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第二章

現代社会の基礎知識

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一ノ瀬海斗はまじまじとマリスを見た。

紫檀の長衣を着て袖からわずかに指が出ている。身長はぼくよりも小さいな、首には小さな黒紫色のペンダント(?)のようなものをぶら下げている。髪の毛は白髪にしては艶やかな光沢を放っている。遠くの街明かりが髪の毛に反射して夜でもキラキラと光っている。瞳は赤ちゃんのように大きい。二重まぶたの睫毛が濃く日本人形の銀髪版だ。

控えめに言っても美人だ。

でも、変な人には変わりない。さて、この場をどうしようか、、、。

①警察に連れて行く

②逃げる

③自宅に連れて行く


さて。どうしようか。

①この時間に警察のお世話になるのも嫌だな、誘拐犯に思われてしまうかも。何より説明しても理解されないだろうし。


①は却下だな。


②はどうだろう。でもこの人は何やら変な術(?)でぼくのこと治してくれたしな、自殺しようとしていたけど。一応恩人になるのかな、でも次の機会に自殺を決行するから申し訳ないな。ま、死ぬからいいか。


よし、②にしよう。海斗は脚に力を込めてかかとを浮かせた。すると、


ぐぎゅぅぅぅぅ

お腹の辺りから音がした。

彼女の方からだ、


彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「すまぬ、永い時間術の詠唱をしていたため何も食べていなかった、すまぬが何か食べ物を分けてくれぬか」

小さな声でぼそぼそと呟くマリス。


海斗はダッシュに備えて力を貯めていた爪先からへにゃへにゃと力が抜けてしまった。


仕方が無い、これは③の選択肢だ、、、


川縁から歩いて20分ほどで海斗の自宅に着いた。どこにでもあるようなアパートの二階。表札もない。階段を登るときにギシギシと音を立てる。そんなボロなアパートに海斗は1人で住んでいる。


ガチャリと鍵を回してドアを開けた。ギギィと蝶番が錆びた音を立てる。家賃3万5000円のアパート。トイレは辛うじてあるが、風呂はない。

部屋の中は小綺麗にしていた。ついさっきまで自殺しようとしていた海斗は家族や警察が部屋の中を見るだろうということ想定して綺麗に片付けていたのだ。

小さなちゃぶ台と勉強机。机の上にはもう使うことのないと思っていた教科書類が綺麗に積まれている。

マリスはちゃぶ台の縁にちょこんと座っている。とりあえず水を出してみた。ゴクゴクと音を立てて飲んでいる。喉も乾いていたのだろう。

冷蔵庫を開けてみると、何もなかった。そうだ、自殺しようとしていたのだから食べ物を残していてもしょうがないと思い最低限の食料しか買い込んでいなかったのだ。


台所をしばらくあさってみるとカップラーメンが残っていた。

お湯を沸かして、カップラーメンにお湯を注いでいるとマリスはキラキラと瞳を光らせて興味津々に眺めていた。

カップの隙間から香ばしい匂いが漏れてまた更にマリスのお腹の警報が鳴った。

「3分たったら食べれるから」


海斗はマリスにそう告げてスマートフォンのタイマーをセットした。

「すぐ食べれないのか?」

マリスは海斗に疑問を投げかけた。

「そうだよ、だって説明書に書いてあるから」

「説明書とは?」

「このカップの横に書かれているでしょ?」

「読めないのぅ、、、」

そこで海斗は疑問に突き当たった。彼女と普通に話しているが、どうして文字は読めないのか?どうして言葉での意思の疎通は出来るんだ?本当に異世界の人なのか?

考えにふけっていると、タイマーが鳴った。マリスはビクッ身を震わせた。

「あぁ、ごめん、驚かせちゃって、もう出来たから食べていいよ」

マリスはキラキラと光る瞳を海斗に向けて勢いよく問いかけた。

「どうやって食べるのじゃ?美味しそうな匂いがするが食べ方が分からないのじゃが」


海斗は困った。本当にどこまでこの人はモノを知らないんだ?

