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第27話 悩み(1)
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※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
いよいよクリスマスが近付いてきた。キリスト教徒でなくても、日本では一般的にクリスマスを賑やかに過ごす習慣がある。ハロウィンも同じ。単に騒ぐ口実が欲しいだけなので、クリスチャンの皆様には申し訳なく思うが、子供のやることだと許して欲しい。
もっとも、去年のクリスマスは受験の真っ最中ということもあり、奈都と二人でケーキを食べただけだった。一昨年は孤独に過ごした。中1の時は平日だったか忘れたが、何もした記憶がない。だから、友達と賑やかに過ごすクリスマスは、今年が初めてである。
文化祭もそうだったが、私はお祭りが好きだ。クリスマス会も、誰も声を上げなければ私が率先して企画するつもりだったが、もちろん涼夏がパーティーを開くと言ってくれたので、それに乗っかることにした。涼夏は「いつも私が決めちゃっていいの?」と若干不安そうだったが、私も絢音も、涼夏についていくのが好きなので何も問題ない。
2学期の期末試験も終わり、私の心は100%解放されていた。順位はまだわからないが、51位より悪いということはないだろう。にこにこしながら歩いていると、涼夏が呆れたように言った。
「気が早いから。まだもうちょっとあるから」
「私、今なら飛べそう」
「それ、お酒の力を借りて自殺する人みたいだから」
「そうなの?」
「いや、知らん」
二人でケラケラと笑う。涼夏もテストが終わってからテンションが高い。それとは対照的に、絢音が少し元気がないことに、もちろん私も涼夏も気が付いていた。そもそも、積極的に手を繋ごうとして来ない時点で、絢音らしくない。
今日は涼夏はバイトがある。絢音のことは任せたと涼夏が目配せを送ってきたので、私は大きく頷いた。元より、声をかけるつもりだ。絢音も、自分が元気のないことに、私と涼夏が気が付いていることに気が付いているだろう。むしろ、敢えてそうしているようにも見える。
案の定、涼夏と別れた後、絢音は小さくため息をついて口を開いた。
「千紗都。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「もちろん」
即答すると、絢音がそっと微笑んで吐息を零した。どこかカフェにでも入るか、あるいは賑やかだがマックにでも行くかと提案したら、絢音は私の部屋がいいと言った。二人きりの静かな場所で話したいらしい。もちろん構わないと頷きながら、念のため確認した。
「悩んでるのは、涼夏のこと?」
「まったく違うけど、どうして?」
絢音がキョトンと首を傾げる。私は安堵の息をつきながら答えた。
「涼夏が帰ってから話し始めたから」
「バイトに行く直前に悩み相談されても困るでしょ。幸いにも、千紗都には話せて涼夏には話せないことは一つもない」
そう言って、絢音が顔を綻ばせる。それはとても嬉しいことだ。私も含めて、みんなそれぞれ悩みの一つくらいあるだろうが、それが私たちの関係によるものであってほしくない。
私の家までは無難にクリスマスの話をして過ごし、家に着くととりあえず紅茶を淹れた。制服は鬱陶しいので部屋着に着替えさせてもらうと、絢音はクマのぬいぐるみを手に取って、優しい微笑みを浮かべた。
「メテオラ、久しぶり」
「よく名前覚えてたね。私の中で、その子はクマに戻ってた」
「千紗都は、私や涼夏に、少女Aとか呼ばれたら悲しくないの? ちゃんと名前で呼んであげて」
ちゃんとと言われても、絢音が勝手につけた名前だが、意外とメテオラはしっくり来る。仕方なく、私は古くからの戦友を胸に抱えて声をかけた。
「ただいま、メテオラ」
絢音がじっと私を見つめる。なんだろう、この羞恥プレイは。私はぬいぐるみを棚に戻して、クッションの上に腰を下ろした。
絢音が優雅に紅茶を飲んでから、うっとりと目を細めた。
「当たり前だけど、千紗都の部屋は千紗都の匂いがする」
「それは自分ではわからない」
「ポリ袋に入れて持ち帰って、家で吸いたい」
「絵的には完全にクスリヤッてる人だね」
冷静にそう突っ込むと、絢音が可笑しそうに口元に手を寄せた。悩み相談をしたいと言っていたが、ここに来てから随分表情が穏やかだ。急かすことでもないので、絢音のタイミングに委ねると、絢音がふとベッドを見ながら言った。
