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第3章
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アルボイは単に王国内にある町という位置付けではなく、首都ライザレスの属領だった。
町の周囲には広大な田畑が広がり、ここで収穫する農作物がライザレスの人々の食を支えている。
大農業都市とも呼ばれているが、首都に近いだけあって、地方の農村とは明らかに色を違えた町並みが広がっていた。
その町が、慌しくざわめいている。
「何が起きているんだ?」
まだ日が昇るより早く町に入った三人は、周囲のただならぬ喧騒に思わず足を止めた。
リスターが険しい顔で見ると、ちらほらと王国の紋の入った鎧が見えた。町民はどこか怯えたような顔をしている。
「何かあったのですか?」
エリシアが町角に佇んでいた老婆をつかまえて尋ねた。
老婆はちらりと彼女の顔を見ると、静かに首を横に振った。
「魔法使い狩りじゃ。王はまたあの悲劇を繰り返そうというのか……」
あの悲劇とは、戦争終結後、『魔法使い撲滅隊』によって行われた魔法使い狩りのことだろう。
当時はまだ魔力を感知する手段がなく、魔法使いではない多くの一般人の命も脅かされた。
老婆もその一人だったはずだ。
「嫌な時に来てしまいましたね……」
ユアリが神妙な顔つきで囁いた。
確かに厄介事は彼らの財源だったが、今回に限っては金になりそうもない。いやむしろ、魔法使いであるリスターには最大の危機と言っても過言ではない。
「今ならまだ町から出られる気がするわ。リスター、ここは退きましょう」
エリシアがすっと彼の手を取る。
ユアリも心配そうな面持ちで彼を見上げた。
「お金なら私がたくさん持っていますし、食糧も豊富にあります。すごく遠回りになっちゃうのかも知れないけど、この町にはいない方がいいと思います」
言葉通り、ユアリはたくさんの金を持っていた。家に置いておく必要がなくなったから、全財産とは言わないまでも、そのほとんどを持参してきたのだ。
食糧も同じだ。
二人に促され、リスターも退去を決めた。
しかし、こういう商売をしている者の宿命だろうか。彼が引き返すより早く、厄介事の方が先に彼に向かって走ってきた。
「お願いです。彼を……グネスを助けてくださいっ!」
王国では珍しい赤毛の少女だ。恐らく親かさらにその親が遠くの地から引っ越してきたのだろう。
歳はエリシアと同じくらいか、もう少し若い。綺麗な顔立ちだったが、今は恐怖と悲しみに歪んでいた。
「グネスが……魔力があるからって、城の人たちに……」
少女はリスターの袖をつかみ、すがるように彼を見上げた。綺麗な朱色の瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。
リスターは表に出さないように内心で溜め息を吐いた。どうやら厄介事に巻き込まれやすい体質らしい。
「落ち着くんだ。落ち着いて話してくれ」
リスターが優しくそう言うと、赤毛の少女は安心したのか、三度ほど大きく頷いてから手を放した。
少女の名はウェリーと言った。この町の大半の人間がそうであるように、彼女もまた農家の娘らしい。
彼女には恋人がいて、名をグネスと言った。彼もまた一介の農民であり、嘘偽りなく魔法使いではなかったが、突然行われた魔法使い狩りで、魔力が検知されてしまった。
「そんなことって、あるの?」
魔力があるのに魔法使いでないというのが納得いかなかったようで、ユアリが怪訝な顔をした。
リスターはウェリーの話の腰を折らないように素早く答えた。
「魔力がなければ魔法は使えないが、魔力があれば誰でも魔法が使えるってわけじゃない」
魔法には論理があり、体系があり、規則がある。つまり魔法の発動は必然であり、そこに偶然は介在しない。素人の魚釣りとは違うのだ。
だから、グネスは魔法を使えなかった。そういう教育を受けてこなかったから。
「グネス自身も驚いていて、でもお城の人に連れて行かれてしまった。私には何もできなくて……。このままじゃ、グネスが殺されてしまう! お願いします。彼を助けてください! お金は、お支払しますから……」
ウェリーの手がブルブルと震えていた。
恋人が魔法使いとあっては、公然と味方は出来ない。魔法使いに組みする反逆者として自分まで逮捕されてしまうからだ。
だから少女は、見ず知らずの旅人にすがるしかなかった。
