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「お前とはもう何年もまともに口をきいていないだろう」

「寝室を別にしたのは5年と23日前。会話は3年と4日ぶり。そのときの話は荘園の経営に関してでしたわね。視線を交わしたのは……30日ぶりでしょうか」

 サラが夫の声を忘れても責められない状況であった。

「そうだろう、そうだろう。わしらはとうに破綻した夫婦だったんだ」

「否定はできませんわね」

「サラ、お前とは離婚だ」

「……」

「アシュリーと結婚する。人生を取り戻すためにな」

 ノースは祖父と孫ほどに歳が離れてみえる少女の肩を抱きよせた。

「アシュリーちゃんとやら、貴女、それでいいの?」

 アシュリーと呼ばれた少女はびくりと体を震わせてノースにしがみついた。

「おお、怖がらなくていい。悪い魔女はわしが追い出してやるからな」

 ノースはアシュリーを抱き寄せて、さも愛しそうに頭を撫でる。

(鼻の下が伸びて地面につきそうじゃないの。見ていられないわ)

 サラは踵を返した。まっすぐに厩舎を目指す。厩舎に馬はいない。

(忘れていたわ。夫の馬以外は売ったんだっけ。仕方ないわね)

「ピーちゃん、いらっしゃい」

 嬉しそうに駆け寄ったダチョウの背に、ひらりと華麗に乗った。

「悪いけど、町までお願い」

 ダチョウは並木道を時速60キロで猛ダッシュした。丘を越え、橋を渡り、20分ほど快適に風に吹かれているうちに、馬車が行き交う通りにぶつかった。好奇の目に晒されながら、サラが訪ねたのは町一番の法律事務所であった。

 トール・ブラウンと名乗った弁護士は貴族名鑑を捲りながらサラに訊ねた。

「サラ・ポータリー公爵夫人。ノース・ポータリー公爵と35年前に結婚。子供なし。間違いありませんか」

「ええ」

「隣の……それは……」

「ピーちゃんのことはお気になさらず。おとなしいいい子なんです。相談したいのは夫の所行についてです。わたくしと離婚して、浮気相手と結婚しようと目論んでおりますが、どうしたらいいんでしょうか」

「まずは奥様の希望をお伺いしたい。公爵との夫婦関係を再構築したいですか?」

「それがよくわからないんですの。まだ混乱していて」

「ではよく考えてみてください。方向が決まればお力になれると思いますよ。ちなみに離婚の場合の慰謝料の相場は──」

「ちょっと待ってくださらない」

「はい」

 サラはトールの言葉を遮った。

「夫が勝手に離婚したいと言っただけですよ。そんなに簡単にできますの? 神の御許で誓った聖婚なのに」

「それなんですが……」トールは小さな溜息をついた。「昨年法律が改正され、先月から施行された内容はご存じありませんか」

「法律?」
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