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第六章 ブラジャーフッド ~ブラジャーがつなぐ生と死~
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「なんか用か」
「渡したいものがあるのよ。病室行ったらもう退院したって聞いて、いったんは諦めたんだけど、はあ、さっきあなたを見かけたって人が、はあ、いたから探してたのよ。え、と、お見舞い?」
真剣に探していたようで、少し息を切らせている。掠れ声にどきりとした。
「そうだよ。婆ちゃんの見舞い。なんだかわかんねえけど、その渡したいものっての、さっさと出せよ」
おれはぶっきらぼうに手を出した。おれの胸がときめいてる。
十五年越しに時間が動き出す予感がする。
「でもここだと……」
さよりはばあさんと双葉を見てためらう。
おれは平静を装って手を上下させた。
「いいから、早く!」
「もう……!」
さよりは透明なビニールの袋に入ったものをおれに手渡した。軽い。チョコではない。ピンクのレースが見える……?
「……これは」
おれはビニールを破って中身を確かめた。
ファンシーな女性用下着のブラジャーとパンティ。
「入院時に身につけていた、康介の下着。うちで洗濯しといたから」
「…………」
「じゃ、わたしは仕事に戻るね。ばいばい」
「……ばいばい」
ピーピーピーピー。機械が甲高い音を立てた。
ばあさん、とうとう……。
振り返ったらばあさんの眼がぎらぎらしていた。
モニターの心拍数が異常に高い。血圧も急上昇だ。上がりすぎて異常警報が鳴ったのだ。
ばたばたと担当の看護師がやってきた。
「お見舞いのかたですか、すみません、場所をあけてください。機械を確認しますので」
看護師ふたりがかりで機械を調べて、「おかしいなあ」「壊れてないね」と言い合っている。
ばあさんの濁っていた両の眼は妙にぎらぎらしていた。
「あんた、女物の下着を身に着ける趣味があるのかい。驚いた。想像したら心臓がどきどきして止まらないよ」
三日経ったころにもう一度ばあさんを見舞うと、ぴくしぶ?とかいうのをスマホで熱心に覗いていた。顔色がずいぶんとよくなっていた。表情も明るくなっていて、まるで生まれ変わったようだ。
「来週、筋肉カフェっていう筋肉フェチ同人誌オンリーイベントがあるんだよ。ああ、もっと早くはまっておくんだったよ、悔しいこと。そうしたら本を作って布教できた。同好の士と語らえただろうに。なにしろ筋肉と女性用下着の組み合わせはニッチ過ぎて──」
なにを言っているのか相変わらずわからないが、楽しそうでなによりだ。
「ところであんた、なんでコートなんか着てるんだい。えらく暑苦しいかっこして。ああ、もう秋なのね。わたしが入院したのは真夏だったから、……そう、もう二か月以上になるんだね。外は寒いかい」
「そうでもない」
おれはおもむろにコートのあわせを開いた。
たったひとりだけのためのファッションショーだ。
ばあさんは口をぽかんと開けた。それからベッド脇のサイドテーブルから老眼鏡を拾い上げ、しげしげと眺めてから大爆笑した。
機械がピーピー鳴りだした。
「いいものが見れた。冥土の土産にするよ。あんた世界一かっこいい男だね」
看護師がやってくる前におれは退散した。
そう、おれはかっこいい。自信を持ってやるおれは、かっこいい男だ。
たとえばあさん一人にしか認めてもらえなくても。
ばあさんはそれから一週間ほど生きながらえた。さよりが電話で教えてくれた。
冷たく硬く、もうときめかなくなったばあさんの遺体に今現在つきそっているのは、ほとんど交流のなかった遠い親戚だそうで、葬儀社の到着を待っているらしい。
病院に行っても仕方ないのに足は勝手に動いていた。
ばあさんが光の道をまっすぐ歩んでくれていたらいい。
ぼんやりと病院を眺めながら、そう願っていると、病院の入り口から双葉が出てきた。
「おい、ばあさんは?」
「渡したいものがあるのよ。病室行ったらもう退院したって聞いて、いったんは諦めたんだけど、はあ、さっきあなたを見かけたって人が、はあ、いたから探してたのよ。え、と、お見舞い?」
真剣に探していたようで、少し息を切らせている。掠れ声にどきりとした。
「そうだよ。婆ちゃんの見舞い。なんだかわかんねえけど、その渡したいものっての、さっさと出せよ」
おれはぶっきらぼうに手を出した。おれの胸がときめいてる。
十五年越しに時間が動き出す予感がする。
「でもここだと……」
さよりはばあさんと双葉を見てためらう。
おれは平静を装って手を上下させた。
「いいから、早く!」
「もう……!」
さよりは透明なビニールの袋に入ったものをおれに手渡した。軽い。チョコではない。ピンクのレースが見える……?