「ねえ、助けてあげられませんか?」
少女の熱意に心を打たれたのか、魔力があるだけで捕らえられるという理不尽さに腹を立てたのか、ユアリが二人の顔を交互に眺めた。
エリシアは黙っている。助けたい思いはあるが、そうなれば王国に歯向かうことになる。いくらなんでもそれはまずかろう。それにリスターにも危険が及ぶ。
苦渋に満ちた顔でエリシアは首を振った。
「ウェリーには本当に申し訳ないけれど、私は反対です」
「そ、そんな!」
突き放された子供のように、ウェリーが愕然となって震えた。
エリシアはそれを叱る親のように厳しい眼差しを少女に向けた。
「わかって。あなたの言っていることは、王国に歯向かえってことなの。逆の立場だったら、あなたにそれができる?」
もちろん、できるはずがない。
ウェリーは大粒の涙をボロボロ零しながら、嗚咽を洩らして膝を折った。
「うぅ……グネス……グネス……」
エリシアはそんな痛々しい少女から視線を逸らせ、再びリスターの腕を取った。
「行きましょう、リスター。これ以上この町にいてはいけない」
まるで一刻も早く町を出なければ、三人まとめて殺されてしまうと言わんばかりの必死の表情だった。
けれど、リスターは彼女のその手を軽く払い、首を左右に振った。
「リスター!」
咎めるように声を上げたエリシアに、彼は溜め息混じりに呟いた。
「もう、遅いらしい」
「えっ!?」
振り向くと、兵士と思しき鎧の男が3人、こっちに向かって走ってきていた。
エリシアとユアリは顔を見合わせ、怯えたように眉をひそめた。
「リスター……」
ユアリが心配そうな声を上げると、兵士の一人が叫ぶように言った。
「お前たち! そこのお前たち、少しそこにいろ!」
ウェリーがヨロヨロと立ち上がり、キッと兵士を睨みつけた。
男の一人が鋭い目つきになった。
「お前は、昨日グネスとかいう魔法使いを庇った女だな」
「グネスは魔法使いじゃない! 魔力があるだけの、ただの人間よ!」
「魔法使いになれる可能性のある者も魔法使いと同じだ。お前たち3人もこいつの仲間か?」
男の言葉に、リスターが肩をすくめた。
「仲間? 俺はこんな奴ら知らないね」
「リスター!?」
ユアリが悲痛な面持ちで叫ぶ。
リスターはそんな少女の肩をつかむと、そのまま突き倒した。
「きゃっ!」
敢え無く地面に倒れこんだ少女に、慌ててエリシアが駆け寄った。
「な、なんてことするのよ!」
「そいつが俺の名前を気安く呼んだのがいけないんだ。ともかく、俺はこんな奴ら知らない。じゃあな」
リスターは吐き捨てるようにそう言うと、パタパタと手を振って歩き始めた。
男の一人がそんなリスターに立ちはだかった。
「お前、怪しいな」
「何がだ?」
「ちょっと来い!」
がしっと手をつかまれ、リスターは憮然となった。
「何だよ、お前は!」
「いいからちょっとついて来い!」
「リスターっ!」
引きずって連れて行かれそうになる長身の青年に、ユアリが駆け寄ろうとした。
その身体を抱きしめて、エリシアが大きな声で言った。
「ユアリ! あんな人についていっちゃダメ! 何されるかわからないわよ!」
「エ、エリシアさん……」
ユアリは呆然となって立ち尽くした。
ウェリーはどうしていいのかわからず、オロオロしている。
そうこうしている内に、3人の兵士は暴れるリスターを伴って向こうへ行ってしまった。
その背を見届け、エリシアが深い溜め息を吐いた。
「はぁ……。最悪の展開……」
「エリシアさん?」
いきなり真に戻った彼女に、まだ付き合いの浅い弓使いの娘は困ったような顔になった。
エリシアは疲れ切ったように言った。
「ああなったらもう逃げ道はないわ。リスターはせめて、私たちに迷惑がかからないようにしたのよ」
「えっ……?」
ユアリは驚きに目を丸くした。
言われてみれば、リスターの態度はわざとらしかったし、いきなりユアリに冷たく当たる理由がない。
ユアリは一瞬でも彼を疑った自分を恥じたが、エリシアはそんなユアリに笑って言った。
「それはまだ付き合いが短いから仕方ないわ。気にしなくても大丈夫よ」
少女は力強く頷いた。素直なところは本当に妹そっくりだ。
エリシアは満足げに微笑んでから、ふと真面目な顔をしてウェリーを見た。
「こうなったら仕方ないわ。グネスを助けてあげます」
「ほ、ほんとですか!?」
ウェリーの顔がパッと明るくなる。
エリシアはやれやれと息を吐いた。
「ついでができちゃったからね。こうなった今、あの人もきっと、あなたの恋人を助けるように動くでしょう」
遠い目で呟いた彼女を、ユアリとウェリーはじっと見つめていた。
町はまだ騒然としている。
町の周囲には広大な田畑が広がり、ここで収穫する農作物がライザレスの人々の食を支えている。
大農業都市とも呼ばれているが、首都に近いだけあって、地方の農村とは明らかに色を違えた町並みが広がっていた。
その町が、慌しくざわめいている。
「何が起きているんだ?」
まだ日が昇るより早く町に入った三人は、周囲のただならぬ喧騒に思わず足を止めた。
リスターが険しい顔で見ると、ちらほらと王国の紋の入った鎧が見えた。町民はどこか怯えたような顔をしている。
「何かあったのですか?」
エリシアが町角に佇んでいた老婆をつかまえて尋ねた。
老婆はちらりと彼女の顔を見ると、静かに首を横に振った。
「魔法使い狩りじゃ。王はまたあの悲劇を繰り返そうというのか……」
あの悲劇とは、戦争終結後、『魔法使い撲滅隊』によって行われた魔法使い狩りのことだろう。
当時はまだ魔力を感知する手段がなく、魔法使いではない多くの一般人の命も脅かされた。
老婆もその一人だったはずだ。
「嫌な時に来てしまいましたね……」
ユアリが神妙な顔つきで囁いた。
確かに厄介事は彼らの財源だったが、今回に限っては金になりそうもない。いやむしろ、魔法使いであるリスターには最大の危機と言っても過言ではない。
「今ならまだ町から出られる気がするわ。リスター、ここは退きましょう」
エリシアがすっと彼の手を取る。
ユアリも心配そうな面持ちで彼を見上げた。
「お金なら私がたくさん持っていますし、食糧も豊富にあります。すごく遠回りになっちゃうのかも知れないけど、この町にはいない方がいいと思います」
言葉通り、ユアリはたくさんの金を持っていた。家に置いておく必要がなくなったから、全財産とは言わないまでも、そのほとんどを持参してきたのだ。
食糧も同じだ。
二人に促され、リスターも退去を決めた。
しかし、こういう商売をしている者の宿命だろうか。彼が引き返すより早く、厄介事の方が先に彼に向かって走ってきた。
「お願いです。彼を……グネスを助けてくださいっ!」
王国では珍しい赤毛の少女だ。恐らく親かさらにその親が遠くの地から引っ越してきたのだろう。
歳はエリシアと同じくらいか、もう少し若い。綺麗な顔立ちだったが、今は恐怖と悲しみに歪んでいた。
「グネスが……魔力があるからって、城の人たちに……」
少女はリスターの袖をつかみ、すがるように彼を見上げた。綺麗な朱色の瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。
リスターは表に出さないように内心で溜め息を吐いた。どうやら厄介事に巻き込まれやすい体質らしい。
「落ち着くんだ。落ち着いて話してくれ」
リスターが優しくそう言うと、赤毛の少女は安心したのか、三度ほど大きく頷いてから手を放した。
少女の名はウェリーと言った。この町の大半の人間がそうであるように、彼女もまた農家の娘らしい。
彼女には恋人がいて、名をグネスと言った。彼もまた一介の農民であり、嘘偽りなく魔法使いではなかったが、突然行われた魔法使い狩りで、魔力が検知されてしまった。
「そんなことって、あるの?」
魔力があるのに魔法使いでないというのが納得いかなかったようで、ユアリが怪訝な顔をした。
リスターはウェリーの話の腰を折らないように素早く答えた。
「魔力がなければ魔法は使えないが、魔力があれば誰でも魔法が使えるってわけじゃない」
魔法には論理があり、体系があり、規則がある。つまり魔法の発動は必然であり、そこに偶然は介在しない。素人の魚釣りとは違うのだ。
だから、グネスは魔法を使えなかった。そういう教育を受けてこなかったから。
「グネス自身も驚いていて、でもお城の人に連れて行かれてしまった。私には何もできなくて……。このままじゃ、グネスが殺されてしまう! お願いします。彼を助けてください! お金は、お支払しますから……」
ウェリーの手がブルブルと震えていた。
恋人が魔法使いとあっては、公然と味方は出来ない。魔法使いに組みする反逆者として自分まで逮捕されてしまうからだ。
だから少女は、見ず知らずの旅人にすがるしかなかった。
「ねえ、助けてあげられませんか?」
少女の熱意に心を打たれたのか、魔力があるだけで捕らえられるという理不尽さに腹を立てたのか、ユアリが二人の顔を交互に眺めた。
