上 下
64 / 89

64

しおりを挟む
「なにかあったのかしら」

「サラ夫人! ガイ! 誰か! 早く来て!」

 部屋に駆け戻った2人が見たものは──
 ひびの入った卵だった。

「ポールは孵化しないだろう、なんてのんきなことを言っていたけど。まあ、たいへん」

「なにかが生まれるようだ。ワニかな、亀かな」

「ワニは困りますわね。公爵領の川に放したらいいかしら」

 ガイはぎょっとした顔をしたが、それよりも、卵の内側からこつこつと叩く音が聞こえてくることにサラは注意をひかれた。

 やがて、掌くらいの穴があいた。中からぎょろりとした目が覗く。

「なにあれ、気持ち悪い!」

 アシュリーが飛びのいた。ダチョウは周囲に落ちた殻を食べている。
 ガイとサラは卵を囲むようにして誕生を待った。

「わくわくしますわね。何が出てくるかはわかりませんけれど」

「恐ろしい怪物かもしれないぞ。……だがわくわくするのは確かだな。望まれてはいなくても、生命の誕生には神秘を感じる」

「遠い世界からポールに背負われて過酷な旅を続けてきたのに、逞しいこと」

「生きようとする力が強かったんだろう」

「何が生まれてきても、可愛がれる気がしてきたわ」

「不思議だな。俺もだ」

 ガイとサラがしみじみと年寄めいた会話をしているうちに、卵の上部がぱかりと外れて落ちた。手を伸ばしかけたガイに、サラがもう少し待ちましょうと声をかけた。
 ヒョロヒョロヒョロロロロ。笛のような鳴き声とともに姿を現したものは、薄茶色の鳥だった。

「あら、まあ」

「ダチョウじゃないか」

「……ピーちゃんの幼いころに比べたら……少し大きいわね」

 ヒナは卵の殻を脱ぎすてて嘴をパクパクとさせて存在をアピールしている。

「それに……脚がしっかりしてるな。大きく成長しそうだ……ん、羽がないな」

「ダチョウなら羽は……ちょっとだけありますわね。でもこの子は」

 ダチョウのヒナよりも大きいけれど、よたよたとして少し頼りないうえに、羽の痕跡らしきものがなかった。

「博物誌で見たことがある」

 ガイは慎重に言葉を継いだ。

「絶滅した……ジャイアントモアとかいう、飛べない鳥……」

「あらまあ」

 モアはガイの手を嘴でつついた。ダチョウは割れた卵の欠片を食べ終わると、ふらりと外に向かった。

「え、おい、置いていくなよ」

「きっとお腹が空いたのね。ヒナの面倒はガイが見てくれると思ったのよ」

「こいつを連れて公園にでも行ってくる。すぐに戻る」

「水入らずでごゆっくりどうぞ」

 ガイは顔をしかめた。だが嫌がっているというよりも戸惑っているように見えた。

(わたくしにとってピーちゃんは子供のようなもの。ピーちゃんにとってガイはつがい。となると、わたくし……孫ができたのね)
(はっ。わたくしとしたことが、びっくりしすぎて孫を触っていなかったわ。どうしましょう。親子水入らずを邪魔するのも悪いし、でも追いかけたいし)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし旅籠 ちょっぴり不思議なお宿の広報担当になりました

水縞しま
キャラ文芸
旧題:あやかし旅籠~にぎやか動画とほっこり山菜ごはん~ 第6回キャラ文芸大賞【奨励賞】作品です。 ◇◇◇◇ 廃墟系動画クリエーターとして生計を立てる私、御崎小夏(みさきこなつ)はある日、撮影で訪れた廃村でめずらしいものを見つける。つやつやとした草で編まれたそれは、強い力が宿る茅の輪だった。茅の輪に触れたことで、あやかしの姿が見えるようになってしまい……! 廃村で出会った糸引き女(おっとり美形男性)が営む旅籠屋は、どうやら経営が傾いているらしい。私は山菜料理をごちそうになったお礼も兼ねて、旅籠「紬屋」のCM制作を決意する。CMの効果はすぐにあらわれお客さんが来てくれたのだけど、客のひとりである三つ目小僧にねだられて、あやかし専門チャンネルを開設することに。 デパコスを愛するイマドキ女子の雪女、枕を返すことに執念を燃やす枕返し、お遍路さんスタイルの小豆婆。個性豊かなあやかしを撮影する日々は思いのほか楽しい。けれど、私には廃墟を撮影し続けている理由があって……。 愛が重い美形あやかし×少しクールなにんげん女子のお話。 ほっこりおいしい山菜レシピもあります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...