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第六章 ブラジャーフッド ~ブラジャーがつなぐ生と死~
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看護師さんも担当医も非常に優しかった。なんであんなかっこうをしていたんですか、と問いつめもしない。治療に不必要なプライベートには触れてこない。
だから言い訳をする機会がないままに、数日がすぎた。
見たことがある看護師だな。
点滴のスピードを調整仲の看護師さんに懐かしさを感じた。じっと顔を見つめているうちに十数年前の光景がよみがえる。
「あれ、もしかして、さより……?」
「やっと気づいたの? 運び込まれてきたときから、わたしは康介だって気づいてたよ」
わずかに責めるような口調と丸い頬は高校時代と変わらない。
「看護師になったんだ」
「康介くんはなにしてるの?」
「う、うん。喫茶店の……マスター……」
「すごいじゃない。そう言われれば肌の色がライトローストのコーヒー豆みたいだね」
世界一美味いコーヒーをご馳走するから今度飲みにきてよ、という軽い口当たりの言葉は喉にひっかかって出てこない。
バレンタインデーにくれると言っていたチョコをくれなかったさゆり。待っててと言われて公園でハチ公のように待ってたのに。理由はわかっている。ほかの女の子と二股してたのが最悪のタイミングでバレたからだ。そして自然消滅。
苦い思い出が、いまさら走馬燈のように脳裏を駆け巡った。
MRI、CTなどいくつかの検査の結果、ようやく退院許可を取りつけた。もともと不整脈があったらしい。これを機に飲酒喫煙を控え、血圧や心拍数を気にする生活になりそうだ。ブラジャーとパンティは行方不明だったので、いまは堂々、ノーパンである。
会計をすませ、病院をあとにしようと入口に頭を回すと、あの女の子がいた。
どっかの高校の制服を着ているが、コスプレのような白々しさを感じる。
「よお、死に神。元気か」
死に神に『元気か』はないか。おれは頭を掻きながら近寄った。
「もしやまだおれを諦めてないのか」
「……どいてください」
「こりゃ、失礼。誰かの見舞いか」
「あなたには関係ありません」
「冷たいね。この世とあの世の狭間でデートした仲じゃないか」
死に神のあとをついて歩いたのはたんにヒマだったことと、どうにも離れがたい絆のようなものを勝手に感じていたせいだろう。
彼女が訪ねたのは個室だった。
ベッドには上品そうな白髪の女性が横になっている。『ご婦人』という言葉がぴったりだ。
「やっと会えた。何十年ぶりかしら」
ご婦人は女の子を見据えて、案外としっかりとした声を発した。
ふたりの関係はなんだろう。家族や親戚じゃないようだ。女の子は憮然としている。
「わたしを呼び出したのはなぜですか」
「そんなこと言わなくてもわかっているでしょう。わたしの生はもう終わる。もしわたしが迷ったら道案内をしてもらいたいからよ」
「おばさん、心配いらねーよ。死んだらぱーっと明るい光の道ができるから。それに体が勝手に動いちまうから。考えるひまもなくあの世に行けるから」
「あなた誰。双葉さんがおつきあいしてるかた?」
ようやくおれに気づいたようすでご婦人は眉をひそめた。
知らない女──年齢問わず──には旧知の仲のように話しかけられるのがおれの特技だ。
「双葉さんには責任があるのよ。わたしに対する責任」
「責任? どんな?」
「ずっと昔、わたしが死のうとしたときに、双葉さんはとめたの。ご親切にも見知らぬ他人を思いとどまらせたのよ」
「おい。このおばさん、ぼけてるのか」
おれは近くにあった折りたたみ椅子をふたつ、勝手に引き出した。ひとつには双葉を座らせ、もうひとつにどすんと腰をおろした。
「命の恩人じゃねーか。責任なんて言いがかりじゃねーか」
だから言い訳をする機会がないままに、数日がすぎた。
見たことがある看護師だな。
点滴のスピードを調整仲の看護師さんに懐かしさを感じた。じっと顔を見つめているうちに十数年前の光景がよみがえる。
「あれ、もしかして、さより……?」
「やっと気づいたの? 運び込まれてきたときから、わたしは康介だって気づいてたよ」
わずかに責めるような口調と丸い頬は高校時代と変わらない。
「看護師になったんだ」
「康介くんはなにしてるの?」
「う、うん。喫茶店の……マスター……」
「すごいじゃない。そう言われれば肌の色がライトローストのコーヒー豆みたいだね」
世界一美味いコーヒーをご馳走するから今度飲みにきてよ、という軽い口当たりの言葉は喉にひっかかって出てこない。
バレンタインデーにくれると言っていたチョコをくれなかったさゆり。待っててと言われて公園でハチ公のように待ってたのに。理由はわかっている。ほかの女の子と二股してたのが最悪のタイミングでバレたからだ。そして自然消滅。
苦い思い出が、いまさら走馬燈のように脳裏を駆け巡った。
MRI、CTなどいくつかの検査の結果、ようやく退院許可を取りつけた。もともと不整脈があったらしい。これを機に飲酒喫煙を控え、血圧や心拍数を気にする生活になりそうだ。ブラジャーとパンティは行方不明だったので、いまは堂々、ノーパンである。
会計をすませ、病院をあとにしようと入口に頭を回すと、あの女の子がいた。
どっかの高校の制服を着ているが、コスプレのような白々しさを感じる。
「よお、死に神。元気か」
死に神に『元気か』はないか。おれは頭を掻きながら近寄った。
「もしやまだおれを諦めてないのか」
「……どいてください」
「こりゃ、失礼。誰かの見舞いか」
「あなたには関係ありません」
「冷たいね。この世とあの世の狭間でデートした仲じゃないか」
死に神のあとをついて歩いたのはたんにヒマだったことと、どうにも離れがたい絆のようなものを勝手に感じていたせいだろう。
彼女が訪ねたのは個室だった。
ベッドには上品そうな白髪の女性が横になっている。『ご婦人』という言葉がぴったりだ。
「やっと会えた。何十年ぶりかしら」
ご婦人は女の子を見据えて、案外としっかりとした声を発した。
ふたりの関係はなんだろう。家族や親戚じゃないようだ。女の子は憮然としている。
「わたしを呼び出したのはなぜですか」
「そんなこと言わなくてもわかっているでしょう。わたしの生はもう終わる。もしわたしが迷ったら道案内をしてもらいたいからよ」
「おばさん、心配いらねーよ。死んだらぱーっと明るい光の道ができるから。それに体が勝手に動いちまうから。考えるひまもなくあの世に行けるから」
「あなた誰。双葉さんがおつきあいしてるかた?」
ようやくおれに気づいたようすでご婦人は眉をひそめた。
知らない女──年齢問わず──には旧知の仲のように話しかけられるのがおれの特技だ。
「双葉さんには責任があるのよ。わたしに対する責任」
「責任? どんな?」
「ずっと昔、わたしが死のうとしたときに、双葉さんはとめたの。ご親切にも見知らぬ他人を思いとどまらせたのよ」
「おい。このおばさん、ぼけてるのか」
おれは近くにあった折りたたみ椅子をふたつ、勝手に引き出した。ひとつには双葉を座らせ、もうひとつにどすんと腰をおろした。
「命の恩人じゃねーか。責任なんて言いがかりじゃねーか」
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