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 ガイは快活に笑い、大家の肩をポンポンと叩いた。
 ダチョウが一歩大家に近づくと、大家は後退った。どうやらダチョウが怖いようだ。二倍の料金をふっかけたのは、部屋が汚されることよりも、サラの方から断るように仕向けたかったのだろう。

「恐れることはありません。だってピー……いえ、ダチョウってあれに似てませんか。一時期流行した、貴婦人のドレス。ほら、パニエってご存じかしら。スカートを鳥籠みたいに膨らませて見せるファウンデーションですわ。最近ではクリノリンね。歩くとき、優雅にゆさゆさして、ピー……ダチョウにそっくりでしょう。もし、怖いと感じたら、貴婦人だと思ってくださいね」

(オスだけど)

 大家は納得しているようには見えなかったが、前払いの宿泊料と交換に部屋のカギを渡してくれた。これで今夜の宿は手に入った。ガイは去り際までにやにやと笑っていた。

 サラはベッドに横になった。ベンチよりはいささかマシといった程度か。

(ううん、雨の中で野宿するよりはるかにマシだわ。ガイには感謝しないと)

 明日の午前中には弁護士のトールが公爵邸を訪ねてくれると言っていた。午後には報告が聞ける。

(私が弁護士を雇ったと知ったらどんな顔をするかしら)

 なんにしろ今より悪いことにはならないだろう。
 傍らではダチョウが蔦の葉を毟って食べている。観葉植物(仮)を食べ尽くしてしまいそうな勢いだ。
 着るものと食べるものと眠るところがある者は幸せである。聖書のような格言を唱えながらサラは眠りについた。


 翌日、目が覚めた時には昼近くなっていた。

(あら、ピーちゃんはどこへいったのかしら)

 扉は閉まっているが、窓が開いている。脱走したのだ。大慌てで窓から下を覗くと、大家がこちらに手を振っていた。傍らにはマットブラックのドレス。

(ピーちゃん!)

「おはよう、サラさん。あんたの食材、けっこう役に立ってくれてるよ」

 ダチョウは雑草を貪り食っていた。フラットの周囲に生え散らかした雑草を。

「こうやって草むしりをしてくれると助かるねえ。それにうるさく鳴かないし」

「声帯がないのでせいぜい唸るくらいしか出来ないんですよ」

 ダチョウはヒナの時にキュルルルと鳴くだけだ。成鳥になると無口になる。人間も声帯を失えば衝動的な諍いは減りそうなものだけど。サラは小さな溜息をついた。

「へえ、そうなんだ。あ、大変だ、石を飲み込んだぞ」

「ご心配なく。胃の中に石を溜めて、食べたものをすり潰すんです」

「降りてきて遅い朝食でもどうかね。豆とトーストしか用意できんが、石よりは美味いと思うぞ」
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