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「へえ、離婚だなんて驚天動地だ。その後おじさんは若い娘と再婚をする。しかもその娘は妊娠していると」

「驚くわよね」

 サラは手ずからいれた紅茶をポールに差し出した。

「ミルクティーの香りはやはり落ち着きますね。まずは一杯味わってから僕の意見を言わせてください」

「口ぶりのわりには驚いてるふうに見えませんね」

 トールが薄い笑みを浮かべている。ポールはにっこりと笑い返して答えた。

「実は噂を耳にしていたもので。初めて聞いたふりをしたのは、まあ、マナーですよ」

「噂を。海外でか?」

 公爵の問いに、ポールは吹きだした。

「いや、まさか。ついさっき、小作人からですよ」

 トールはすぐに反応した。「農奴が言っていた男というのはきみか? 荘園を買いたいという?」

「たぶん僕のことでしょう。荘園を買いたいとは言ってませんが」

「いや、しかし、工場を建てる土地を探しているのでは?」

「僕の知り合いが探してるんです。衣類の縫製工場を作りたいのだとか。だから僕が仲介しようかと思ってて。ところで彼らは農奴なんですか。てっきり小作人かと思ってましたよ。時代遅れの古臭い制度が残ってるんですね」

 ポールは空になったカップをソーサーに無造作に置いた。ポールの金髪巻き毛が軽やかに踊る。その視線はトールに向かっていた。この場を仕切っているのが彼だと見抜いたかのように。

「ほう、仲介ですか」

「土地の権利を買い取る代わりに、労働者として工場に勤務しないか、と訊ねたら、彼らはくちぐちに『なんのことかわからないから、サラ夫人に訊いてくれ』と言うんですよ。なるほど、土地の権利自体、彼らは持ってなかったんですね。しかも『旦那様は若い娘を屋敷に連れ込んだ』なんて面白おかしく噂してるもんだから呆れました」

「おまえには関係がないことだろう」公爵が憮然となった。

「関係なくはないでしょ。僕が公爵位を継いで、ここの領主になる予定だったんだから!」

「それは……」公爵は口ごもった。

「ひとこと相談くらいしてほしかったな。僕はおじさんが死んだ後のことも考えていたんですよ」

 ポールは真剣な表情になって公爵を見た。公爵はすがるようにトールを盗み見る。

「公爵はお元気ですよ。法律的にはポール氏には権限はありません」

「わかってるよ。だけど提案くらいいいだろう。ああ、大丈夫だよ、サラおばさん。自分でいれる」

 ポールは二杯目の紅茶にミルクをたっぷり注いで、その甘い香りを鼻先で楽しんでいる。

「おじさんはたしかに元気だね。でも我が国の平均寿命、知ってる?」

「……」

 一同は黙り込んだ。ガイがぽそりと口を開く。

「45歳」
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