50 / 89
50
しおりを挟む
「あ……」
アシュリーは心臓に手をやってふらりとゆらぐ。衝撃を受けているようだ。
「どうしたんじゃ」
「あ、気分が……悪くて。失礼するわね。一人で大丈夫よ、ノース」
アシュリーが姿を消すと、雨音が居間を支配した。ただよう奇妙な空気に、誰も触れたくないという雰囲気だった。
「で、では今夜はもう休もうか」
公爵の声でみながうっそりと立ち上がった。
アシュリーのようすが変だったのはなぜだろうとサラは考えた。彼女はガイの顔を見て驚いているように見えたのだが。
(ハンサムすぎてびっくりしたのかしら)
「僕、大衆娯楽小説が大好きなんです」レインがふいに楽しげな声をあげた。
「こういうシチュエーション最高ですよね。悪天候による疑似密室。さまざまな思惑がある登場人物が一同に集まって一夜を過ごす。深夜に何か起こりかもしれませんね。利害がないのは僕ぐらい。探偵役かなあ。なんちゃって」
レインが期待したような深夜の悲劇は起こらなかったが、翌日、二つの事件があった。
鳥のさえずりと煌めく陽光がのぞく雨上がりの美しい朝。体になじんだ癖で早起きしてしまったサラは、数日放置されていたバラ園の手入れに向かった。
たんに手持無沙汰だっただけである。雑草を抜き、枯れた枝を切り、毛虫をピンセットでつまんで取った。
時が戻ったような感覚だった。公爵が階段から足を滑らせたと知るまでは。
結果からいえば、レインが期待したような事件性はない。誰かに突き落とされたわけでもなく、階段に油がまかれていたわけでもない。公爵の不注意である。足が痛いと嘆く公爵を、レインとサラがつきそって病院に連れて行くことになった。
「おい、馭者はどこに行ったんだ」
馴染みの馭者がいなかったので公爵は憤った。
「もともと馭者なんていませんわよ」
「いない。どういうことだ」
「雇ってるのは、料理人のロンと執事のカーンだけと言ったでしょ。馭者をしてくれていたのは近くに住む気のいい農奴だったのよ。でも昨日の暴言でそっぽをむかれちゃったみたいね」
「なんと……」
「公爵、安心してください。僕が馭者をやりますから」
レインは馭者台に座った。公爵家の馬車馬はよく馴れていて、素人の馭者を馬鹿になどしない。
なぜサラが付添ったのかというと、「体調が悪いから」とアシュリーが同行を拒否したせいだ。
不幸中の幸いか、王立中央病院で、公爵は尊敬する大医師の手当を受けることができた。軽い捻挫だとわかり、三人は安堵した。
「もう歳ですし、念のために……」
サラの口添えに加え、医師の勧めもあって、いくつかの検査を加えることになった。
アシュリーは心臓に手をやってふらりとゆらぐ。衝撃を受けているようだ。
「どうしたんじゃ」
「あ、気分が……悪くて。失礼するわね。一人で大丈夫よ、ノース」
アシュリーが姿を消すと、雨音が居間を支配した。ただよう奇妙な空気に、誰も触れたくないという雰囲気だった。
「で、では今夜はもう休もうか」
公爵の声でみながうっそりと立ち上がった。
アシュリーのようすが変だったのはなぜだろうとサラは考えた。彼女はガイの顔を見て驚いているように見えたのだが。
(ハンサムすぎてびっくりしたのかしら)
「僕、大衆娯楽小説が大好きなんです」レインがふいに楽しげな声をあげた。
「こういうシチュエーション最高ですよね。悪天候による疑似密室。さまざまな思惑がある登場人物が一同に集まって一夜を過ごす。深夜に何か起こりかもしれませんね。利害がないのは僕ぐらい。探偵役かなあ。なんちゃって」
レインが期待したような深夜の悲劇は起こらなかったが、翌日、二つの事件があった。
鳥のさえずりと煌めく陽光がのぞく雨上がりの美しい朝。体になじんだ癖で早起きしてしまったサラは、数日放置されていたバラ園の手入れに向かった。
たんに手持無沙汰だっただけである。雑草を抜き、枯れた枝を切り、毛虫をピンセットでつまんで取った。
時が戻ったような感覚だった。公爵が階段から足を滑らせたと知るまでは。
結果からいえば、レインが期待したような事件性はない。誰かに突き落とされたわけでもなく、階段に油がまかれていたわけでもない。公爵の不注意である。足が痛いと嘆く公爵を、レインとサラがつきそって病院に連れて行くことになった。
「おい、馭者はどこに行ったんだ」
馴染みの馭者がいなかったので公爵は憤った。
「もともと馭者なんていませんわよ」
「いない。どういうことだ」
「雇ってるのは、料理人のロンと執事のカーンだけと言ったでしょ。馭者をしてくれていたのは近くに住む気のいい農奴だったのよ。でも昨日の暴言でそっぽをむかれちゃったみたいね」
「なんと……」
「公爵、安心してください。僕が馭者をやりますから」
レインは馭者台に座った。公爵家の馬車馬はよく馴れていて、素人の馭者を馬鹿になどしない。
なぜサラが付添ったのかというと、「体調が悪いから」とアシュリーが同行を拒否したせいだ。
不幸中の幸いか、王立中央病院で、公爵は尊敬する大医師の手当を受けることができた。軽い捻挫だとわかり、三人は安堵した。
「もう歳ですし、念のために……」
サラの口添えに加え、医師の勧めもあって、いくつかの検査を加えることになった。
0
お気に入りに追加
59
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる