37 / 50
第三部 第二次抗争
三七、金色の鯉
しおりを挟む
「第一防衛ライン放棄! 防壁に展開せよ!」
ナカネ小隊は即座に鉄壁の陣を解除し、蜘蛛の子が散るように散開した。
「待ちやがれぇ!」
当然、チンピラたちは後を追ってくるが、ドアを盾にしている分足は遅い。
兵たちは牽制射撃によって、いっそう敵の足を遅らせながら、ロータリー要する駐車場を通過した。
その先に彼らを待っていたのは、県庁庁舎をぐるりと囲う生垣の防壁だった。
防壁とは言っても、所々に進入路が用意されていた。
ナカネは、威圧的にロータリーを睨みつけるユウキヒデヤス・ゴーレムの傍らを通り、進入路にはいった。
正面は間もなく壁。
道は左右に延びていた。
ナカネは左に進み、直後やってきた兵士を右に進ませた。
それぞれ角にまで進んだところで、ドア盾を構えたチンピラが通路に姿を現した!
「ピュキイイイイイイイイイ!」
「うるせぇ!」
右の兵士がすかさず射撃!
カカカ!
しかしチンピラは、そちらへ向き直って盾で銃弾を弾いてしまう!
ナカネの側には無防備な背中がさらされたものの、あいにく使用可能な銃器がない!
「ピュキッ!」
チンピラはナカネを無視し、兵との距離を詰めにかかった!
その腕に巻かれた鎖が解けた!
暴力のよろこびにチンピラの口端が吊りあがる!
ダダダ!
「……あいぃ?」
ところが次の瞬間、チンピラは真っ青な空を見上げていた。
太ももを炙るような痛みが襲った。
手をやると粘ついた液体が糸を引いた。
チンピラは絶叫した。
「うぎゃああああああああああああああ!」
激痛の中、目端に黒いものを捉えた。
痛みを堪え、首をめぐらせると、生垣の間から銃口がとび出していた。
マズルフラッシュが視野を焼いた。チンピラは沈黙した。
「……」
その足がスタッカートを鳴らすのを聞きながら、ナカネは角を曲がった。
歪みない真っ直ぐな道がナカネを迎えた。
最奥に緑の壁が見えた。
庁舎直通の道はないようだが、中途に幾つもの横道がひらけていた。
ここはアシュコムメイズじみた生垣の迷路だ。
〈フクイ解放戦線〉とて庁舎につづく正しい道順は知らないが、その大まかな構造については聞かされていた。
ナカネは通路を走り、横道を無視し、壁のまえでふいに足を止めた。
腰の高さほどのところ、かろうじて大人ひとりが通れるだけの穴があいていた。
先のチンピラを撃退したものと同じだ。
防衛側のショートカットポイントにして、狭間の役割をもつ穴。
ナカネは穴をとおり向こう側へ出た。
そこもまた通路だった。
すでに、ひとりの兵士が待機していた。その目許にメガネはない。〈フクイ解放戦線〉同志だ。
ナカネは同志に歩み寄った。同志はそれがナカネだと気付いて敬礼をした。
「装備を調整したい。すこし見張りを頼めるか?」
「問題ありません。敵影を確認したら、すぐに報告いたします」
「助かる」
パァン! パァン! ダダダダダダダダダ!
「うぎゃああああああああ……」
銃声と断末魔の中、ナカネはアサルトライフルの動作確認を行った。幸い、ジャミングの原因は単純な動作不良に過ぎなかった。詰まっていた薬莢を排出し、ナカネは胸を撫でおろした。
「ブジュウウウウウウウウウ!」
早速、カニ人間の咆哮が生垣を震わせた。
「直線方向、来ました!」
「了解」
ナカネと兵士は、それぞれ狭間の前に就いた。
パァン!
通路を覗くと、カニ人間がびくんと震え倒れた。屋上からの援護射撃だ。
「ブジュウウウウウウウウウ!」
そこにまたもカニ人間の叫びが轟いた。
姿はまだ見えないが、近い。
天を泡が馳せた。
それとすれ違うように銃弾が飛んだ。
パァン!
