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へっぽこ召喚士、看病する④
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「ハイロン先生、皆の容態は?」
せっせと魔獣達の治療に当たるハイロンに声を掛けると、少し難しそうな声音で唸る。
「応急処置までは何とか出来たのですが……薬を調合するのに肝心な薬草がないので、この子達の回復力を願うしかない、と言った所です」
「薬草、ですか?」
「はい。魔獣に効果のある薬草となると、市場では中々手に入らないものばかりでして。魔獣用の風邪薬や傷薬は持ってきてはいたんですけど、まさか植魔の毒とは予想外で……」
持ってきた僅かな物で懸命に手当てに当たるハイロンは、不甲斐ないと肩を落とす。
こうも緊急事態となれば、街で薬草を取り扱う店も閉店せざるを得ない状況だ。
ましてや、魔獣に効く薬草を取り扱っている店もほとんどない。ハイロンに戻って薬を取ってきて貰ったとしても、馬を走らせ数刻は掛かる。
「ちなみになんですけど、その薬草ってどんな薬草ですか?」
一か八かの賭けで、騎士舎の医務室にもしかしたらあるかもしれないという希望を胸に尋ねる。
「”マンドラゴラ”、という少々厄介な薬草です。それがあれば持ってきた薬と上手く調合すれば何とかなるんですけど……」
溜め息を零すハイロンだったが、ミアは今までの努力は無駄ではなかったと自分を褒めながら、魔法陣を描く。そこに何の迷いもない彼女は、召喚術を発動させた。
一度召喚したものであれば、その感覚は確かにミアの中にあるのだから。例えそれが失敗で掴んだものだとしても、今は違う。
突然何かを召喚した彼女の姿に、首を傾げていたハイロンだったが、魔法陣の上に現れたそれに瞳を輝かせた。
「マッ!マンドラゴラ……!!」
「ハイロン先生、これでお薬作れますか?!」
「もちろんです!ああ!やはり貴方は噂通りすごい方ですね!」
手渡したマンドラゴラにやや興奮気味のハイロンは、瞬く間にマンドラゴラを他の薬と共に調合していく。その姿を見つめるミアの視線に、ふっと小さく笑う。
「魔獣医として長いこと勤めて来ましたが、こんなにも魔獣と向き合う召喚士と出会ったのは、初めてです」
「ただ、私は自分のやれる事をやっているだけですよ」
「それが凄いことなんですよ。他の召喚士が使役するはずの魔獣を手懐けるなんてこと、普通じゃ有り得ませんから」
手際良く調合しながら、視線を絡ませるようにちらりとミアを見たハイロンは優しく微笑みを向けた。
「どんな魔獣とも心を通わせ、道無き道を切り開いていく姿は、賢者ロベルツのようです。きっと貴方なら、この先の未来も大きく変えていってくれる。僕はそう信じていますよ」
「……はい!」
ハイロンの瞳に宿る灯火がミアの瞳にも灯され、彼が言う通りに作業を進めていけば、どんどんと夜は耽っていく。
さあ出来た、と調合し終わって完成した薬を、水に溶かして、魔獣達の口に含ませる。規則正しい呼吸で眠る魔獣達には、もう痛々しい痕は何処にも見当たらない。
後は安静にしていれば大丈夫だと、気が緩んだハイロンは獣舎の壁に身体を預けて眠りに支配されていた。その間もせっせとミアは、魔獣達の楽な体勢に整え、濡れたタオルで身体を拭きあげて彼らに安楽を与え続けた。
(私はここに居るよ……だから、安心してね)
想いを込めながら、時折優しく撫でて頬を擦り寄せると、魔獣達はどこか安らかな表情を浮かべた。
僅かに夜空に輝く星の光が薄れてきた頃、バケツの水を組み換える為に井戸に向かう。この空の下で今騎士達は、リヒトは戦っている。
どうか無事でいて欲しいと強く願いながら、獣舎へと戻る途中、その声はミアの耳にしっかりと届いた。
『ミア』
手に持っていたバケツを思わず手から零れ落ちるのも関係なしに、ミアは獣舎へと走った。
息を切らしながら檻の中を見れば、綺麗な瞳で彼女を見つめるフェンリルがいた。
「フェンリル……!」
フェンリルが嫌がると分かっていても、彼に抱きつくと小さく鼻を鳴らした。
『すまない。心配かけたな』
「ううんっ!そんな事ないよ!私も色々とごめんね」
『今回はお互い様だ。さて、だらけた皆を起こすとしよう』
大きく息を吸ったかと思えば、鼓膜を大きく揺らす声でフェンリルが吠えた。ビクリと肩を震わせるミアを、フェンリルはそっと尻尾で包み込む。
フェンリルの眠気覚ましには少々悪すぎる鳴き声に、身体を震わせながら眠気眼で、次々と魔獣達が起き上がる。
「みんなっ……!」
普段通りの大きな伸びを一つしてから、フェンリルだけずるいと甘えた声でミアを求める魔獣達は、すっかり元気だと訴えかけてくる。
一匹ずつ時間を掛けて甘やかしてあげたかったが、フェンリルの低い声に今優先してやるべき事を瞬時に考える。
『どうやら、オレ達がこうしている間に大きく動き出したようだな』
「魔物の群れが現れたの。騎士の皆は身一つで魔物と戦ってる。お願い、どうか皆に力を貸してあげて欲しいの」
『……遂に、奴も眠りから覚めた』
「何か知ってるの?」
『邪神バハムート、奴の封印が解けかけている。眠っている間に、神獣の力で過去を見た。あいつは同じことを繰り返すつもりだ』
バハムートという言葉に、こうしては居られないとフェンリルと目を合わせる。
『ミア。あんたにしか頼めない事がある』
「うん」
『神獣を喚べ。神獣の導きを、全てミアに託す。そして奴を封印しろ。これ以上世界を脅かさないように』
「分かったわ」
迷いのないミアの返事に、フェンリルは小さく笑う。やる気に満ち溢れた母親の姿に、魔獣達も負けじと力を体に宿す。
「行こう!私達は負けない!」
リヒトが守りたいものがあると言うように、ミアにも守りたいものがある。召喚士という誇りを持って、彼女は前へと突き進む。
(待っていて。皆……団長……!)
乗れと言うフェンリルの背に跨り、先頭を進む彼に続くように、魔獣達も獣舎から一斉に飛び出す。朝日がゆっくりと夜空に溶け込んでいく空を見つめながら、ミア達は風のように大地を駆け抜けて行った。
「……ご武運を。ミアさん」
壁に預けた体をどうにか動かそうとするものの、体力の限界だと動かない体にやれやれと薄ら開いた目を閉じた。一人残されたハイロンのその声は、獣舎に小さく響き渡ったのだった。
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