五宝剣物語

水原渉

文字の大きさ
上 下
19 / 57
第2章

2-5

しおりを挟む
 夕食時だったが、火の手が上がっていないのはせめてもの救いだったかも知れない。
 それでもバリャエンの街は今なお悲鳴と叫声に包まれ、争いの音が途絶えるどころか、むしろ強くなっていた。
 街路には無造作に死体が転がり、子供の泣き声が響いた。
 その横を魔法使いたちが駆け抜け、一心に走る。
 彼らは仲間のすべてを把握していたので、それ以外の人間に対して無差別な攻撃をしながら、街の北部に位置する城を目指していた。
 王国に統合される以前に使われていたものだが、今はこの街を治めるゲインという名の将軍の居城になっている。もちろん、兵士たちもそこに駐在し、いざという場合に備えていた。
 もっとも、彼らの言う「いざという場合」とは、海を渡って来るかも知れない外からの敵の話であって、まさか街の中で魔法使いたちの反乱に遭うとは思ってなかった。まさに寝耳に水である。
 数で言えば遥かに兵士を初めとする「普通の人間」の方が多かったが、怒りと個々の能力、そして団結力において魔法使いは強かった。
 彼らは城から混乱を鎮圧するために出動してきた兵士たちと、城外で激突した。
「くそぅ!」
 ゲインは部下からの報告を聞いて舌打ちをした。
 灯台下暗しとはよく言うが、まさか自分の統治する街の中に魔法使いがいるとは思ってもなかった。これは失態だ。
 ゲインは分厚い大剣を取ると、一度それを振り下ろした。
 ゴウゥと音を立てて、剣が軌跡を描く。がっしりとした体躯に合った、豪腕の持ち主だ。
 ゲインは一度舌なめずりすると、抜き身のままの獲物をがっしりと握って部屋を飛び出した。そして数人の腹心を伴って城門を潜り抜ける。
 初めて彼と出くわした魔法使いは、あまり能力のない男だった。
 彼は全力で魔法を放ったが、それはゲインに浅い傷を負わせただけだった。
「死ね、反逆者!」
 大声で叫んだゲインの剣に、男は真っ二つに切り裂かれて倒れた。
 ゲインは勇猛果敢に攻め立てた。それにより兵士らの士気が上がったのは確かだったが、形勢が有利になったかと言うとそうでもない。
 突然空から降り注いだ魔法に、ゲインは利き腕を焦がされた。
「ぬぅ!」
 熊をもひるませるような形相で睨み付けたが、ゲインの剣で彼を倒すのは、星を落とそうとするのと同じだ。
 魔法使いたちの団結力は、単に精神的なものだけでなく、攻撃の連係が整っていた。
 特別な訓練をしたわけではなく、魔法の特徴を熟知している者の動きだ。
 ゲインは真っ直ぐ前方から風を受け、ひるんだ隙に矢を受けた。
「ごふっ!」
 魔法使いたちの武器は魔法だけではない。例えば巨大な石を空から落としたり、砂埃を舞い上がらせて剣で斬りかかったりと多彩だ。
 真っ直ぐ迸った風の刃に、ゲインの両脚から血が噴き出した。
「お、おのれ!」
 空を仰ぐと、先ほどの魔法使いが手を掲げていた。そしてにやりと笑みを浮かべてその手を振り下ろす。
(躱せないかっ!)
 突如空中から現れた巨大な炎が、ゲインの頭上から降りてきた。
 ゲインは死を覚悟した。
 けれど、その炎はゲインに当たる直前に消え失せ、代わりに魔法使いが絶叫して大地に落ちた。重傷だが命に別状はないだろう。
「な、なんだ?」
 驚くゲインの前にふわりと舞い降りたのは、短い黒髪の少女だった。ゲインは一瞬、少年時代に読んだ物語の天使かと思った。
「お前は魔法使いかっ!?」
 聞くまでもない。彼女は空から降りてきたのだ。
「な、何故俺を助けた?」
 ゲインは複雑に顔をしかめて尋ねた。
 少女は彼に背を向けたまま答えた。
「無駄な血が流れるのを見たくないだけです。あなたは彼らを殺してはいけないけれど、彼らに殺される道理もない」
 剣士の身体を借りた亡国の王女は、軽く手を上げると切り結んでいた兵士と魔法使いを弾き飛ばした。
「お前、何故そいつらの味方をする!?」
 魔法使いの一人が怒鳴りつけた。その顔には明らかな戸惑いが見て取れたが、声には必要に応じては容赦しないと言う気迫があった。
 セフィンはまるで動じずに答えた。
「あなたたちこそ、何故こんな争いを起こすの?」
「魔法使いと言うだけで罪になるんだぞ? 黙って罰を受けろと言うのか!?」
「そうではありません。私は方法を考えてと言っているのです。これでは80年前の過ちを繰り返すだけでしょう!」
 セフィンはよく通る声でそう言うと、魔力を溜めていた魔法使いに眠りの魔法をかけた。即座に眠らせることができるような強い魔法ではないが、集中くらいは途切れるだろう。
「じゃあどうしろと言うんだ! 他にどんな方法がある!? 争う以外に、この王国の法律を覆すことができるのか!?」
「争っても確執が深まるだけで、最終的にあなたたちの求めるような国にはならない」
「なら魔法使いが治める国にすればいい! 俺たちは民を差別しない!」
 自信を持って言い放った誰かの言葉に、ゲインが顔をしかめたが、それ以上に不愉快そうにしたのは魔法王国の王女だった。
「今しているでしょうが!」
 セフィンはとうとう声を荒げて、キッと上空を見遣った。一人の青年が先ほどから魔力を溜め続けている。
 ヨキだ。
 急激に膨大な魔力が集まっていくのが、セフィンだけでなく、周囲のすべての者が理解した。
 空気が張り詰め、泣くように風が吹きすさぶ。
「城を、一撃で潰す気か……」
 ゲインが呻いた。
 もはや地上に争っている者はない。皆がヨキの動向を見守っている。地を這う者に、彼を攻撃する術など存在しないのだ。
 セフィンは空に浮かび上がると、珍しく怒った顔で青年を睨み付けた。
「あなたも、それだけの魔力を争うことにしか使えないの!?」
 ヨキは怒鳴り返した。
「そうさせているのは王国だ。今の法律だ。そしてあの戦い以後の慣習だ。この力はそれを覆すためにある! セフィン! どかないのなら、僕は君もまとめて吹き飛ばす!」
 その声は本気だった。しかし、セフィンは引くどころかむしろ怒ったように彼を睨んだ。
「あなたのしようとしていることは必ず失敗する。私はそれを知っている。だから、もうやめなさい!」
「うるさいっ!」
 ヨキが短気だったというわけではない。
 ただ、強い信念を持っており、その信念を否定されて自らが消えてしまいそうな不安に駆られたのだ。
 自己を確立するために、彼は両腕をセフィンと、そしてその下にある城に向かって突き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

白紙の冒険譚 ~パーティーに裏切られた底辺冒険者は魔界から逃げてきた最弱魔王と共に成り上がる~

草乃葉オウル
ファンタジー
誰もが自分の魔法を記した魔本を持っている世界。 無能の証明である『白紙の魔本』を持つ冒険者エンデは、生活のため報酬の良い魔境調査のパーティーに参加するも、そこで捨て駒のように扱われ命の危機に晒される。 死の直前、彼を助けたのは今にも命が尽きようかという竜だった。 竜は残った命を魔力に変えてエンデの魔本に呪文を記す。 ただ一つ、『白紙の魔本』を持つ魔王の少女を守ることを条件に……。 エンデは竜の魔法と意思を受け継ぎ、覇権を争う他の魔王や迫りくる勇者に立ち向かう。 やがて二人のもとには仲間が集まり、世界にとって見逃せない存在へと成長していく。 これは種族は違えど不遇の人生を送ってきた二人の空白を埋める物語! ※完結済みの自作『PASTEL POISON ~パーティに毒の池に沈められた男、Sランクモンスターに転生し魔王少女とダンジョンで暮らす~』に多くの新要素を加えストーリーを再構成したフルリメイク作品です。本編は最初からすべて新規書き下ろしなので、前作を知ってる人も知らない人も楽しめます!

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

隣国は魔法世界

各務みづほ
ファンタジー
【魔法なんてあり得ないーー理系女子ライサ、魔法世界へ行く】 隣接する二つの国、科学技術の発達した国と、魔法使いの住む国。 この相反する二つの世界は、古来より敵対し、戦争を繰り返し、そして領土を分断した後に現在休戦していた。 科学世界メルレーン王国の少女ライサは、人々の間で禁断とされているこの境界の壁を越え、隣国の魔法世界オスフォード王国に足を踏み入れる。 それは再び始まる戦乱の幕開けであった。 ⚫︎恋愛要素ありの王国ファンタジーです。科学vs魔法。三部構成で、第一部は冒険編から始まります。 ⚫︎異世界ですが転生、転移ではありません。 ⚫︎挿絵のあるお話に◆をつけています。 ⚫︎外伝「隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー」もよろしくお願いいたします。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...