お箸があったがフォークの方が食べやすいだろうと思ってフォークをマリスに渡した。

「これですくって食べるんだよ」

海斗は身振りでマリスに教えてやった。

マリスは無言で頷いて食べ始めた。面を啜るのではなく口に入れたところから噛み切って食べていた。

それを見て海斗は食べ方を教えてやろうとしたが、よほど空腹だったのか恐ろしい勢いでマリスの口の中に入っては無くなっていった。

ずぞぞっ


スープを飲み干して、コトンとカップをちゃぶ台に置いたマリスは満たされた顔をしていた。

「ふぅ、、」

空腹を満たしてようやく落ち着いた様子を取り戻したマリス。

海斗の方に顔を見て満面の笑みを浮かべた。

「さて、空腹を満たした故、この世界ことを教えてくれぬか?」

え?食事のお礼じゃないの?海斗は少々面食らった。普通、見ず知らずの人を家にあげて食事を振る舞ったらお礼の一つでもあるんじゃないかな、、。

「う、うん、、」

海斗は座り込んだ足元を見ながら言った。

「あ、そうじゃ、ところでお主の名は?」

ここでやっと名前を聞かれた?!つくづく調子が崩れるな、、。

「僕は一ノ瀬海斗って言うんだ」

「イチノセカイト」

マリスは海斗の名前を復唱した。

「イチノセカイトはあんなところで何をしていたのじゃ?」

自殺しようとしていた、なんて言えないだろう。
「うん、疲れてぼーってしていたかったんだ」

「イチノセカイト、疲れたら美味しいものを食べて寝るのが一番じゃぞ、さっき食べたものなんか素晴らしい味わいではないか」

この人カップラーメンにこんな感動しているんだ、馬鹿舌なんだな、それともどこかのお嬢様なのかな。

「あんなのはどこでも売ってるし、すぐそこのコンビニでも買えるよ」

「どこでも売っているのか?!」

マリスは身を乗り出した。よほどカップラーメンが気に入ったのだろう。

「今度また買ってきてあげるよ」

海斗はマリスの勢いに少々疲れてきた。

「ところで、きみはどこから来たんだい?」

海斗は疑問を口に出した。そろそろ彼女の正体を見極めて体よく追い出さないと。

われはミズカルド王国の出じゃ」

予想通り厨二病的な横文字名前の国が出た。

「どんなところなの?ここと比べてみて」

「そうじゃな、、、精霊の声が小さいの」

「精霊?」

「何も知らないんじゃのう、そなたは」

呆れた顔でつぶやかれた。お前に言われたくないよ!と心の中で海斗は絶叫した。

「精霊とは、万物に宿る命の源じゃよ」

「そうなんだ、じゃあこの部屋にも精霊ってのはいるのかな?」

「ふむ」

マリスは眉間にしわを寄せて考え込んだ。

「いないのぅ」

「そうなんだ、、」

海斗はがっくりした。いつの間にやら海斗はマリスの話の世界に付き合ってきている。

「じゃあ、精霊と魔法はどういう関係があるの?」

「それはじゃな、魔名(マナ)を唱えることによって、精霊が呼びかけに応じてくれるのじゃよ、そして呼ばれた精霊は万物の源の力を呼びかけてくれた術者に貸し与えてくれるのじゃ」

「そうなんだ」

海斗は話に引き込まれていった。つい先程海斗を治癒した力のことを思い出していた。

「じゃあ、ぼくにもそれが使えるようになるかな?」

海斗は瞳をキラキラさせてマリスに問いかけた。

「いや、無理じゃな」

バッサリ。一刀両断とはまさにこのことだ。

「え?!どうして?!精霊の名前を言えばいいんでしょ?」

マリスはジトっとした目で海斗を見つめながら言った。

「そう軽々しく言うものではない、精霊を呼ぶためには正しい魔名(マナ)を唱えなければならないのじゃぞ」

「万物には正しい名前と正しい音がある、その正しい名前と音を少しでも間違えても精霊には聞こえない、また万が一正しい音を唱えても名前が違っていれば意図した精霊とは違うものを呼び出してしまうかもしれないのじゃぞ」

「そうなんだ」

海斗は不思議と納得した。よくお葬式なんかでお坊さんが唱えているお経もぼくからすれば何やら分からないイントネーションでぶつぶつ言ってるように思ってたけど、そういう考え方でいくと現世とは違う世界の言葉で死者を弔っているんだな、と海斗は思った。

「でも、練習すれば出来るんじゃないかな?」

微かな希望に縋り付くように海斗は問いかけた。

「いや、無理じゃな、そもそも魔名(マナ)を唱えることが出来なくても精霊の声が聴こえるようでなくてはならないのじゃ、#予_われ__#は幼子の頃から精霊の声が聴こえておったからの」


