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第13話 労働(1)
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開け放した窓から、セミの鳴き声が聞こえてくる。扇風機は一番強風で首を振っている。ベッドの上では、奈都がうつ伏せになって、私の買ったファッション雑誌を眺めている。剥き出しの太ももに、丸みを帯びたお尻。顔をうずめてみたいが、色々と失いそうなので我慢している。
外は暑いし、涼夏はバイトだし、家でのんびり過ごそうと思っていたら、奈都も今日は家でのんびり過ごす予定だったらしく、どうせならと二人でくつろいでいる。奈都の母親は専業主婦で家にいるので、こういう時はもっぱら私の部屋だ。中学の時もよくこうして一緒にいた。
私はタブレットで動画を見ていたが、いまいち気が乗らなかったので停止してイヤホンを外した。
「ねえ、奈都」
お尻を見つめながら呼びかけると、奈都は雑誌から目を外さずに、「んー?」と気のない返事をした。
「私、アルバイトをしたいと思うんだけど、どう思う?」
そう切り出しながら、そっとお尻に手を乗せて力を込めた。心地良い弾力で指が押し返される。これは絢音メソッドだ。真面目な話をしながらエッチなことをすると、話に気を取られてエッチな方への意識が散漫になる。堂々と奈都のお尻を撫でると、奈都は驚いた顔で体を起こした。
「どうしてお尻を触ったの?」
「バイトなんだけどさぁ」
「先にお尻の話をしよう」
きっぱりと奈都がそう言って、私に続きを話させなかった。おかしい。私は胸を揉まれながら真面目な話をされた時、とても胸のことに言及できるような空気ではなかった。たかがお尻でこうなるのは、奈都が空気を読めないせいだろう。そうに違いない。
「お尻に霊が憑いてたから手で祓った」
「怖いから! でも面白いからいいや。で、バイトするの?」
元々怒っていたわけではない。奈都がベッドの端に座って、好奇心半分、不安半分という顔で私を見下ろした。私は奈都の前に座ってコクリと頷いた。
「退屈しそうだし、お金も欲しいし、人生経験にもなると思うし」
「そっか。頑張ってね」
「奈都も一緒にやろう」
両手をそっと太ももに置いて、真っ直ぐ奈都を見上げた。スッと指先で太ももを撫でると、奈都が変な声を出して私の手を取った。
「私はいいよ。帰宅部の二人は?」
「涼夏の雑貨屋は今募集してないみたいで、絢音は塾との掛け持ちが大変そうだからパスって」
「それで私?」
「そういうわけじゃないけど、私には友達が3人しかいない」
何も考えずにそう言うと、自分の言葉に悲しくなった。数より質だとは思うが、自信満々に言うようなことでもない。
奈都がなんとも言えない顔をして、寂しそうに目を背ける。私は頭を振って悲鳴を上げた。
「そんな目で見ないで!」
「中学の時の3倍になったじゃん」
「やめて! 涙が止まらない!」
えーんと嘘泣きしながら奈都の太ももに顔をうずめると、奈都が優しく髪を撫でてくれた。なんだか言動がだんだん絢音に似てきた気がする。腰とお尻に手を回して、グッと引き寄せながらショートパンツに顔を押し付けると、奈都が私の髪を指で梳かしながら、困惑した声で言った。
「帰宅部のゼロ距離コミュニケーションに、私は戸惑いを隠せない」
「バイト、やるなら何がいい?」
顔が幸せなので、発言を意図的に無視して続けると、奈都は諦めたように私の頭に手を乗せた。
「そもそも夏休みに短期でやってて、今からでも大丈夫なところだよね? やっぱりイベントスタッフとか?」
「肉体的に大変なのは無理だ。私は文化系なの」
「おい、元バドミントン部」
帰宅部でだらだらしている今思うと、よく中学時代、素振りとか走り込みとかしていたと思う。中1なんてきっと自分の意思などなく、ただ言われるままに行動するだけの生き物なのだ。もちろん、中には絢音みたいに自分でバンドを組んでしまうような子もいるが、私の方がマジョリティーだと信じたい。
「涼夏の雑貨屋とか、楽そう……って言ったら涼夏に悪いけど、客層もいいし、いいなって思う」
奈都のお腹に顔をうずめたまま、くぐもった声で言った。もちろん仕事だから楽ではないだろうが、例えばコンビニと比べたら客層もいいし、やることも少ないし、トイレ掃除もない。私のような人生経験の少ない女子高生にもできそうな気がする。
奈都が同意を示しつつも、残念そうに息を吐いた。
「ああいうところは、長期でしかやってないだろうね。人の入れ替わりも少なそうだし」
「どこかない? 屋内で、客層が良くて、肉体労働じゃない仕事で、短期でも雇ってくれそうなとこ」
「お前は我が儘なお嬢様か」
奈都が呆れたようにそう言いながら、スマホを取って画面をタップした。私も幸せな温もりを手放して、奈都の隣に座ってタブレットを起動した。
しばらくアルバイトについて検索したら、カラオケなどは店によって短期で募集しているところもあるようだった。夏休みで学生客が増え、通常は暇な平日にスタッフを増強したいらしい。夜はアルコールが提供されるのでダメだが、昼なら客層もいいだろうし、仕事もそんなに複雑ではない。
私が目を輝かせると、奈都が眉をひそめて難色を示した。
「でも、カラオケだと、二人一緒は難しそうじゃない?」
確かに、二人一緒に雇ってくれたからといって、常に同じシフトに入れるわけではない。友達と一緒にバイトをやるメリットを調べると、急用の時にシフトの融通が利くというのがあった。つまり、最初から同じ時間には働かない前提だ。
「まあ、どうせ仕事中はお喋りとかできないだろうし、同じ場所で同じ仕事をしてるってだけでも良くない?」
「チサと一緒じゃなかったら、私は別に働くことに興味がないけど」
奈都がそう言って、真っ直ぐ私の目を見つめた。確かに、私に付き合おうとしているだけの奈都が、私のいない時にバイトをするメリットはない。元々私が一人だと不安だし寂しいから、無理を言って巻き込んでいるだけだ。
相変わらず、私は奈都に甘えすぎている。涼夏は春からずっと一人で働いている。私も見習わなくてはいけない。
「そうだね。やっぱり、私一人でやる」
タブレットを持ったままベッドから下りて、カーペットの上に腰を下ろした。テーブルにタブレットを立てて近くのカラオケ店を検索していると、奈都が「もうっ!」と拗ねたように言って、ベッドから下りて私の背中に張り付いた。
「なんで最近、そんなに私に冷たいの? 嫌いになったの?」
「いや、どう考えても大好きでしょ。ただ、あんまり甘えちゃダメかなって」
「私、別にチサに自立しろなんて言ってないよ?」
奈都が甘えるように私に抱き付いて、耳元で不満を訴えた。それは、一緒にできるバイトを探せという意味だろうか。温もりにドキドキしながらそう聞くと、奈都は可愛らしく頬を膨らませて、横から私の顔を覗き込んだ。
「もうカラオケでいいよ。私も頑張ってお金を稼いで、ゲームでも買う」
「オシャレに使おうよ」
「オシャレっていうと、面接とか、私すっぴんでいいの? チサと並んだら、私のブスさが半端ないんだけど」
奈都が勘弁してくれと首を振った。ちょっと日本語がよくわからない。
「ブスって、誰が?」
思わず真顔で振り返ると、数センチの距離に奈都の顔があって胸がトクンと鳴った。勝ち気な瞳だが、綺麗な顔立ちをしている。あの涼夏をもってして、奈都が帰宅部に加われば顔面レベルの向上に繋がると言っていた。どう考えても、この子はブスではない。
「もちろん、私が」
奈都が頬を赤らめて視線を逸らす。吐息が顔にかかったが、気にせずに両肩に手を乗せてさらに顔を近付けた。
「奈都は可愛いよ」
「チサに可愛いって言われてお世辞と思わないのは、涼夏くらいだよ」
「奈都が可愛いかどうかと私の顔は関係ない」
至近距離から真っ直ぐ瞳を見つめると、奈都は慌てたように視線を彷徨わせてから、顔を隠すように私の肩に額をつけた。