「涼夏とナツはよく来るの?」
「よくは来ない。涼夏はお金がかかるし、奈都は部活があるし」
「たまには来る。そして、そのたびにここで1時間チャレンジをする」
絢音がポンポンと布団を叩きながら私を見た。犯人に証拠を突き付ける刑事のような眼差しだ。私は咎められているのだろうか。
「まあ、1時間とは言わないけど、来たら少しくらいはごろごろしてるね」
「そう。なんだかんだ言って、私はまだしたことがない」
絢音が私から視線を逸らして、切なそうにため息をついた。確かに、1時間チャレンジの話題はよく出るが、結局絢音とは一度もしていない。奈都と初めてしてから、もう半年も経っているのに。
もちろんそれは、そもそも絢音があまり私の部屋に来ないからであって、友情の度合いとは一切関係がない。ただ、部屋に来る頻度自体を関係の深さと捉えているのなら、それは大問題だ。
「そんなのは、いつだってするよ」
ベッドに腰掛けて両手を広げると、絢音は目を細めてはにかんで、腰を上げてシャツを緩めた。
ふわりと体を抱きしめられて、そのまま絢音を胸に抱いてベッドに倒れ込む。仰向けで絢音を上に乗っけて、背中を抱きしめながら髪を撫でていると、絢音が私の胸に顔をうずめたまま嬉しそうな声を出した。
「当たり前だけど、千紗都は千紗都の匂いがする」
「それは当たり前だ。むしろ定義だから」
「女の子はいい匂いがするから好き」
いかにも男兄弟に囲まれて過ごしている絢音らしい発言だ。幸いにも父親から加齢臭のようなものを感じたことはないが、涼夏や絢音はいい香りがする。世の中には女子高生の匂いがするデオドラントのようなものもあるらしいから、きっと何か私たちだけが持っている成分があるのだろう。
絢音が私の首から太ももまで手を這わせながら、時々その指に柔らかく肉を挟み込む。くすぐったいのを我慢していたら、絢音が満足げに頷いた。
「少し引き締まった気がする」
「そう? 誰かに太ったって言われてから、頑張って走ってる」
平坦な声でそう告げると、その誰かは私の色々なところを揉みながら笑った。
「言ったから太ったわけじゃないでしょ? 私は無罪」
「それはまあ、そうだね」
もし絢音が言葉にしただけで体型が変わるなら、もう少しだけ肉を落として欲しい。ただ、それ以外には特に自分の体型に不満は無い。身長は奈都くらいあってもいいが、割と今の高さも気に入っている。
絢音の体温が気持ち良かったので、なんとなく顔を上げさせてキスをした。しばらく唇を重ねながら転がっていると、絢音が子供のような笑顔を見せた。
そっと髪を撫でながら、努めて優しい声で言った。
「絢音のことも大好きだよ。私は部員に優劣をつけてない」
それは本当にそうなのだ。ただ、涼夏の方が私に対して積極的なので、必然的に絢音より涼夏と一緒にいる時間の方が濃密になっている。時間数だけで見ると、平日に3日バイトを入れている涼夏より、絢音の方が一緒にいる時間が長い。
そういうことをゆっくり語ると、絢音は私の胸の谷間に顔をすり寄せながら、不思議そうに言った。
「なんでいきなりそんな話をし始めたの?」
「なんでって……」
私は思わず困惑して、髪を撫でる手を止めた。絢音が胸から顔を離して、私を見てパチクリとまばたきをした。
「まさか、もしかして、私の相談したい悩みが、そんなことだって勘違いしてる?」
「あ、あれ?」
私が思わず間抜け面で首を傾げると、絢音は可笑しそうに目元を緩めて、再び私の胸に顔をうずめた。
「涼夏にも相談できる悩みだって言ったじゃん。それに、私結構、千紗都にとって西畑絢音は必要な人間だって自惚れてるよ」
改めて言われると、絢音は私たちのことではないと言っていた。なんだか恥ずかしくなって、ぬいぐるみでも抱きしめるように絢音の頭を両腕で抱え込んだ。
「早く言ってよ!」
「そんな誤解をしてるとは思わなかったから」
「自分だけ1時間チャレンジをしてないことを悩んでるんだって、本気で思った」
「それはかなり面白いね。野阪千紗都はアトラクションの名前みたいになってきたね。ブラックサイクロンみたいな」
かつてLSパークにあった有名なジェットコースターの名前を挙げながら、絢音が楽しそうに笑い声を零す。
「野阪千紗都の1時間チャレンジコースは、愛友限定で1回500円です」
「出た、愛友。割引クーポンがあるって聞いた」
「10枚で4500円なので、1回450円です。有効期限は1週間」
「10枚綴りなら、せめて10日は使えてお願い」
くだらない話をして笑いながら、のんびりした時間を過ごす。絢音が私の太ももに膝を割り込ませて、キスをしながら指先で私の輪郭をなぞった。温もりが心地良い。私はどんどん、誰かいないとダメになっていく。
* * *
いよいよクリスマスが近付いてきた。キリスト教徒でなくても、日本では一般的にクリスマスを賑やかに過ごす習慣がある。ハロウィンも同じ。単に騒ぐ口実が欲しいだけなので、クリスチャンの皆様には申し訳なく思うが、子供のやることだと許して欲しい。
もっとも、去年のクリスマスは受験の真っ最中ということもあり、奈都と二人でケーキを食べただけだった。一昨年は孤独に過ごした。中1の時は平日だったか忘れたが、何もした記憶がない。だから、友達と賑やかに過ごすクリスマスは、今年が初めてである。
文化祭もそうだったが、私はお祭りが好きだ。クリスマス会も、誰も声を上げなければ私が率先して企画するつもりだったが、もちろん涼夏がパーティーを開くと言ってくれたので、それに乗っかることにした。涼夏は「いつも私が決めちゃっていいの?」と若干不安そうだったが、私も絢音も、涼夏についていくのが好きなので何も問題ない。
2学期の期末試験も終わり、私の心は100%解放されていた。順位はまだわからないが、51位より悪いということはないだろう。にこにこしながら歩いていると、涼夏が呆れたように言った。
「気が早いから。まだもうちょっとあるから」
「私、今なら飛べそう」
「それ、お酒の力を借りて自殺する人みたいだから」
「そうなの?」
「いや、知らん」
二人でケラケラと笑う。涼夏もテストが終わってからテンションが高い。それとは対照的に、絢音が少し元気がないことに、もちろん私も涼夏も気が付いていた。そもそも、積極的に手を繋ごうとして来ない時点で、絢音らしくない。
今日は涼夏はバイトがある。絢音のことは任せたと涼夏が目配せを送ってきたので、私は大きく頷いた。元より、声をかけるつもりだ。絢音も、自分が元気のないことに、私と涼夏が気が付いていることに気が付いているだろう。むしろ、敢えてそうしているようにも見える。
案の定、涼夏と別れた後、絢音は小さくため息をついて口を開いた。
「千紗都。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「もちろん」
即答すると、絢音がそっと微笑んで吐息を零した。どこかカフェにでも入るか、あるいは賑やかだがマックにでも行くかと提案したら、絢音は私の部屋がいいと言った。二人きりの静かな場所で話したいらしい。もちろん構わないと頷きながら、念のため確認した。
「悩んでるのは、涼夏のこと?」
「まったく違うけど、どうして?」
絢音がキョトンと首を傾げる。私は安堵の息をつきながら答えた。
「涼夏が帰ってから話し始めたから」
「バイトに行く直前に悩み相談されても困るでしょ。幸いにも、千紗都には話せて涼夏には話せないことは一つもない」
そう言って、絢音が顔を綻ばせる。それはとても嬉しいことだ。私も含めて、みんなそれぞれ悩みの一つくらいあるだろうが、それが私たちの関係によるものであってほしくない。
私の家までは無難にクリスマスの話をして過ごし、家に着くととりあえず紅茶を淹れた。制服は鬱陶しいので部屋着に着替えさせてもらうと、絢音はクマのぬいぐるみを手に取って、優しい微笑みを浮かべた。
「メテオラ、久しぶり」
「よく名前覚えてたね。私の中で、その子はクマに戻ってた」
「千紗都は、私や涼夏に、少女Aとか呼ばれたら悲しくないの? ちゃんと名前で呼んであげて」
ちゃんとと言われても、絢音が勝手につけた名前だが、意外とメテオラはしっくり来る。仕方なく、私は古くからの戦友を胸に抱えて声をかけた。
「ただいま、メテオラ」
絢音がじっと私を見つめる。なんだろう、この羞恥プレイは。私はぬいぐるみを棚に戻して、クッションの上に腰を下ろした。
絢音が優雅に紅茶を飲んでから、うっとりと目を細めた。
「当たり前だけど、千紗都の部屋は千紗都の匂いがする」
「それは自分ではわからない」
「ポリ袋に入れて持ち帰って、家で吸いたい」
「絵的には完全にクスリヤッてる人だね」
冷静にそう突っ込むと、絢音が可笑しそうに口元に手を寄せた。悩み相談をしたいと言っていたが、ここに来てから随分表情が穏やかだ。急かすことでもないので、絢音のタイミングに委ねると、絢音がふとベッドを見ながら言った。
「涼夏とナツはよく来るの?」
「よくは来ない。涼夏はお金がかかるし、奈都は部活があるし」
「たまには来る。そして、そのたびにここで1時間チャレンジをする」