そうなんだ、、海斗は落胆した。もし、自分に魔法が使えたらこのいじめられている環境から解放されるんじゃないかと。でもそれは宝くじの一等が当たったことを想像するのと同じで現実味のない妄想に過ぎなかった。

「少し喋りすぎてしまったのう、また少し小腹が空いてきたのじゃが、、、」

マリスは子猫がすり寄るような瞳で海斗の方を見た。

やれやれ、海斗は立ち上がり台所の棚をがさごそと探った。

海斗は今日、命を断つと決めていたので、台所は綺麗に片付けていた。そのため食料らしきものは何もなかった。

「仕方が無い、コンビニに買い出しに行こう」

「コンビニとは何じゃ?」

「お店だよ、食料とか雑誌とかいろいろ売ってるところ」

マリスは食料と聞いて興味を示した。

われも付いて行ってよいか?」

「ああ、いいよ」

海斗は何気なく返事をしたが、よく考えたらこんなに人と話すことは家族以外では久しぶりだな、と思った。

海斗は親元から離れて一人暮らしをしていた。

中学校からいじめを受けていた海斗は、高校など行かないつもりでいた。しかし、勉強だけはそれなりに出来ていたので両親は出来るだけ高校に、そして大学に行って欲しいと望んでいた。両親と進学について根気よく話し合った結果、地元から離れた高校なら行ってもよいと海斗は折れた。

地元から離れて新しい環境になればいじめられることは無いだろう、と海斗は思った。しかし、それは甘い考えだったと後悔したのは高校に入学してしばらくしてからだった。

それなりの進学校でも、やはり人間の集団となれば勝手にヒエラルキーが作られていく。海斗はそんなヒエラルキーから離れて一人大人しく過ごそうとしていたが、ヒエラルキーの上に立つ人からすれば程のいいおもちゃがいた、と目をつけるのは時間の問題だった。

程なくして、クラスのやんちゃな奴等からいじられることが増えていった。海斗は大人しく嫌なことをされても何も言えない小心者だった。

次第にいじりからいじめに変わっていった。言葉のからかいから、軽いボディタッチに変わり、拳で小突かれたり、紙屑を投げられたり、何か抵抗をしようとしない海斗にクラスのやんちゃ共は海斗を人間扱いしなくなっていった。

殴る。蹴る。集団で海斗を囲み威圧するように言葉を投げかける。海斗はただ俯くことしか出来なかった。怖くて身動きが出来ないのだ。怒りという感情は沸き起こらなかった。こうして虐められるのは自分に原因があるんだな。と自分を傷つけることでしかその場を耐えることが出来なかった。

人を不快にする自分はこの世界では生きてはいけないんだな、そう思った。そうして自分の心の闇の中に埋もれるように日々を過ごしていた。

そんな自分が今、家族以外の人と夜の道を歩いている。しかも、衣装のことを考えなければかなりの美人である。

海斗の中に今まで感じたことのなかった高揚感が湧き上がった。一人じゃなく誰かと一緒に歩くだけでこんなにも嬉しくなることがあるんだ、、、。

歩いて10分くらいでコンビニに着いた。店内の時計を見ると時刻は0時を少し過ぎていた。

日付が変わったのか、、、。

海斗は学校のことを思い出し気分が少し沈んだ。平日の0時なんてほとんど人がいない。店員は奥のところで品出しの整理をしているのだろう。いらっしゃいませー、の声がない。

マリスは瞳をくるくると回しながら店内を歩き回った。少しスキップ気味だ。よほど物珍しいのだろう。この様子では彼女は本当に異世界から来たのではないか、と海斗は微かに思い始めてきた。

「色々なものがありすぎてどれが食料だかわからぬではないか!」

マリスは海斗の傍に来て言った。

「ああ、そうだね、食べ物はこちらだよ」

食料が置いてあるリーチインケースにマリスを連れていった。

「これ、みんな食べ物だけどきみはどんなものが好物なのかな?」

海斗は初めてプライベートなことをマリスに聞いた。

「んむ、それより今は食料じゃ!カップラーメンはどこにあるのじゃ?!」

え?カップラーメン?海斗は目が点になった。

「カップラーメンよりお肉とかお米とかパンの方がいいんじゃないかな?」

「それも買うが、カップラーメンもじゃ!」

なんてジャンクな自称魔導師なんだ、、、

海斗はため息をついたが気分を損ねてのものではない、幼児がイヤイヤをしているのをなだめるようなそんなため息が出た。

「わかった、明日の朝の分も買っておくね」

パンやおにぎり、惣菜、そしてカップラーメンが大量に入ったカゴをレジに持っていき精算した。海斗も小腹が空いてきたので、肉まんを二つ追加した。歩きながら食べて行こう。こんなに食料を買い込むなんて初めてだな。

