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へっぽこ召喚士、看病する③

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 落ち着きを取り戻したミアに、彼は一つ頷いた。



「絡みついた跡からして、魔物討伐の時に何らかの形で植魔に襲われたのでしょう。この手の毒は解毒剤と回復薬を混ぜた薬を服用させれば、良くなります」


「絡みついた跡……。もしかして、この前のゴブリン討伐の時にフェンリルの動きを止めた蔦、あれが何か関係が?」


「その可能性は高いな」


「植魔の毒は、微粒な胞子を撒き散らします。我々人間には何ら害はないのですが、魔獣から魔獣へと伝染するんです」


「だから皆一気に……」


「召喚したばかりの魔獣は、別の場所に避難させておいた方がいいな」



 フェンリル達を襲う毒の正体が分かり、次の準備へと取り掛かろうと、リヒトの腕を支えにしながら立ち上がる。

 こうして支える側に立ちたいと思っていたはずなのに、また彼に助けられている。

 お礼か、謝罪か、どちらを口にしようと迷っていると、乱暴気味に頭を撫でられる。



「やれる事をやるんだろ?迷ってるなら、動け」


「はいっ!ありがとうございます!」



 追いかける背中はいつも大きくて届く距離にあるというのに、やはりまだまだ届かない。届きはしない。

 そう思っても、彼を追いかける気持ちは消えはしなかった。

 別の檻で心配そうに見つめているヒポグリフ達に外に出るように檻から出すと、エルザが獣舎目掛けて息を切らして走ってきた。

 現時点でフェンリルの状態はまだ良くなっていないと声を掛けようとしたが、彼女の目にはフェンリルは映っていない。



「調査部隊より伝令よ!魔物の群れが精霊の森より出現!!団長っ、すぐに出動命令をっ!!」



 声を荒らげるエルザは手に持っていた文書をリヒトに見せつけて、ほんの僅かで乱れた呼吸を整える。

 文書を受け取ったリヒトは、周りにいた騎士達を見渡し一つ頷く。



「これより魔物討伐に向かう。現状、魔獣を連れての行動は取れない。かなり長い戦いにはなると思うが、これまで通り俺の剣となれ――俺を信じて着いてこい」



 低く鋭い声を聞き、その言葉に震えない者は居なかった。

 獣舎外で待機していた騎士達は一斉に動き出し、上に立つに相応しい人物に向かって、拳を胸に当てた。



「「はっ!!」」



 夕方の疲れもまだ残っているというのにも関わらず、彼らは身支度を整えるべく騎士舎に向かって走り出した。

 その姿を見届けながらも、リヒトも動き出す。

 無謀すぎる彼らの行動に、危険だと引き止めるように彼を呼び、思わず駆け寄った。



「団長……!」


「ミア、魔獣達のことは任せた」


「……」



 自分も着いて行きたい、それは皆の命を更に危険に追い込む行為。

 我儘を言って、誰かの犠牲を出す事だけはしたくはない。だが、自分だけ安全なこの場所に残ることがどうしても許せなかった。

 強く想う相手にもう二度と会えなくなるのでないかと、不安は拭えない。



「生憎、俺は死ぬつもりはない。だから、そんな顔をするな」



 頬を触れる手は力強く温かい。リヒトを感じられるこの時間を、失いたくはなかった。

 溢れそうになる涙を堪えていると、くいと顎を持ち上げられる。

 リヒトの真っ直ぐな瞳が、悲しみに支配されるミアに道標を与えるように輝いた。



「俺には守る責務がある。騎士団の団長としてこの国を、そして――一人の男として大切な人を、俺は守り抜く」

「え……」



 微かに笑うリヒトは、ミアに触れるか触れないか分からないキスを額に落とし、惜しむようにミアの頬から手を離した。



「後は任せた」



 踵を返して歩き出すと振り返ることもなく、獣舎から遠ざかって見えなくなっていくリヒトの後ろ姿を、ただ黙って見つめた。

 触れられた場所から全身に熱が伝わっていき、そして投げられた言葉に迷いが吹っ切れた。

 彼に託された自分の任務に、ミアは力強く頷いた。



(私は足でまといなんかにならない。絶対に、皆の力になる。もう、昔の私じゃないんだから)



 滲んだ涙を強く拭い、緊張感を察知して落ち着きのないヒポグリフ達を一匹ずつ、ぎゅっと抱きしめる。



「大丈夫。皆が笑顔で帰って来れるように、私が何とかするから」



 まずは身の安全を守ることだと教え、獣舎の外に出して落ち着かせるように軽くブラッシングをする。

 外での待機を任せ、胞子が拡散しないよう獣舎の全ての窓と扉を閉めた。




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