絢音がポンポンと布団を叩きながら私を見た。犯人に証拠を突き付ける刑事のような眼差しだ。私は咎められているのだろうか。
「まあ、1時間とは言わないけど、来たら少しくらいはごろごろしてるね」
「そう。なんだかんだ言って、私はまだしたことがない」
絢音が私から視線を逸らして、切なそうにため息をついた。確かに、1時間チャレンジの話題はよく出るが、結局絢音とは一度もしていない。奈都と初めてしてから、もう半年も経っているのに。
もちろんそれは、そもそも絢音があまり私の部屋に来ないからであって、友情の度合いとは一切関係がない。ただ、部屋に来る頻度自体を関係の深さと捉えているのなら、それは大問題だ。
「そんなのは、いつだってするよ」
ベッドに腰掛けて両手を広げると、絢音は目を細めてはにかんで、腰を上げてシャツを緩めた。
ふわりと体を抱きしめられて、そのまま絢音を胸に抱いてベッドに倒れ込む。仰向けで絢音を上に乗っけて、背中を抱きしめながら髪を撫でていると、絢音が私の胸に顔をうずめたまま嬉しそうな声を出した。
「当たり前だけど、千紗都は千紗都の匂いがする」
「それは当たり前だ。むしろ定義だから」
「女の子はいい匂いがするから好き」
いかにも男兄弟に囲まれて過ごしている絢音らしい発言だ。幸いにも父親から加齢臭のようなものを感じたことはないが、涼夏や絢音はいい香りがする。世の中には女子高生の匂いがするデオドラントのようなものもあるらしいから、きっと何か私たちだけが持っている成分があるのだろう。
絢音が私の首から太ももまで手を這わせながら、時々その指に柔らかく肉を挟み込む。くすぐったいのを我慢していたら、絢音が満足げに頷いた。
「少し引き締まった気がする」
「そう? 誰かに太ったって言われてから、頑張って走ってる」
平坦な声でそう告げると、その誰かは私の色々なところを揉みながら笑った。
「言ったから太ったわけじゃないでしょ? 私は無罪」
「それはまあ、そうだね」
もし絢音が言葉にしただけで体型が変わるなら、もう少しだけ肉を落として欲しい。ただ、それ以外には特に自分の体型に不満は無い。身長は奈都くらいあってもいいが、割と今の高さも気に入っている。
絢音の体温が気持ち良かったので、なんとなく顔を上げさせてキスをした。しばらく唇を重ねながら転がっていると、絢音が子供のような笑顔を見せた。
そっと髪を撫でながら、努めて優しい声で言った。
「絢音のことも大好きだよ。私は部員に優劣をつけてない」
それは本当にそうなのだ。ただ、涼夏の方が私に対して積極的なので、必然的に絢音より涼夏と一緒にいる時間の方が濃密になっている。時間数だけで見ると、平日に3日バイトを入れている涼夏より、絢音の方が一緒にいる時間が長い。
そういうことをゆっくり語ると、絢音は私の胸の谷間に顔をすり寄せながら、不思議そうに言った。
「なんでいきなりそんな話をし始めたの?」
「なんでって……」
私は思わず困惑して、髪を撫でる手を止めた。絢音が胸から顔を離して、私を見てパチクリとまばたきをした。
「まさか、もしかして、私の相談したい悩みが、そんなことだって勘違いしてる?」
「あ、あれ?」
私が思わず間抜け面で首を傾げると、絢音は可笑しそうに目元を緩めて、再び私の胸に顔をうずめた。
「涼夏にも相談できる悩みだって言ったじゃん。それに、私結構、千紗都にとって西畑絢音は必要な人間だって自惚れてるよ」
改めて言われると、絢音は私たちのことではないと言っていた。なんだか恥ずかしくなって、ぬいぐるみでも抱きしめるように絢音の頭を両腕で抱え込んだ。
「早く言ってよ!」
「そんな誤解をしてるとは思わなかったから」
「自分だけ1時間チャレンジをしてないことを悩んでるんだって、本気で思った」
「それはかなり面白いね。野阪千紗都はアトラクションの名前みたいになってきたね。ブラックサイクロンみたいな」
かつてLSパークにあった有名なジェットコースターの名前を挙げながら、絢音が楽しそうに笑い声を零す。
「野阪千紗都の1時間チャレンジコースは、愛友限定で1回500円です」
「出た、愛友。割引クーポンがあるって聞いた」
「10枚で4500円なので、1回450円です。有効期限は1週間」
「10枚綴りなら、せめて10日は使えてお願い」
くだらない話をして笑いながら、のんびりした時間を過ごす。絢音が私の太ももに膝を割り込ませて、キスをしながら指先で私の輪郭をなぞった。温もりが心地良い。私はどんどん、誰かいないとダメになっていく。
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