢音が大きな声で笑った。何故か私が面白いと言われたが、至極真っ当なことを言ったつもりだ。
「まあ、やってみてから考えよう」
 涼夏が笑いながらそう言って私の肩を叩いた。これほどやらなくても結果がわかる遊びもないが、とりあえずやってみる。
 準備運動をしてから走り始めると、奈都が全力で追いかけてきた。涼夏はそこら辺を走り回り、絢音はじっと私の動きを見つめている。
 しばらく逃げ回っていたが、絢音の動きに合わせて速度を落としたところで奈都に捕まった。そもそも奈都の方が私より身体能力が高い上、私にはクリア条件がないので、遅かれ早かれこの結末に至っただろう。
「なんだこのゲーム」
 肩で息をしながら悪態をつくと、涼夏がタオルで汗を拭きながら大きく頷いた。
「テストプレイによって、重大な欠陥が露見した」
「いや、わかってたから。やる前から完全にわかってたから」
 私がそう主張すると、奈都がそっと手を挙げた。
「私、ちょっと考えた」
「何?」
「パックマンにも勝利条件を付けたらどうだろう」
「ずっとそう言ってるから!」
 思わず声を上げると、奈都がくすくすと笑った。さすがに冗談だったようだ。
 改めてパックマンというゲームを調べると、240個のドットと4個のパワーエサを集めるとあった。奈都が「何か200個くらいない?」と言い出したが、そのルールでやるなら、是非ともパックマンの役は譲りたい。
 現実的な数で、6つのアイテムをあちこちに置いて、それを集めることになった。各自の水筒やペットボトル、制汗スプレーを並べる。ちなみに、持って動くのは到底無理なので、倒せばよいことになった。缶蹴りみたいだ。蹴らないけど。
 もう一つ改定したルールとして、モンスター役の3人は一定のスピードで動くことになった。全力を出されたら、どんなルールだったとしてもすぐに奈都に捕まって終わってしまう。
 十分離れた位置からスタートすると、ゆっくりと奈都が近付いてきた。ゆっくりと言ってもジョギングのスピードだ。こっちも走らないと捕まってしまう。
 涼夏が公園のランニングコースを走っている人のように、同じところをぐるぐる回る。これはこれでタイミングに気を付けないといけないが、急に振り返るのは無しにしたので、後ろをついて行くのはありかもしれない。
 もっとも、涼夏より奈都の方が動きが速いので、挟まれるか追い抜いてしまう。マラソンのペースメーカーみたいに、全員スピードをピッタリ合わせて欲しいが、そんな器用な真似ができるわけがない。
 絢音は私の動きを見ながら、私の行こうとしている方向にざっくりと動いている。クリアするという目的を考えると、奈都より邪魔かもしれない。
 どうにか2つまで集めたが、アイテムが少なくなるにつれて、絢音の動きが効率よく私を妨害し始めた。それに、ずっと走り続けていて疲れてきた。
「奈都の動きが全然鈍らない!」
 もはや走っているのか歩いているのかもわからない涼夏と違って、奈都は元気いっぱいだ。さすが現役運動部である。
「痩せていいんじゃない? パックマンダイエット」
 奈都が後ろから陽気に笑った。ずっと走っているとはいえ、ただ私を追っているだけだから楽なのだろう。
 結局3つ取ったところで奈都に捕まった。肩で息をしながら、回収したペットボトルのキャップを開ける。タオルで汗を拭きながら飲んでいると、絢音が息を弾ませながら言った。
「地味な欠陥を発見したよ」
「どんな?」
「本来千紗都はナツより早く走った分だけ余裕ができるはずなのに、千紗都が直角に曲がっても、ナツが対角線上に千紗都を追いかけるから、全然距離が広がらない」
 それはやりながら少し思った。本来、パックマンには斜めの動きは存在しない。直線上でしか距離に差をつけられないが、狭いフィールドなので結局すぐ引き返さなくてはならず、斜めに動く奈都との距離が一気に縮められる。
「チサの動きをトレースするのは無理だよ。直角にしか曲がれないルールにする?」
「それは走る爽快感がないなぁ」
 絢音がそう言うと、ぐったりしていた涼夏が頭を振った。
「元々このゲームに爽快感などない」
「誰が言い出したの?」
 無理矢理立たせると、涼夏が疲れたようにため息をついた。
「まあ、とりあえず次だ」
 一応まだ続ける意思はあるらしい。むしろ私もヘトヘトなのだが、涼夏より先に音を上げるわけにはいかない。
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