まがりもん

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
5 / 46

5 片思い

しおりを挟む
「……恋人か。未練があるのか」
「片思いだった人。告白もできなかった。顔を見に行きたい」

 唇を尖らせて目尻を赤くして、美羽は思いを吐息にのせた。それが自分の顔なのでぞっとしたが、最後に好きな人に会いたいなんて純粋さには心打たれた。
 俺はお人好しではないが冷酷ではない。協力してやってもいいかな、という気持ちに傾いた。

「……顔を見て満足したら成仏できるのか。つまり、俺の身体から出て行くか?」
「成仏。そうね、正確な仏教用語だとちょっと語弊があるけど、この世からいなくなることを成仏と言い換えるなら、そうなるかな。成仏できなかったら悪霊になりそうなくらい、私には未練があるの」

 協力しなかったら悪霊になってやる、と脅迫しているのだろうか。

「そいつ、どんなヤツなんだ?」

 うふふ、と顔中の筋肉を弛緩させて美羽はのろけた。

「めっちゃくちゃかっこいいの。芸能人なんて勝負にならないくらい。同じ学校で一つ年上の17歳。でもね、校則で不純異性交遊禁止だから遠くから眺めてるだけだったの。死んでから後悔しても遅いよね。告白は出来るときにしといたほうがいいよ、弓弦っち」
「その呼び名、気に入らない。……ふうん。俺と同い年か」

 学校名を聞いたらよけいに心がささくれた。俺の高校より、偏差値が20も上だ。
 どちらも徒歩圏内にあるせいでよく比べられていたが、恋愛禁止ときいて少しだけ溜飲が下がる。校則を理由に感情を抑え込もうなんて無理に決まってる。

「未練を残して当然だな。美羽は16歳で死んだのか」

 幽霊が目をきらきらさせて──俺の身体ではあるが──死んで三週間も経つのに忘れられないほどのいい男とはどんなやつなのか、興味がわいた。

「わかった。今から行こうか」
「うん!」

 美羽が目を輝かせると、それが俺の身体でもあるはずなのに、まったくの別人のような表情に思えるのが不思議だった。
 廊下からリノリウムの床をパタパタと踏む足音が近づいてきた。

「やばい!」
「隠れろ!」

 てっきりベッドに隠れるのかと思ったが、美羽は廊下に出て行った。

「あら、歩いて大丈夫なの?」
「はい、身体が強張っちゃって動かしたいんです。ついでにトイレに行こうかと。あの、トイレどっちですか?」
「個室は中にあるのよ。あ、でも動いたほうがいいわね。一緒に行きましょうか。私につかまって」

 看護師は美羽の背中を支えようとした。

「あ、本当にもう全然大丈夫ですから」

 美羽はその場でくるりと一回転した。バレリーナのように軸ブレがない。

「ほら、踊れるくらい。看護師さんは忙しいでしょう。見回りなら次行ってください」
「あらまあ、ダンスが上手いのね。そのバランスなら安心かな」

 看護師はほっとした表情でトイレの場所を教えて、隣の個室に消えた。そろそろ寝ましょうねとうながす声が聞こえてくる。夜間は人手不足で大変なのだろうと察せられた。消灯した廊下を美羽は迷いもなく歩いていく。

「……本当に俺の身体、問題ないのか」
「擦り傷だけみたいだよ。少し間をおいて、いったん病室に戻ろう。トイレから戻ってきたか確認に来るかもしれないからね。……エレベーターは駄目だね。ナースステーションの真ん前だから気づかれちゃう」
「階段」
「そうね」

 トイレ帰りのふりをして病室に戻る。窓から外を眺めて、美羽はうなづいた。

「屋上から落ちたんだろ、俺の肉体。骨折ひとつなかったのかよ」

 他人事のような問いになった。

「幸運だったね」
「だいたい、なんで落ちたんだろう」

 まったく記憶がない。

「衝動的に死にたくなることはあるよ」
「美羽は──そうだったのか?」
「私は事故で死んだの。でもそのときのことは、私もあんまり覚えてない」
「事故か……」

 俺よりも年下で事故死とは気の毒に。ポジティブに成仏を目指す美羽に応援の気持ちがわいた。だからといって俺の体を勝手に使うのはよろしくないが。

「そろそろいいかも。ねえ、廊下を見てきて」
「わかった」

 俺はそっと廊下に出た。暗い廊下と対象的に、煌々と灯りのついたナーステーションを見やる。看護師が一人、ファイルが山積みの机に肘をついてスマホを覗いている。見回り中の看護師と待機の看護師の二人体制のようだ。ふとこちらを見たので、俺は慌てて頭をさげる。
 いや、なんで隠れるんだ。生きている人間には見えないじゃないか。母さんにも梓にも森崎にも俺の姿は見えていなかった。
 本当に看護師に見えていないのか確かめることにした。彼女の目の前で堂々と仁王立ちをする。看護師はちっと舌打ちして立ち上がると、こちらに近づいて手を伸ばしてきた。

「み、見えているのか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

色数
キャラ文芸
「ああそうだ、――死んでしまえばいい」と、思ったのだ。 時は江戸。 開国の音高く世が騒乱に巻き込まれる少し前。 その異様な仔どもは生まれてしまった。 老人のような白髪に空を溶かしこんだ蒼の瞳。 バケモノと謗られ傷つけられて。 果ては誰にも顧みられず、幽閉されて独り育った。 願った幸福へ辿りつきかたを、仔どもは己の死以外に知らなかった。 ――だのに。 腹を裂いた仔どもの現実をひるがえして、くるりと現れたそこは【江戸裏】 正真正銘のバケモノたちの住まう夜の町。 魂となってさまよう仔どもはそこで風鈴細工を生業とする盲目のサトリに拾われる。 風鈴の音響く常夜の町で、死にたがりの仔どもが出逢ったこれは得がたい救いのはなし。

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
【書籍化します!】【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り

響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。 長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。 特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。 名家の一つ・玖瑶家。 長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。 異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。 かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。 『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。 父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。 一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。

処理中です...