残響絶えやらぬ間に、新たな銃声が空気を震わせた。
パァン! パァン!
さらに銃声は谺し、重なり合っていった。
弾道が徐々に、こちらへ近づいてくる。
鼓膜が跫音を、捉えた。
通路に敵が現れた。
「ヒエア!」
カニ人間ではなかった。チンピラだった。
では、さっきの叫び声は?
ナカネは疑問とともに引金をひいた。
なす術なくチンピラは斃れた。
「ブジュア!」
次の瞬間、壁を跳び越えたカニ人間が、チンピラの屍のすぐ側に着地した!
「てぇッ!」
ナカネたちはとっさに引金をひいた!
ところが、横歩きが速い! 弾が甲羅をかすめもしない!
またたく間もなく、カニ人間は眼前!
「ごぼぉ……ォ!」
兵士の胸板ごと、ハサミが生垣をぶち破った!
「ジュジュッ!」
ハサミが真下に振り下ろされると、防壁は紙切れのごとく崩れ、兵士は正中線から二つに割れた!
「ジュ、ブジュジュ」
夥しい血を浴びながら、カニ人間は踏みだす。
呆然としたナカネの真横に、ぬっと姿を現した。
「ッ!」
ナカネはまなじり決して向き直り、カニ人間目がけ引金をひいた!
「ブジュッ!」
カニ人間は、真正面の壁にむけて踏みこんだ!
ナカネは銃火を横に滑らせそれを追うが、カニ人間は生垣を蹴って斜め上に逃れた!
「ブジュウウウウウウウウウ!」
空中からの泡攻撃!
ナカネはこれを読み、すでに横転!
さらに敵の落下地点を予測し、先んじて引金をひく!
「なにッ!」
ところが、そこにカニ人間はいない!
「ジュア!」
歪なシルエットは、ナカネの頭上にあった!
カニ人間は空中で身を捻り、再度生垣を蹴っていたのだ!
「ヌア!」
ナカネは跳びこみ前転! 背中を浅くハサミが切り裂く!
血が流れるより早くナカネは振り返るが!
「ブッジュ!」
カニ人間が、ナカネの手を蹴りあげたのが、ほぼ同時だった!
甲羅の端に火花を散らしただけで、アサルトライフルは宙を舞っていた!
「ごあ……ッ!」
たて続けに放たれた前蹴りが、ナカネの鳩尾を抉った!
ナカネは地面の上をバウンドし、十メートルほど吹っ飛ばされたところで、ようやく止まった。
「カッ……ァ、ッハ……!」
ナカネは血を吐きながら地面に手をついた。
身を捩りながら呼吸を整えようともがいた。
しかし抵抗の意志に反して、空気は外へ漏れだしていく。視界の端は白く染まり、カニ人間の輪郭すら定まらなかった。
「ブジュウウウ……」
不思議と、ギチギチ蠢く口にだけ焦点が定まった。
俺は、こいつらに何もかも奪われるのか……!
ナカネはカニ人間を、〈クラブラザーズ〉を、果ては世界すら呪った。
カニ人間の肩越しに見えた空が、皮肉なほど青くきれいだったからだ。
いつか妻と見下ろした、水堀の景色のようだったからだ。
もう戻らせてはくれないくせに。
この世界は、最期の瞬間にまで、幸せだった頃を思い出せようとする。
「……こ、い」
ナカネの目には鯉まで見えていた。
青いあおい空の水面を泳ぐ鯉が。
陽光を受け、輪郭を金に煌めかせた幸福の象徴が。
ならば、せめて。
「……こっちに、来や、がれ」
ナカネが手を伸ばすと、それは本当に、吸い寄せられるようにして近付いて来た。
鯉とは思えぬ、凄まじい速度で。
急速に輪郭を膨張させたのだ。
そして、それは雄々しく鳴いた。
「ガガアアアアアッ!」
「ブジュ……ッ!」
弾かれたように、カニ人間が振り返った。
その時、それはすでにナカネの頭上にあった。
折りたたまれた翼が開かれた。
プテラノドンが、ふたたび鳴いた。
ナカネ小隊は即座に鉄壁の陣を解除し、蜘蛛の子が散るように散開した。
「待ちやがれぇ!」
当然、チンピラたちは後を追ってくるが、ドアを盾にしている分足は遅い。
兵たちは牽制射撃によって、いっそう敵の足を遅らせながら、ロータリー要する駐車場を通過した。
その先に彼らを待っていたのは、県庁庁舎をぐるりと囲う生垣の防壁だった。
防壁とは言っても、所々に進入路が用意されていた。
ナカネは、威圧的にロータリーを睨みつけるユウキヒデヤス・ゴーレムの傍らを通り、進入路にはいった。
正面は間もなく壁。
道は左右に延びていた。
ナカネは左に進み、直後やってきた兵士を右に進ませた。
それぞれ角にまで進んだところで、ドア盾を構えたチンピラが通路に姿を現した!
