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第4章
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初めに歓喜の声を上げたのはルシアだった。
「セフィン!」
殺されたと思っていた王女が生きていたこと、そしてその王女が身のすくむような魔法から街を守ったこと。
魔法使いの頭を前にしながらも、少女は胸のつかえが取れたように大きく安堵の息を洩らした。
その隣でリスターが、先程のお返しと言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「残念だったな、パレン。今の魔法は二度は使えまい。これでお前たちの野望は終わった」
あれだけの魔法を二度も三度も使えるような技術は、さしもの魔法王国にもなかったはず。
リスターはそう思って言ったのだが、銀髪の青年は魔法で作った鏡を消すと、冷静に首を振った。
「祖父ユゥエンが『五宝剣』を奪ってから、もう40年も経った。つまり、僕たちの王国への恨みは、僕が生まれる以前から、いや、70年前のあの日からずっと続いているんだ」
「それがどうした?」
心底理解できないという顔で聞き返すと、パレンは瞳に強い意志の光を浮かべて答えた。
「つまり、これくらいの失敗であきらめたりはしないということだ。セフィンの力は強大だが、魅力的でもある」
リスターは、たった今、遥か昔からの計画が呆気なく崩れたにも関わらず、大したショックを受けた様子もない青年に背筋の凍る思いがした。
この男は、リューナのようにはいかない。
リスターは戦うしかないと覚悟を決めたが、エリシアはそうではなかったらしい。或いはダメで元々のつもりでか、詰問口調でパレンに言った。
「パレン。セフィンがああして王子と二人で王国を守ったことで、必ずこの世界は変わっていくわ。もうあなたが戦う理由はないはずよ」
ちらりとリューナを見ると、彼女は真剣な瞳でパレンを見つめていた。
彼女自身は家族を持ち、幸せな毎日を送っていたためにエリシアの説得に応じたが、パレンはそうではない。
王国の国民が生まれながらに魔法使いを敵であると教え込まれるように、彼はずっと王国は仇であると教わって育ったのだ。
「これから変わったとしても、これまでが変わるわけじゃない」
まったく表情を変えずにパレンが答えた。
「いつまでも過去を見て生きてどうするの? 見つめるべきは未来でしょう」
「王国を滅ぼした後の未来は描いている」
はっきりと言い切った銀髪の青年に、エリシアは悲しそうに首を振った。
パレンは心を見透かすような目でリューナを見て、暖かな声で言った。
「リューナ。君もその女と同じ考えか?」
少女はいきなり話しかけられて、ビクッと肩を震わせた。どんな理由であれ、裏切ったという後ろめたさもあったかも知れない。
「私は……今の生活を手放したくない……」
戸惑いながらも、力強くそう告げた。
その言葉に、ルシアは満足げに笑みを浮かべてから、パレンの背後に立つ青年に目を遣った。
「ヨキ。あんたも元々バリャエンに家庭があるんだろ? 立ってる場所が違うんじゃないのか?」
直接セフィンと戦い、彼女の言葉を聞いて感銘を受けていた青年が、何故パレンの側にいるのか。何故セフィンを襲ったのか。
ルシアには理解できなかった。
しかし、答えはとても簡単なことだった。
「僕はバリャエンを滅ぼそうとした一人者だ。もう戻ることなんてできないよ」
「でも……」
何か言いかけたルシアの肩を、そっとリスターがつかんだ。そして、静かにパレンを睨みつけて言った。
「セフィンより、恐らくあいつの言った言葉の方がヤツの胸を打った。それだけのことだ」
セフィンに人を惹き付けて止まない魅力があるように、パレンにもまた魔法使いたちを統べる統率者としての魅力がある。
元々人一倍王国を恨んでいたヨキが彼の味方になることは、何も不思議ではない。ユアリをさらい、セフィンを蘇らせたティランや、『青宝剣』を持って王城に忍び込んだジレアスも、そうして彼の味方についたのだろう。
