とある夜に

笹野にゃん吉

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合わせ鏡〈後篇〉

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 そこには窓があった。無限の窓があった。
 四角く切りとられた、果てのない回廊があった。

 その端をえぐるようにして少女たちの顔が半分ずつ映りこんでいた。小さな鏡面の奥は、真っ白な光に潰れて判然としなかったが、全員の顔をはっきりと見てとれた。

 少女たちはそれぞれ目を凝らした。鏡の回廊の中に異変がないか血眼になってさがした。

 しかし見てとれるのは、自分たちの間抜けな顔ばかりだ。きょろきょろと目が動くと、ますます間抜けなつらに見えた。ナナコとミカの二人は、互いのその様子に気付いて、鏡の中で視線をおくり合った。

「ミカの顔、マジウケんだけど」
「いや、あんたもそこそこヤバかったし」

 二人の様子を一瞥し、愛想笑いを返したカナは四番目の窓を見つめた。都市伝説によれば、そこに自分の未来の姿が見えるはずなのだ。死の間際の表情が。

「……んー、なんともなさそうだね」

 ところが、そこにも異常は見られなかった。

 しょせん都市伝説は都市伝説に過ぎないというわけだ。古来より鏡は神秘的なものとして捉えられてきた。それが、こんな胡乱な噂話へと拡大されだのだろう。「四」という数字が登場するのも、今になって思えば安直に思えた。

 カナは冷静に分析しながら、ほっと胸をなでおろした。

 なんとはなしに、もう一度鏡を見る。やはり四番目の枠には、普段通りの自分の顔が見つめ返してくるだけだった。

 しかし鏡の回廊を少しずつ進んでいくうち、なんとなく薄ら寒いものを感じはじめた。氷の舌が背を舐めるように、ゾゾゾと恐怖が立ちのぼってくるのだ。

 その正体がどこに起因するのか、すぐには分からなかった。ただ強烈な違和感がたしかだった。

 ナナコとミカはじゃれ合いを始めた。二人は鏡を出入りし、カナだけが鏡を覗いていた。

 そう、カナだけが覗いていたはずなのだ。

 ところが彼女は、もう一つの視線を感じていた。

 ナナコとミカが同時に鏡の中へおさまったとき、違和感の正体がはっきりとわかった。

 鏡の中、無限につづく回廊の奥。
 そこに小さな人影がある。
 いるはずのないが佇んでいるのだ。

「ひっ……!」

 顔面の半分が髪に隠れた少女だった。それが枠をつかみ、ひとつ手前へとやってきた。ニコニコ微笑みながら。さらにもう一つ手前の窓へ身をのりだした。

 ナナコとミカはじゃれ合い続けていた。恐怖に息をつまらせたカナの様子など気にも留めなかった。

 その間にも少女は枠を跨いで近づいてくる。

 カナは鏡を伏せようとする。

 ところが、身体が金縛りにあったように動かない。瞬きの一つもできず、視線は少女と交わったままだった。

『……エヘヘ、やっと遊べるね』

 枠をくぐって少女が言った。
 はっきりと声が聞こえた。

 ナナコとミカには聞こえていないようだった。二人はキャッキャと喧しい声をあげ、布団の上を転がっていた。

 鏡の少女は、次々と枠をくぐる。徐々に速さを増しながら。

 来ないで、こないで……ッ!

 カナは声なき声で懇願した。
 願いむなしく、少女が四番目の枠にまで進入する。

 その時、少女の髪がさらりと揺れた。

 イヤ……ッ!

 あらわになった目許は空ろだった。洞めいた眼窩が闇を飼っていた。

『こっちで一緒に遊ぼうね』

 少女が横へ向きなおり、白いしろい手を伸ばした。スマホから発せられる明かりよりもなお白い手だった。それが抱きかかえるようにカナの髪を撫でた。冷たい感触がカサカサと伝った。

 うそ、でしょ……?

 身をよじろうとするが、やはり身体は動かない。

 凍えた指が膨張した瞳孔へと忍びよる。

 イヤだ、イヤイヤ、イヤァ!

 カナは抵抗した。
 早鐘をうつ心臓が、凝った肉体に血液を送りだした。

 凍てついた背中が沸きたち、キリキリと軋んだ。

「イヤああああああああああ!」

 堰をきったように悲鳴があふれた。

 それと同時だった。
 少女の指先が眼球に触れた。

 鏡の中――四番目の相貌だけが、恐怖に凍りついた。
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