「ピュキイイイイイイイイイ!」
「うるせぇ!」
右の兵士がすかさず射撃!
カカカ!
しかしチンピラは、そちらへ向き直って盾で銃弾を弾いてしまう!
ナカネの側には無防備な背中がさらされたものの、あいにく使用可能な銃器がない!
「ピュキッ!」
チンピラはナカネを無視し、兵との距離を詰めにかかった!
その腕に巻かれた鎖が解けた!
暴力のよろこびにチンピラの口端が吊りあがる!
ダダダ!
「……あいぃ?」
ところが次の瞬間、チンピラは真っ青な空を見上げていた。
太ももを炙るような痛みが襲った。
手をやると粘ついた液体が糸を引いた。
チンピラは絶叫した。
「うぎゃああああああああああああああ!」
激痛の中、目端に黒いものを捉えた。
痛みを堪え、首をめぐらせると、生垣の間から銃口がとび出していた。
マズルフラッシュが視野を焼いた。チンピラは沈黙した。
「……」
その足がスタッカートを鳴らすのを聞きながら、ナカネは角を曲がった。
歪みない真っ直ぐな道がナカネを迎えた。
最奥に緑の壁が見えた。
庁舎直通の道はないようだが、中途に幾つもの横道がひらけていた。
ここはアシュコムメイズじみた生垣の迷路だ。
〈フクイ解放戦線〉とて庁舎につづく正しい道順は知らないが、その大まかな構造については聞かされていた。
ナカネは通路を走り、横道を無視し、壁のまえでふいに足を止めた。
腰の高さほどのところ、かろうじて大人ひとりが通れるだけの穴があいていた。
先のチンピラを撃退したものと同じだ。
防衛側のショートカットポイントにして、狭間の役割をもつ穴。
ナカネは穴をとおり向こう側へ出た。
そこもまた通路だった。
すでに、ひとりの兵士が待機していた。その目許にメガネはない。〈フクイ解放戦線〉同志だ。
ナカネは同志に歩み寄った。同志はそれがナカネだと気付いて敬礼をした。
「装備を調整したい。すこし見張りを頼めるか?」
「問題ありません。敵影を確認したら、すぐに報告いたします」
「助かる」
パァン! パァン! ダダダダダダダダダ!
「うぎゃああああああああ……」
銃声と断末魔の中、ナカネはアサルトライフルの動作確認を行った。幸い、ジャミングの原因は単純な動作不良に過ぎなかった。詰まっていた薬莢を排出し、ナカネは胸を撫でおろした。
「ブジュウウウウウウウウウ!」
早速、カニ人間の咆哮が生垣を震わせた。
「直線方向、来ました!」
「了解」
ナカネと兵士は、それぞれ狭間の前に就いた。
パァン!
通路を覗くと、カニ人間がびくんと震え倒れた。屋上からの援護射撃だ。
「ブジュウウウウウウウウウ!」
そこにまたもカニ人間の叫びが轟いた。
姿はまだ見えないが、近い。
天を泡が馳せた。
それとすれ違うように銃弾が飛んだ。
パァン!
