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 悲鳴は徐々に近づいてくる。土砂降りの中、黒い点が次第に大きくなってきた。

「ピーちゃんが誰かを追い込んでるわ」

 逃げる男の後ろをダチョウが追いかけているようだった。

「こっちに近づいてくる」

「うあああああ」

「危ない!」

 ガイがとっさにサラを引き寄せた。
 走り込んできた男は扉に飛び込んで、屋敷の中に消えていった。そのあとをダチョウが追いかける。本気を出せば時速60キロで疾走できるのだから、ダチョウからしたら遊んでいるようなものなのだろう。

「たいへんだわ。泥棒を屋敷に入れてしまったわ」

 一瞬のできごとだったが若い男のようだった。

(どこかで見た覚えがあるような……)

 サラは思い出そうと首を傾げ、はっとなった。ガイの腕に寄りかかったままだった。

「ご、ごめんなさいね」

「彼らを追いかけましょう」

「ええ、そうしましょう!」

(細いわりに筋肉がしっかりついているのね。あら、わたくしとしたことが興味津々ではしたないこと。でもそれもしかたないわ。だって夫以外の男性の裸体がこんなに接近してきたことなど今までになかったのだもの)
(だめだめ、意識するなんてどうかしてるわ。ガイはわたくしの半分くらいの年齢なのに)
(……でも60歳の夫は15歳の女の子と愛し合っているわ。男はよくて女はだめなんてことはないわよね)
(そうよ。55歳だって別にいいじゃないの。せいぜい心の中で考えるくらいなら赦されていいわよね。なによりときめくのですもの。まるで若返ったみたい)
(だめよ、しっかりなさい、サラ。ちょっとばかり刺激的な状況になったからなんだっていうの。雰囲気に流されてはいけないわ)

 時間にしてわずか1秒もなかっただろう。サラの脳内ではいくつもの光が煌めいて消えた。

「泥棒はどこへ行ったのかしら」

 サラは気を取り直すと全裸のままのガイと一緒に侵入者を追いかけた。
 物音をたよりに居間にたどりつく。ダチョウが暖炉の中をつついていた。

「俺が行く」

 ガイはサラの前に出て、全裸とは思えぬほど堂々としたようすで暖炉に近寄った。

「おーい、助けてくれ」

 反響した声が聞こえてくる。

「ピーちゃん、あとは俺にまかせてくれ」

 ダチョウを脇に避けると、ガイは暖炉の中に手を伸ばした。

「屋敷を窓から覗いていたのはおまえだな、泥棒」

「そ、そうだけどそうじゃない」

 ガイは男を引っ張り出された。全身煤だらけである。

「不法侵入だ。警官を呼ぶ」

「おまえこそ、なんなんだ。変態じゃないか」

「俺は入浴中だったんだ。変態じゃない……おい、暴れるな、煤がつく!」

 男はサラを見ると「あ!」と声を上げ、満面の笑みで手を振った。「サラおばさん! おひさしぶりです!」
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