エリシアは黙っている。助けたい思いはあるが、そうなれば王国に歯向かうことになる。いくらなんでもそれはまずかろう。それにリスターにも危険が及ぶ。
苦渋に満ちた顔でエリシアは首を振った。
「ウェリーには本当に申し訳ないけれど、私は反対です」
「そ、そんな!」
突き放された子供のように、ウェリーが愕然となって震えた。
エリシアはそれを叱る親のように厳しい眼差しを少女に向けた。
「わかって。あなたの言っていることは、王国に歯向かえってことなの。逆の立場だったら、あなたにそれができる?」
もちろん、できるはずがない。
ウェリーは大粒の涙をボロボロ零しながら、嗚咽を洩らして膝を折った。
「うぅ……グネス……グネス……」
エリシアはそんな痛々しい少女から視線を逸らせ、再びリスターの腕を取った。
「行きましょう、リスター。これ以上この町にいてはいけない」
まるで一刻も早く町を出なければ、三人まとめて殺されてしまうと言わんばかりの必死の表情だった。
けれど、リスターは彼女のその手を軽く払い、首を左右に振った。
「リスター!」
咎めるように声を上げたエリシアに、彼は溜め息混じりに呟いた。
「もう、遅いらしい」
「えっ!?」
振り向くと、兵士と思しき鎧の男が3人、こっちに向かって走ってきていた。
エリシアとユアリは顔を見合わせ、怯えたように眉をひそめた。
「リスター……」
ユアリが心配そうな声を上げると、兵士の一人が叫ぶように言った。
「お前たち! そこのお前たち、少しそこにいろ!」
ウェリーがヨロヨロと立ち上がり、キッと兵士を睨みつけた。
男の一人が鋭い目つきになった。
「お前は、昨日グネスとかいう魔法使いを庇った女だな」
「グネスは魔法使いじゃない! 魔力があるだけの、ただの人間よ!」
「魔法使いになれる可能性のある者も魔法使いと同じだ。お前たち3人もこいつの仲間か?」
男の言葉に、リスターが肩をすくめた。
「仲間? 俺はこんな奴ら知らないね」
「リスター!?」
ユアリが悲痛な面持ちで叫ぶ。
リスターはそんな少女の肩をつかむと、そのまま突き倒した。
「きゃっ!」
敢え無く地面に倒れこんだ少女に、慌ててエリシアが駆け寄った。
「な、なんてことするのよ!」
「そいつが俺の名前を気安く呼んだのがいけないんだ。ともかく、俺はこんな奴ら知らない。じゃあな」
リスターは吐き捨てるようにそう言うと、パタパタと手を振って歩き始めた。
男の一人がそんなリスターに立ちはだかった。
「お前、怪しいな」
「何がだ?」
「ちょっと来い!」
がしっと手をつかまれ、リスターは憮然となった。
「何だよ、お前は!」
「いいからちょっとついて来い!」
「リスターっ!」
引きずって連れて行かれそうになる長身の青年に、ユアリが駆け寄ろうとした。
その身体を抱きしめて、エリシアが大きな声で言った。
「ユアリ! あんな人についていっちゃダメ! 何されるかわからないわよ!」
「エ、エリシアさん……」
ユアリは呆然となって立ち尽くした。
ウェリーはどうしていいのかわからず、オロオロしている。
そうこうしている内に、3人の兵士は暴れるリスターを伴って向こうへ行ってしまった。
その背を見届け、エリシアが深い溜め息を吐いた。
「はぁ……。最悪の展開……」
「エリシアさん?」
いきなり真に戻った彼女に、まだ付き合いの浅い弓使いの娘は困ったような顔になった。
エリシアは疲れ切ったように言った。
「ああなったらもう逃げ道はないわ。リスターはせめて、私たちに迷惑がかからないようにしたのよ」
「えっ……?」
ユアリは驚きに目を丸くした。
言われてみれば、リスターの態度はわざとらしかったし、いきなりユアリに冷たく当たる理由がない。
ユアリは一瞬でも彼を疑った自分を恥じたが、エリシアはそんなユアリに笑って言った。
「それはまだ付き合いが短いから仕方ないわ。気にしなくても大丈夫よ」
少女は力強く頷いた。素直なところは本当に妹そっくりだ。
エリシアは満足げに微笑んでから、ふと真面目な顔をしてウェリーを見た。
「こうなったら仕方ないわ。グネスを助けてあげます」
「ほ、ほんとですか!?」
ウェリーの顔がパッと明るくなる。
エリシアはやれやれと息を吐いた。
「ついでができちゃったからね。こうなった今、あの人もきっと、あなたの恋人を助けるように動くでしょう」
遠い目で呟いた彼女を、ユアリとウェリーはじっと見つめていた。
町はまだ騒然としている。
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