残響絶えやらぬ間に、新たな銃声が空気を震わせた。
パァン! パァン!
さらに銃声は谺し、重なり合っていった。
弾道が徐々に、こちらへ近づいてくる。
鼓膜が跫音を、捉えた。
通路に敵が現れた。
「ヒエア!」
カニ人間ではなかった。チンピラだった。
では、さっきの叫び声は?
ナカネは疑問とともに引金をひいた。
なす術なくチンピラは斃れた。
「ブジュア!」
次の瞬間、壁を跳び越えたカニ人間が、チンピラの屍のすぐ側に着地した!
「てぇッ!」
ナカネたちはとっさに引金をひいた!
ところが、横歩きが速い! 弾が甲羅をかすめもしない!
またたく間もなく、カニ人間は眼前!
「ごぼぉ……ォ!」
兵士の胸板ごと、ハサミが生垣をぶち破った!
「ジュジュッ!」
ハサミが真下に振り下ろされると、防壁は紙切れのごとく崩れ、兵士は正中線から二つに割れた!
「ジュ、ブジュジュ」
夥しい血を浴びながら、カニ人間は踏みだす。
呆然としたナカネの真横に、ぬっと姿を現した。
「ッ!」
ナカネはまなじり決して向き直り、カニ人間目がけ引金をひいた!
「ブジュッ!」
カニ人間は、真正面の壁にむけて踏みこんだ!
ナカネは銃火を横に滑らせそれを追うが、カニ人間は生垣を蹴って斜め上に逃れた!
「ブジュウウウウウウウウウ!」
空中からの泡攻撃!
ナカネはこれを読み、すでに横転!
さらに敵の落下地点を予測し、先んじて引金をひく!
「なにッ!」
ところが、そこにカニ人間はいない!
「ジュア!」
歪なシルエットは、ナカネの頭上にあった!
カニ人間は空中で身を捻り、再度生垣を蹴っていたのだ!
「ヌア!」
ナカネは跳びこみ前転! 背中を浅くハサミが切り裂く!
血が流れるより早くナカネは振り返るが!
「ブッジュ!」
カニ人間が、ナカネの手を蹴りあげたのが、ほぼ同時だった!
甲羅の端に火花を散らしただけで、アサルトライフルは宙を舞っていた!
「ごあ……ッ!」
たて続けに放たれた前蹴りが、ナカネの鳩尾を抉った!
ナカネは地面の上をバウンドし、十メートルほど吹っ飛ばされたところで、ようやく止まった。
「カッ……ァ、ッハ……!」
ナカネは血を吐きながら地面に手をついた。
身を捩りながら呼吸を整えようともがいた。
しかし抵抗の意志に反して、空気は外へ漏れだしていく。視界の端は白く染まり、カニ人間の輪郭すら定まらなかった。
「ブジュウウウ……」
不思議と、ギチギチ蠢く口にだけ焦点が定まった。
俺は、こいつらに何もかも奪われるのか……!
ナカネはカニ人間を、〈クラブラザーズ〉を、果ては世界すら呪った。
カニ人間の肩越しに見えた空が、皮肉なほど青くきれいだったからだ。
いつか妻と見下ろした、水堀の景色のようだったからだ。
もう戻らせてはくれないくせに。
この世界は、最期の瞬間にまで、幸せだった頃を思い出せようとする。
「……こ、い」
ナカネの目には鯉まで見えていた。
青いあおい空の水面を泳ぐ鯉が。
陽光を受け、輪郭を金に煌めかせた幸福の象徴が。
ならば、せめて。
「……こっちに、来や、がれ」
ナカネが手を伸ばすと、それは本当に、吸い寄せられるようにして近付いて来た。
鯉とは思えぬ、凄まじい速度で。
急速に輪郭を膨張させたのだ。
そして、それは雄々しく鳴いた。
「ガガアアアアアッ!」
「ブジュ……ッ!」
弾かれたように、カニ人間が振り返った。
その時、それはすでにナカネの頭上にあった。
折りたたまれた翼が開かれた。
プテラノドンが、ふたたび鳴いた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる