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37 弓弦の決意

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「バランスを崩した私を通り掛かったお姉さんが支えようとしてくれたの。だけど気づいたらお姉さんが階段の下にいたの。ついうっかりお姉さんを蹴っ飛ばしてしまって……。私はときどき、乱暴なところがあるから、わざとやったと思われるかもしれない」
「娘が問題児なんて絶対に許さない。私は子供二人を必死で育ててきたのよ。もしおおやけになったら梓の将来にも弓弦の将来にも傷がつくじゃないの」

『ついうっかり蹴っ飛ばしてしまって』

 それが真実なのか。
 美羽の死の真相は。
 冷淡な身内による保険金殺人どころか、俺の家族の不注意で美羽は死んだのか。

「それで、美羽を見捨てた……?」

 心臓が暴れて苦しい。肋骨が軋む。

「強くは蹴ってない、はず」

 告白する梓の声は蚊の鳴くような儚さだった。いつもの粗暴な妹ではない。半袖から覗く白い腕は折れそうに細かった。

「責めないで、弓弦」
「すぐに救急車を呼べば助かったかもしれないのに、どうして」
「てっきり死んだと思って……」

 嘘をついている。母さんはきっと、左右を見回して誰もいないことを確かめたあと、梓の手を引いてその場を去った。女の子がそのまま死んでくれるよう願いながら。誰かに蹴られたなんて証言されたら困るから、見ず知らずの女の子の死を心から願った。
 その光景がありありと脳裏に浮かぶことが悔しい。

「事情はわかった」
「警察に言う? 私、捕まっちゃうの?」
「駄目よ、絶対にそんなことさせない。疑われてもいないのに自ら罪を告白して家庭を壊すなんて愚かなことよ。世の中を敵に回したって、そんなのどうだっていいじゃない。薄っぺらい正義と大事な家族とどっちが大切なのよ。私が、私たちが守ってやらなくちゃ」

 はたして過失致死の要件を満たしているのか、清水にでも聞いてみないとわからない。
 梓が犯したのはささやかな不注意だ。本人に悪気はない。
 だが少なくとも、救護が必要な人間を放置して逃げたのはまずい。しかも保護者である母親が指示をした。梓だけでなく母さんも罪に問われるかもしれない。
 深呼吸をした。
 いろいろと頭で考えていてもしかたがない。俺の腹はとっくに決まっている。
 腕にすがる母さんの手は、骨が浮いて白くなっている。俺がいま守るべきなのはなにか、あきらかだ。

「わかったよ、母さん。死んでしまった人のことを今さら悔やんでも遅い。あきらかにしても誰も幸せにはならない」
「弓弦、さすが、私の子だわ。あのね、弓弦。私には弓弦と梓しかいないのよ。十数年、必死で守ってきたささやかな幸せなの。誰にも壊させはしない。弓弦がその場にいたらきっと私と同じように……家族を守ったはずよ」
「もう忘れよう」

 そう言うと、母さんはこくこくとうなずいた。

「引っ越しは良案かもしれない。何年かすれば梓も忘れるだろう」
「忘れられるかな……」

 梓の声は不安そうだ。

「梓、これは梓だけの問題じゃないんだ。梓を匿った母さんも捕まるだろう。それに死んだ女の子の家に賠償しないといけない。その子は頭脳明晰で将来有望視されていた。きっととんでもない金額を請求される。そしたら俺たちはホームレスになるしかないんだ」

 梓の顔から血の気が失せた。
 一生を償いに費やす日々なんて生きている意味があるのか。母さんと梓を守るためなら俺はよろこんで悪役になる。

「だから、いいな、梓。俺と母さんのためにも、忘れると言ってくれ」
「うん、……忘れる」
「母さん、引っ越しをするにしてもいますぐは無理だよ。幸い誰も知らないことだし、あわてずに慎重に進めよう」

 清水はいまなにを考えているだろう。
 俺でさえ気づいたのだ。母さんの受け答えに訝しさを覚え、カマをかけたに違いない。関連づけて調べられたら困る。
 いや、証拠がないのだから清水はなにもできない。警察だって事故で処理したのだ。俺らが焦って逃げだしたら告白したも同然だ。
 美羽にも知られてはいけない。
 だがもし記憶を取り戻していたら、俺にできることはなんだろう。

「引っ越したいのは、それだけじゃないのよ。他にも理由があって」

 母さんは少しためらいながら続けた。

「約束を破ったのよ。二度と顔を見せないと誓ったはずなのに」

 なんのことを言っているのかわからず、無言で母さんの目を見た。

「森崎さんって言ったわよね、弓弦の見舞いに来てくれたクラスメート。今日、映画館にいたでしょう……隣にいた人、母さんの敵よ」
「敵って、森崎の……継母のこと?」
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