「わかったよ、もう。チサはちょっと変わった趣味をしてるってことで」
「わかってない。奈都は可愛いから。すごく可愛いから」
「わかった。わかったから。恥ずかしいからもうやめて」
奈都が降参だと言わんばかりに首を振って、グリグリと私の肩に額を押し付けた。やはりどう考えても可愛い。
そっと背中を抱き寄せて、意地悪するように何度も耳元で可愛いと囁いた。何度も何度も言われれば、その内自分でもそう思うようになるだろう。人間とはそういう生き物なのだ。たぶん。
外は暑いし、涼夏はバイトだし、家でのんびり過ごそうと思っていたら、奈都も今日は家でのんびり過ごす予定だったらしく、どうせならと二人でくつろいでいる。奈都の母親は専業主婦で家にいるので、こういう時はもっぱら私の部屋だ。中学の時もよくこうして一緒にいた。
私はタブレットで動画を見ていたが、いまいち気が乗らなかったので停止してイヤホンを外した。
「ねえ、奈都」
お尻を見つめながら呼びかけると、奈都は雑誌から目を外さずに、「んー?」と気のない返事をした。
「私、アルバイトをしたいと思うんだけど、どう思う?」
そう切り出しながら、そっとお尻に手を乗せて力を込めた。心地良い弾力で指が押し返される。これは絢音メソッドだ。真面目な話をしながらエッチなことをすると、話に気を取られてエッチな方への意識が散漫になる。堂々と奈都のお尻を撫でると、奈都は驚いた顔で体を起こした。
「どうしてお尻を触ったの?」
「バイトなんだけどさぁ」
「先にお尻の話をしよう」
きっぱりと奈都がそう言って、私に続きを話させなかった。おかしい。私は胸を揉まれながら真面目な話をされた時、とても胸のことに言及できるような空気ではなかった。たかがお尻でこうなるのは、奈都が空気を読めないせいだろう。そうに違いない。
「お尻に霊が憑いてたから手で祓った」
「怖いから! でも面白いからいいや。で、バイトするの?」
元々怒っていたわけではない。奈都がベッドの端に座って、好奇心半分、不安半分という顔で私を見下ろした。私は奈都の前に座ってコクリと頷いた。
「退屈しそうだし、お金も欲しいし、人生経験にもなると思うし」
「そっか。頑張ってね」
「奈都も一緒にやろう」
両手をそっと太ももに置いて、真っ直ぐ奈都を見上げた。スッと指先で太ももを撫でると、奈都が変な声を出して私の手を取った。
「私はいいよ。帰宅部の二人は?」
「涼夏の雑貨屋は今募集してないみたいで、絢音は塾との掛け持ちが大変そうだからパスって」
「それで私?」
「そういうわけじゃないけど、私には友達が3人しかいない」
何も考えずにそう言うと、自分の言葉に悲しくなった。数より質だとは思うが、自信満々に言うようなことでもない。
奈都がなんとも言えない顔をして、寂しそうに目を背ける。私は頭を振って悲鳴を上げた。
「そんな目で見ないで!」
「中学の時の3倍になったじゃん」
「やめて! 涙が止まらない!」
えーんと嘘泣きしながら奈都の太ももに顔をうずめると、奈都が優しく髪を撫でてくれた。なんだか言動がだんだん絢音に似てきた気がする。腰とお尻に手を回して、グッと引き寄せながらショートパンツに顔を押し付けると、奈都が私の髪を指で梳かしながら、困惑した声で言った。
「帰宅部のゼロ距離コミュニケーションに、私は戸惑いを隠せない」
「バイト、やるなら何がいい?」
顔が幸せなので、発言を意図的に無視して続けると、奈都は諦めたように私の頭に手を乗せた。
「そもそも夏休みに短期でやってて、今からでも大丈夫なところだよね? やっぱりイベントスタッフとか?」
「肉体的に大変なのは無理だ。私は文化系なの」
「おい、元バドミントン部」
帰宅部でだらだらしている今思うと、よく中学時代、素振りとか走り込みとかしていたと思う。中1なんてきっと自分の意思などなく、ただ言われるままに行動するだけの生き物なのだ。もちろん、中には絢音みたいに自分でバンドを組んでしまうような子もいるが、私の方がマジョリティーだと信じたい。
「涼夏の雑貨屋とか、楽そう……って言ったら涼夏に悪いけど、客層もいいし、いいなって思う」
奈都のお腹に顔をうずめたまま、くぐもった声で言った。もちろん仕事だから楽ではないだろうが、例えばコンビニと比べたら客層もいいし、やることも少ないし、トイレ掃除もない。私のような人生経験の少ない女子高生にもできそうな気がする。
奈都が同意を示しつつも、残念そうに息を吐いた。
「ああいうところは、長期でしかやってないだろうね。人の入れ替わりも少なそうだし」
「どこかない? 屋内で、客層が良くて、肉体労働じゃない仕事で、短期でも雇ってくれそうなとこ」
「お前は我が儘なお嬢様か」
奈都が呆れたようにそう言いながら、スマホを取って画面をタップした。私も幸せな温もりを手放して、奈都の隣に座ってタブレットを起動した。
しばらくアルバイトについて検索したら、カラオケなどは店によって短期で募集しているところもあるようだった。夏休みで学生客が増え、通常は暇な平日にスタッフを増強したいらしい。夜はアルコールが提供されるのでダメだが、昼なら客層もいいだろうし、仕事もそんなに複雑ではない。
私が目を輝かせると、奈都が眉をひそめて難色を示した。
「でも、カラオケだと、二人一緒は難しそうじゃない?」
確かに、二人一緒に雇ってくれたからといって、常に同じシフトに入れるわけではない。友達と一緒にバイトをやるメリットを調べると、急用の時にシフトの融通が利くというのがあった。つまり、最初から同じ時間には働かない前提だ。
「まあ、どうせ仕事中はお喋りとかできないだろうし、同じ場所で同じ仕事をしてるってだけでも良くない?」
「チサと一緒じゃなかったら、私は別に働くことに興味がないけど」
奈都がそう言って、真っ直ぐ私の目を見つめた。確かに、私に付き合おうとしているだけの奈都が、私のいない時にバイトをするメリットはない。元々私が一人だと不安だし寂しいから、無理を言って巻き込んでいるだけだ。
相変わらず、私は奈都に甘えすぎている。涼夏は春からずっと一人で働いている。私も見習わなくてはいけない。
「そうだね。やっぱり、私一人でやる」
タブレットを持ったままベッドから下りて、カーペットの上に腰を下ろした。テーブルにタブレットを立てて近くのカラオケ店を検索していると、奈都が「もうっ!」と拗ねたように言って、ベッドから下りて私の背中に張り付いた。
「なんで最近、そんなに私に冷たいの? 嫌いになったの?」
「いや、どう考えても大好きでしょ。ただ、あんまり甘えちゃダメかなって」
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「ブスって、誰が?」
思わず真顔で振り返ると、数センチの距離に奈都の顔があって胸がトクンと鳴った。勝ち気な瞳だが、綺麗な顔立ちをしている。あの涼夏をもってして、奈都が帰宅部に加われば顔面レベルの向上に繋がると言っていた。どう考えても、この子はブスではない。
「もちろん、私が」
奈都が頬を赤らめて視線を逸らす。吐息が顔にかかったが、気にせずに両肩に手を乗せてさらに顔を近付けた。
「奈都は可愛いよ」
「チサに可愛いって言われてお世辞と思わないのは、涼夏くらいだよ」
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「わかってない。奈都は可愛いから。すごく可愛いから」
「わかった。わかったから。恥ずかしいからもうやめて」
奈都が降参だと言わんばかりに首を振って、グリグリと私の肩に額を押し付けた。やはりどう考えても可愛い。
そっと背中を抱き寄せて、意地悪するように何度も耳元で可愛いと囁いた。何度も何度も言われれば、その内自分でもそう思うようになるだろう。人間とはそういう生き物なのだ。たぶん。
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