「……これは」
おれはビニールを破って中身を確かめた。
ファンシーな女性用下着のブラジャーとパンティ。
「入院時に身につけていた、康介の下着。うちで洗濯しといたから」
「…………」
「じゃ、わたしは仕事に戻るね。ばいばい」
「……ばいばい」
ピーピーピーピー。機械が甲高い音を立てた。
ばあさん、とうとう……。
振り返ったらばあさんの眼がぎらぎらしていた。
モニターの心拍数が異常に高い。血圧も急上昇だ。上がりすぎて異常警報が鳴ったのだ。
ばたばたと担当の看護師がやってきた。
「お見舞いのかたですか、すみません、場所をあけてください。機械を確認しますので」
看護師ふたりがかりで機械を調べて、「おかしいなあ」「壊れてないね」と言い合っている。
ばあさんの濁っていた両の眼は妙にぎらぎらしていた。
「あんた、女物の下着を身に着ける趣味があるのかい。驚いた。想像したら心臓がどきどきして止まらないよ」
三日経ったころにもう一度ばあさんを見舞うと、ぴくしぶ?とかいうのをスマホで熱心に覗いていた。顔色がずいぶんとよくなっていた。表情も明るくなっていて、まるで生まれ変わったようだ。
「来週、筋肉カフェっていう筋肉フェチ同人誌オンリーイベントがあるんだよ。ああ、もっと早くはまっておくんだったよ、悔しいこと。そうしたら本を作って布教できた。同好の士と語らえただろうに。なにしろ筋肉と女性用下着の組み合わせはニッチ過ぎて──」
なにを言っているのか相変わらずわからないが、楽しそうでなによりだ。
「ところであんた、なんでコートなんか着てるんだい。えらく暑苦しいかっこして。ああ、もう秋なのね。わたしが入院したのは真夏だったから、……そう、もう二か月以上になるんだね。外は寒いかい」
「そうでもない」
おれはおもむろにコートのあわせを開いた。
たったひとりだけのためのファッションショーだ。
ばあさんは口をぽかんと開けた。それからベッド脇のサイドテーブルから老眼鏡を拾い上げ、しげしげと眺めてから大爆笑した。
機械がピーピー鳴りだした。
「いいものが見れた。冥土の土産にするよ。あんた世界一かっこいい男だね」
看護師がやってくる前におれは退散した。
そう、おれはかっこいい。自信を持ってやるおれは、かっこいい男だ。
たとえばあさん一人にしか認めてもらえなくても。
ばあさんはそれから一週間ほど生きながらえた。さよりが電話で教えてくれた。
冷たく硬く、もうときめかなくなったばあさんの遺体に今現在つきそっているのは、ほとんど交流のなかった遠い親戚だそうで、葬儀社の到着を待っているらしい。
病院に行っても仕方ないのに足は勝手に動いていた。
ばあさんが光の道をまっすぐ歩んでくれていたらいい。
ぼんやりと病院を眺めながら、そう願っていると、病院の入り口から双葉が出てきた。
「おい、ばあさんは?」
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