ルシアは二度、髪が揺れるほど大きく首を横に振ってから、吹っ切ったような眼差しでヨキを睨みつけた。
「わかった。ならあたしは、あんたを、セフィンを危険な目に遭わせた敵として見ることにする!」
ヨキは薄く笑っただけで何も答えなかった。
仮にもバリャエンの城を一撃で潰そうとしていた男である。ルシアなど敵と認識するのもくだらない相手としか思ってないのだろう。
「それじゃあ、新しい始まりを、お前たちの血で彩ってもらうことにしよう」
パレンが声高らかに宣言するや否や、4人の足元がぐらりと揺れた。
エリシアが小さな悲鳴を上げて倒れ込む。
先程まで一言も喋らずにいたウェルザが魔法を使ったらしい。地を揺らす魔法は高等な部類に入るが、ウェルザは顔色一つ変えていない。
リスターが素早くエリシアに防護の魔法をかける間に、ヨキが『緑宝剣』を閃かせて切りかかってきた。打ち合わされていたというよりは、実戦に慣れた動きだ。
「ちっ!」
まさか先手を打たれるとは思ってなかったリスターが舌打ちをする。
剣を抜こうと思ったが、エリシアに魔法をかけていた分、間に合わない。
だが、ヨキが大地を蹴ったと同時に、ルシアは『青宝剣』を抜いていた。実戦の数では、ルシアはヨキの比ではない。
「ええいっ!」
思い切り振り下ろされた切っ先から魔法が迸る。
けれどヨキは、まったくそれに見向きもせずにリスターに向かって切りかかってきた。
ルシアの魔法は、ヨキに当たる直前で音もなく消え失せた。パレンだ。
「死ね!」
ヨキが勝ち誇った笑みで剣を振り下ろす。
リューナは魔法を使おうとしているが、咄嗟のことに対応できないでいる。どうやら戦いにはまったく不慣れのようだ。
「リスター!」
エリシアの悲鳴を聞きながら、リスターはヨキの目の前で左足を軸にして身体をひねった。
同時に、強烈な右の回し蹴りがヨキの手を打つ。
「何っ!?」
ヨキは思わず放しそうになった剣をかばうようにして、二回転ほど地面を転がって立った。
「交渉決裂だな。お前たちの野望は、力ずくで止めさせてもらうことにしよう」
リスターは不敵な笑みを浮かべて剣を抜き放った。
「セフィン!」
殺されたと思っていた王女が生きていたこと、そしてその王女が身のすくむような魔法から街を守ったこと。
魔法使いの頭を前にしながらも、少女は胸のつかえが取れたように大きく安堵の息を洩らした。
その隣でリスターが、先程のお返しと言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「残念だったな、パレン。今の魔法は二度は使えまい。これでお前たちの野望は終わった」
あれだけの魔法を二度も三度も使えるような技術は、さしもの魔法王国にもなかったはず。
リスターはそう思って言ったのだが、銀髪の青年は魔法で作った鏡を消すと、冷静に首を振った。
「祖父ユゥエンが『五宝剣』を奪ってから、もう40年も経った。つまり、僕たちの王国への恨みは、僕が生まれる以前から、いや、70年前のあの日からずっと続いているんだ」
「それがどうした?」
心底理解できないという顔で聞き返すと、パレンは瞳に強い意志の光を浮かべて答えた。
「つまり、これくらいの失敗であきらめたりはしないということだ。セフィンの力は強大だが、魅力的でもある」
リスターは、たった今、遥か昔からの計画が呆気なく崩れたにも関わらず、大したショックを受けた様子もない青年に背筋の凍る思いがした。
この男は、リューナのようにはいかない。
リスターは戦うしかないと覚悟を決めたが、エリシアはそうではなかったらしい。或いはダメで元々のつもりでか、詰問口調でパレンに言った。
「パレン。セフィンがああして王子と二人で王国を守ったことで、必ずこの世界は変わっていくわ。もうあなたが戦う理由はないはずよ」
ちらりとリューナを見ると、彼女は真剣な瞳でパレンを見つめていた。
彼女自身は家族を持ち、幸せな毎日を送っていたためにエリシアの説得に応じたが、パレンはそうではない。
王国の国民が生まれながらに魔法使いを敵であると教え込まれるように、彼はずっと王国は仇であると教わって育ったのだ。
「これから変わったとしても、これまでが変わるわけじゃない」
まったく表情を変えずにパレンが答えた。
「いつまでも過去を見て生きてどうするの? 見つめるべきは未来でしょう」
「王国を滅ぼした後の未来は描いている」
はっきりと言い切った銀髪の青年に、エリシアは悲しそうに首を振った。
パレンは心を見透かすような目でリューナを見て、暖かな声で言った。
「リューナ。君もその女と同じ考えか?」
少女はいきなり話しかけられて、ビクッと肩を震わせた。どんな理由であれ、裏切ったという後ろめたさもあったかも知れない。
「私は……今の生活を手放したくない……」
戸惑いながらも、力強くそう告げた。
その言葉に、ルシアは満足げに笑みを浮かべてから、パレンの背後に立つ青年に目を遣った。
「ヨキ。あんたも元々バリャエンに家庭があるんだろ? 立ってる場所が違うんじゃないのか?」
直接セフィンと戦い、彼女の言葉を聞いて感銘を受けていた青年が、何故パレンの側にいるのか。何故セフィンを襲ったのか。
ルシアには理解できなかった。
しかし、答えはとても簡単なことだった。
「僕はバリャエンを滅ぼそうとした一人者だ。もう戻ることなんてできないよ」
「でも……」
何か言いかけたルシアの肩を、そっとリスターがつかんだ。そして、静かにパレンを睨みつけて言った。
「セフィンより、恐らくあいつの言った言葉の方がヤツの胸を打った。それだけのことだ」
セフィンに人を惹き付けて止まない魅力があるように、パレンにもまた魔法使いたちを統べる統率者としての魅力がある。
元々人一倍王国を恨んでいたヨキが彼の味方になることは、何も不思議ではない。ユアリをさらい、セフィンを蘇らせたティランや、『青宝剣』を持って王城に忍び込んだジレアスも、そうして彼の味方についたのだろう。
ルシアは二度、髪が揺れるほど大きく首を横に振ってから、吹っ切ったような眼差しでヨキを睨みつけた。
「わかった。ならあたしは、あんたを、セフィンを危険な目に遭わせた敵として見ることにする!」
ヨキは薄く笑っただけで何も答えなかった。
仮にもバリャエンの城を一撃で潰そうとしていた男である。ルシアなど敵と認識するのもくだらない相手としか思ってないのだろう。
「それじゃあ、新しい始まりを、お前たちの血で彩ってもらうことにしよう」
パレンが声高らかに宣言するや否や、4人の足元がぐらりと揺れた。
エリシアが小さな悲鳴を上げて倒れ込む。
先程まで一言も喋らずにいたウェルザが魔法を使ったらしい。地を揺らす魔法は高等な部類に入るが、ウェルザは顔色一つ変えていない。
リスターが素早くエリシアに防護の魔法をかける間に、ヨキが『緑宝剣』を閃かせて切りかかってきた。打ち合わされていたというよりは、実戦に慣れた動きだ。
「ちっ!」
まさか先手を打たれるとは思ってなかったリスターが舌打ちをする。
剣を抜こうと思ったが、エリシアに魔法をかけていた分、間に合わない。
だが、ヨキが大地を蹴ったと同時に、ルシアは『青宝剣』を抜いていた。実戦の数では、ルシアはヨキの比ではない。
「ええいっ!」
思い切り振り下ろされた切っ先から魔法が迸る。
けれどヨキは、まったくそれに見向きもせずにリスターに向かって切りかかってきた。
ルシアの魔法は、ヨキに当たる直前で音もなく消え失せた。パレンだ。
「死ね!」
ヨキが勝ち誇った笑みで剣を振り下ろす。
リューナは魔法を使おうとしているが、咄嗟のことに対応できないでいる。どうやら戦いにはまったく不慣れのようだ。
「リスター!」
エリシアの悲鳴を聞きながら、リスターはヨキの目の前で左足を軸にして身体をひねった。
同時に、強烈な右の回し蹴りがヨキの手を打つ。
「何っ!?」
ヨキは思わず放しそうになった剣をかばうようにして、二回転ほど地面を転がって立った。
「交渉決裂だな。お前たちの野望は、力ずくで止めさせてもらうことにしよう」
リスターは不敵な笑みを浮かべて剣を抜き放った。
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