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第6話 誕生日(2)

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 カラオケは3時間で打ち切って店を出た。4人もいるといつまでも歌っていられそうだったが、今日の目的は奈都の誕生祝いであり、親睦会である。歌って終わりではもったいない。
 お腹が空いたので、いつもと同じファミレスに入って、いつもとは違うものを注文した。
「それだけで溢れる特別感」
 涼夏が満足そうに言いながら、ドリンクを取りに行った。奈都がヒラヒラっと手を振ってから、可愛らしく眉尻を下げた。
「涼夏って勢いがあるよね」
 そう言って苦笑いを浮かべるが、表情は柔らかく、困っている様子はない。奈都も元気で求心力のある子だが、性格がぶつかるタイプではない。その点では、涼夏の方が付き合う相手を選ぶかもしれない。
 ジュースで乾杯すると、改めて奈都の誕生日を祝った。引っ張ってもしょうがないと、涼夏が真っ先にプレゼントを出して奈都に渡す。すぐに開封を要求するのがいかにも涼夏らしい。箱を開けると、シンプルな白のハンドタオルに、奈都の名前が刺繍してあった。
「何これ、可愛い。涼夏が刺繍したの?」
 奈都が驚いたように目を丸くする。私も隣からまじまじと覗き込みながら、思わず感嘆の声を漏らした。「当然」と胸を張る涼夏が眩しい。この容姿、この明るさ、この気遣いに、この女子力。
「涼夏って欠点はないの?」
 私が遠くに行ってしまう恋人を見送るように、寂しそうに目を細めると、涼夏はつまらなそうに手を振った。
「運動は全然だね。よく誤解されるけど」
「確かに、すごく速く走れそう」
「走るなんて文明人のすることじゃない。ナッちゃんはずっとバトン?」
「中学はバドミントン部だったよ」
 サラッとそう言って、涼夏と絢音が「へー」っと感心したように相槌を打った。その様子を見て、奈都が二人に気づかれないように、チラリと私を見た。話していないのか、どこまで話していいのか。目でそう訴える。
 私と奈都はそもそも同じバドミントン部で仲良くなり、今に至っている。ただ、私は大した成績を残していないし、途中で辞めたこともあって、二人には積極的にその話をしていない。
「中学、同じ部だったんだよ。私は中2で辞めたけど、奈都は3年の時、部長をやってた」
 なんでもないようにそう言うと、涼夏が驚いたように身を乗り出した。
「えっ? 6月にもなって、何その新情報」
「奥深さの演出だから」
「要らんわー、それ。私が実は料理部でしたと同じくらいの新情報」
「涼夏、料理部だったの?」
「私の話はいいから。千紗都がバドミントンねぇ……。まったく想像できない」
 涼夏が同意を求めるように絢音を見ると、絢音もその通りだと大きく頷いた。失礼な連中だ。
「まあでも、試合に出たこともないし、いただけだよ」
 私の話はいい。私が話題を変えたがっているのを察したのか、絢音が話を断ち切るようにプレゼントを取り出した。
「これ、私から」
 同じように包みを開けると、中身は手帳だった。絢音らしいといえば絢音らしいが、デザインがなかなかガーリーで、奈都のために買ったようにも、絢音の趣味で選んだようにも見えない。「ありがとう」と顔を綻ばせる奈都の隣で冷静にそう指摘すると、絢音は可愛らしく首を傾げた。
「私の趣味だよ。今日の格好には合いそうでしょ?」
「そう言われるとそっか」
 普段が大人しいのでギャップがあるが、確かに絢音は派手で可愛いものが好きかもしれない。ただ、学校でもシンプルなアイテムしか使っていないし、やはり西畑絢音という人間は私にはいささか難しい。
「それで、正妻は?」
 涼夏が身を乗り出して、ニヤけた顔で私を見た。無造作に私のファーストキスを奪っておきながら、あくまで自分は愛人扱いらしい。私がさらっと流してリュックを開けると、奈都が私を見てはにかんだ。
「私、正妻なの?」
「そうらしいよ? 幸せにしてね」
 冗談めかしてそう言いながら、プレゼントを渡す。選んだのはブレスレットで、大人っぽくなりすぎないよう、奈都が好きなクマをモチーフにした可愛いものにした。同じものを色違いで2つ。奈都が片手に一つずつ取ると、絢音が艶っぽい微笑みを浮かべた。
「まさかのペアアクセサリーで、正妻感を出してきたね」
「あー、2つあるの、そういうこと?」
 涼夏がようやく気付いたと、手の平をパチンと合わせた。私はなんだか恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「買ったのが、涼夏が誕生日会をするって言い出す前だったの」
「ひっそり告白する予定が、公開処刑になったわけだ」
 涼夏がマンガのようにカッカッカと笑って、意味もなく隣の絢音の肩に額をグリグリと押し付けた。見ていて恥ずかしいアピールだろうか。
「涼夏が言った後だったら、違うのにしたの?」
 奈都が両方とも手首につけながら、いたずらっぽく笑った。少し日に焼けた奈都の手首で、2色のブレスレットが光る。色味以前に、そもそもアクセサリーをつける子ではないので違和感を覚えるが、それは私が奈都の習慣を知っているからだろう。似合っていないわけではないはずだ。
「それはわかんない。どっちがいい?」
「私にはよくわかんないから、チサが似合うと思った方で」
「じゃあ、オレンジが奈都で、シルバーを私のにする」
 奈都の腕から片方外して自分の腕につけた。もう少し何でもないイベントになるはずだったが、友達の前だと妙に恥ずかしい。こうなることは少し考えれば予想できたから、何かもう一つ、みんなの前で渡す用のプレゼントも用意すればよかった。そんな予算はなかったが。
「みんな、ありがとう。私、涼夏とアヤの誕生日、知らないや」
「教える教える。ついでに連絡先も交換しよう!」
 涼夏がスマホを取り出してテーブルに身を乗り出した。隣で絢音もQRコードを表示する。
 本当に、私が想像した通り、奈都はこの輪にとても自然に馴染んでいる。ここが仲良くなってくれると、色々な組み合わせで遊びやすくなるから嬉しい。
 少しだけ私だけの奈都が知られていくのが寂しいけれど、そもそも奈都は部活もしているし、私よりずっと友達が多い。正妻と言われて笑ってくれる関係をこれからも築いていかなければと、奈都の笑顔を眺めながら私は改めて決意した。

 時間を忘れて遊んでいたら夜になっていた。もう何年も一緒にいるかのような奈都の馴染み方に、涼夏が得意気に言った。
「帰宅部、居心地いいでしょ」
 随分直接的な勧誘だ。
「そうだね。土日は私も暇してるから、また遊んでほしいな」
 奈都がにっこり笑って、するりとかわした。バトン部は辞めない。遠回しな宣言を、もちろん涼夏も理解しただろうが、残念がる素振りも見せずに「じゃあまた遊ぼう」と笑った。さっぱりした子だ。
 絢音が「またね」と手を振ると、奈都がいたずらっぽい目をした。
「私にはハグはなし? 帰宅部オンリームーブ?」
 らしくない、と言うと奈都に失礼かもしれないが、意外な発言だったので驚いて眉を上げると、絢音はくすっと笑ってふわりと奈都の体を抱きしめた。
「してもいいなら、しようかな」
「ハグは健康にいいってアヤが言ってたってチサが言ってた」
 奈都が優しく絢音の背中を抱きしめる。それを見ながら、涼夏が小さく噴いて奈都の背中を軽く叩いた。
「聞いただけじゃなくて、実践したんでしょ? 千紗都とベッドで1時間以上抱き合ってたって!」
「ちょっ、チサ、何話してるの!?」
 奈都が絢音の体を離して、顔を真っ赤にして私に詰め寄った。私は両手を広げて非難げに涼夏を睨んだ。
「なんで言うの?」
「それは私の台詞だから! なんで言うの!? 恥ずかしいじゃん! っていうか、だから私正妻扱いなの?」
 奈都が私の発言にかぶせた上、一人でベラベラ喋りながら、両手でくしゃっと髪を掴んでブンブンと頭を横に振った。カラオケでの涼夏の発言ではないが、今日は色々な奈都が見られて楽しい。
 二人と別れると、イエローラインで家路についた。ブレスレットをつけた手を握り合って、最寄り駅まで何を話すでもなく、ぐったりと肩を寄せ合って過ごす。電車の騒音から解放されると、奈都が星空を見上げながら気持ち良さそうに両腕を伸ばした。
「今日は楽しかった」
「それなら良かった。二人はどうだった?」
「いい子たちだね。あの二人になら、安心してチサを任せられる」
 奈都が明るい声でそう言った。私はピクリと眉を動かして奈都を見た。
「それは、どういう意味?」
 思わず声が低くなる。奈都は「ん?」と不思議そうに私を見て首を傾げた。
「いや、別に、あの子たちがいたら、もう私はいなくてもいいのかなって」
 いきなり、顔面を思い切り殴られたようなショックを受けた。今日楽しかったすべてが台無しになるような発言だ。私はそんなつもりで奈都を二人と引き合わせたわけではない。
 感情的に怒鳴りつけてやろうと思ったが、言葉が出て来なくて、代わりにボロボロと涙が溢れてきた。嗚咽が漏れて、奈都が驚いた顔をして私の手を取った。
「ちょっと待って! 何か勘違いしてる!」
「あんまりだよ……。せっかく、楽しかったのに……」
 情けないほど声が震えて、大粒の涙がアスファルトの上に点々と染みを作った。奈都が完全にテンパった様子で、私を駅から離れたところに引っ張って行くと、勢いよく私の体を抱きしめた。
「ほんとに、待って。チサ、ずっと私しかいなくて、でも私部活やってるし、仲のいい友達ができて良かったねって……」
「意味わかんない。涼夏だって、私だって、奈都に帰宅部に入って欲しくて……もっとそばにいたくて、だから今日だって一緒に遊んだのに、奈都は私から離れることばかりする……」
「誤解だから! 大体、チサに友達がいないから、私はユナ高にしたんだよ? そんな私が、チサを見捨てると思う?」
 奈都が励ますようにそう言ったが、私はその言葉に眩暈がして、膝から崩れ落ちそうになった。
「私に友達がいないから、奈都、ユナ高にしたの……?」
「あー、違う。違う。さっきから私の使ってる言葉が悪い。私が悪い。ごめん。全然真意が伝わってない」
 ガクガク震える私の体を、奈都が苦しいほど強く抱きしめる。体が熱い。しかし、心が冷え切ってただ涙が溢れて来る。
 しばらく泣きながら奈都の胸にすがりついていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。奈都が私の髪を撫でながら、大きく息を吐いた。
「えっと、私はチサが大好きで、チサに新しい友達ができて、ちょっと寂しいっていうことが言いたかったの」
「全然、違うじゃん……」
 にわかには信じられない。私を傷付けたから、調子のいいことを言っているだけに聞こえる。涙目で睨み付けると、奈都は困ったように表情を曇らせて私の顔に頬を寄せた。
「単なる嫉妬だって。もう私なんて必要ないんだね、なんて、完全にツンデレのテンプレートじゃん。笑い飛ばして欲しかったのに号泣するとか、ひどくない?」
「私は1ミリも悪くない」
「はい。全部私が悪いです。ごめんなさい」
 奈都が素直に謝ってしゅんとする。私は体を離して涙を拭った。鼻をかんで呼吸を落ち着けると、改めて奈都を睨んだ。
「今度また1時間ハグね。それくらいしないと、私の傷付いた心は回復しない」
「わかった。それは、喜んで」
 奈都が顔を赤くして頷く。本当に大丈夫なのだろうか。もう一度、ブレスレットをつけた手を握り合って歩き出す。
 奈都が私を好きなのは嘘ではないと思う。ただ、私が奈都を好きなほどではない。私は勝手にそう思っているが、意外と奈都も私のことが大好きなのだろうか。
 今度部屋でハグしてる時、涼夏の言っていた初めての舌を捧げてみようか。いや、それは急すぎるか。
 そんなことを考えていたら、不意に絢音の顔が頭に浮かんだ。なるほど。ボディータッチ計画とはこういうことかもしれない。絢音もこんなふうに、どこまで相手に触れられるかを考えているのだとしたら、相当私のことが好きということになる。
 ぼんやりそんなことを考えていたら、奈都がほっと息を吐いた。
「もう大丈夫そうだね。いつものチサの顔になってる」
「うん。奈都なしで生きていく決意をした」
「そんなこと言わないで。今度は私が泣くよ?」
「私、奈都が泣いてるとこ、見たことがないや。私ばっかり泣いてる気がする」
 それは随分と不公平ではないか。号泣している奈都を見てみたい気もするが、悲しい思いはして欲しくないし、可哀想な目に遭って欲しくもない。
 別れ道で一度だけ聞いてみた。
「帰宅部に入らない?」
 もちろん、答えはわかっている。
「私、部活動がやりたいんだよ」
「帰宅部じゃダメ?」
「それは部活じゃないでしょ。帰宅コミュニティーみたいな?」
「まあ、そうだけど」
 私が俯いて拗ねたように唇を尖らせると、奈都はくすっと笑って私の手を引いた。そして、よろめく私の頬に唇をつけて、甘い声で囁いた。
「でも、本当にチサがあの二人に取られそうになったら、奪い返しに行くから」
 トクンと胸が高鳴った。惚けている私を軽く抱きしめてから、奈都が笑顔で手を振った。
「プレゼントありがとう。今度、少しくらい女の子っぽい格好もしてみるよ!」
 照れ隠しか、奈都が元気に走っていく。その背中をぼんやりと見送りながら、頬に手を当てた。
 まだ奈都の唇の感触が残っている。ああいう行動をする子ではなかったと思うが、もしかしたら本当に、私を涼夏と絢音に取られると焦ったのかもしれない。
 取るも取られるも、友達を一人に絞る気などさらさらないのだが、余裕のない奈都も可愛い。泣かされた仕返しに、少しいじめてやろう。正妻だし、それくらいしても罰は当たるまい。
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