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「高価なものを持っていたらまた盗まれるかもしれないと思って、それ以降はイミテーションしか揃えなかったの」

 安物だけどそれなりに綺麗よ、とサラが続けると、アシュリーはぷいと横を向いた。

「隠しているといえば、記録簿はどこにあるんだ」

 公爵の声がイライラしてきた。

「記録簿?」

「支出と収入を記録した帳簿だ。お前が金を管理していたんだから、あるはずだろう。預金が僅かしかないなど信じられん」

「私の部屋のどこかにありますわよ」

「本当のことを言いなさい。記録などつけていないんだろう。お前が金を持ち逃げしたか、浪費したかだ。つまり、お前はわしに弁償をしなければならん、お前の落ち度で失った全額を、だ。おまえは失敗したんだ。離婚されて当然なんだぞ」

 サラはちらりとトールを見た。神妙な顔で頷いている。そのままレインに視線を流す。レインは双方の言い分を書類に記している。
 夫は慰謝料を払う気がないのだ。それどころか借金を背負わせようとしている。

(だからトールは裏切ったのね。わたくしでは勝ち目がないと思ったんだわ)

「完璧ではないにしろ、できる限りのことはしてきたつもりですわ。もちろん失敗もありましょう。記録簿を詳細に見ていただければ納得していただけると思いますけれど」

「サラ夫人、記録簿が見つからなければ貴女の浪費を疑わざるをえませんよ」

 トールが憎らしいほど爽やかな笑みを浮かべている。サラの部屋を探したものの見つけられなかったのか、声に苛立ちが目立つ。

「もう一度お探しになってみたら」

 サラは微笑み返した。聖母マリアの寛容さ意識しながら。トールか公爵かはわからないが、小さく舌打ちする音が聞こえた。

「本日はこのあたりにしましょう。それぞれ主張を裏付ける資料があれば明日の午後、持ってきてください」

 レインが几帳面に書類をそろえると、それを合図にトールが立ち上がった。公爵とアシュリーも続く。

「明日も来なければなりませんか」

 サラが問うと、レインは当然のごとく頷いた。

「ええ、早く決着をつけた方がお互いのためでしょうから」

「おおっと危ない!」

 トールの声が鼓膜を震わせた。

「公爵、大丈夫ですか」

 公爵は腕と背中をトールに支えられていた。

「ああ、すまない。わしは以前、落馬して以来、足が少々不自由なんだ。ご親切にどうも」

 公爵は足を引きづるようにして退出した。レインが気遣って見守っている。アシュリーが心配そうな顔で公爵に寄り添う。

(たいそうな茶番だこと)

 公爵は昔、落馬したことがある。それは事実だが、何十年も前のことで、骨折はとっくに治っている。足を引きずって歩く姿など、サラは今まで一度も見たことがなかった。
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