精算も終わり両手に大量の食料が入ったレジ袋を持って海斗とマリスは店を出た。

すると、明るい茶色の髪型や黒髪に白のメッシュが入った高校生達と行き合った。


「おや、一ノ瀬くんじゃん?こんな時間にナニシテルノ?」

ニヤニヤしながら一行は海斗とマリスを見ている。

「可愛い子連れてんじゃん、カノジョ?」

「変な衣装着てるけどこれからコスプレエッチでもするのかな?ボクタチも混ぜてよー」

メッシュの入った吊り目の男が言った。

海斗はさぁっと血の気が引いた。なんでこんな時間にあいつらにばったり会ってしまうんだ、、、。

「この子はぼくのいとこなんだよ、偶然出会ってこれから彼女の親元に送っていくんだ」

すらすらと嘘がつけた。マリスに変なちょっかいを出されないようにと自衛のための嘘が出た。

「こんなショボいやつと一緒に帰ってもつまんないじゃん、一緒にカラオケでオールしようぜ」

明るい茶色の髪の高校生がマリスに言った。

「そーそー、一緒に朝まで盛り上がっちゃおうぜー!」

メッシュがそれに続いた。

マリスは眉間にしわを寄せてみるみる不機嫌な顔になっていった。

「そなたらは誤解しておるな、われは腹を空かしておるんじゃ、遊ぶ気など毛頭ない、早くイチノセカイトの家で食料を食べたいのじゃからそこを退け」

「はぁ?」

明るい茶色の髪の男はさぁっと顔色が変わった。

マリスに突き放されたことでその怒りが海斗に向かっていった。

「手前、いとことやらに口の聞き方教えてやってねーのかよ?」

ガンッ

海斗は太腿に痛みを感じた。

明るい茶色の髪の男は海斗の太腿に蹴りを入れた。

「ごめん、船橋くん、、」

海斗は痛みに顔を歪ませながら船橋と呼んだ男に謝った。

「ダメだよー、一ノ瀬くん、コイツは瞬間沸騰期だからさぁ、黙ってこの子をお代官様に差し上げなよぉ」

メッシュの男、黒井はニヤニヤしながら海斗に言った。黒井の後ろにいる男達も黒井の提言に興奮してきたようだった。


マリスは海斗を取り囲む悪意と嘲笑に怒りが湧き上がった。

小さな声で詠唱を始める。

崇き天空に舞う神々の息吹よ、万物の流転を従えし風の精霊よ、、、

詠唱が終わり、手を船橋の方にかざした。

「切り裂け、風の精霊の刃よ!」

マリスは高らかに宣言した。

船橋一行はマリスの方に向き直った。

しぃんとした静寂がマリスと男子一行の間を通り抜けた。

「どういうことじゃ?」

マリスはキョトンとした。

ほんの少しの間の後に割れるような笑い声が弾けた。

「なんだよコイツ!電波な奴かよ」

「やべえな、一ノ瀬くんのいとこ、かなりキテルねえ!」

「一ノ瀬くんもお家で俺達に黒魔術かけてんじゃねーの?」

笑い声が海斗とマリスを取り囲む。それよりもマリスは魔術が作動しなかったことにより困惑していた。

海斗はマリスの様子を見てただことではない何かを感じた。

身体が恐怖で固まっている。でも、なんとかしなくちゃ彼女が危ない。

やっとのことで足が動いた、買い物袋を置き捨ててマリスの方に駆け寄っていく。

マリスの長衣をつかんで走った。

「あ!逃げやがった!」

船橋は叫んだ。

「舐めた真似しやがって!捕まえてボコにしてやろうぜ!」

船橋は黒井と数人の連れに向かって言った。

「鬼ごっこかよ、まあ付き合ってやるよ、その代わり女は俺が先に相手させてもらうからな!」

黒井は下卑た笑いを浮かべて船橋の後を追った。







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