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へっぽこ召喚士、美人副団長と出会う③

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 助けられたと思いたいのに、彼女からは伝わってくる威圧感からそうは思えなかった。


(団長よりも怖いっ……!)



 指を軽やかに鳴らすと魔法陣は瞬く間に消え、顔を出していたグラトニーサーペントは崩れ落ちるように姿を消した。魔法陣に突き刺さっていた弓矢だけが、地面に静かに影を落とす。

 緊張が走り、謝罪と事情を説明しようと口を開くが、副団長は一気に距離を詰めてくる。それどころか上から下までじっくりと見つめられたかと思えば、彼女の眉間にしわが寄る。

 それすらも気高く品があるように見えるのは、やはり彼女が持つ魅力のせいなのだろう。


「はあ……」


 重たい溜め息と鋭い視線。向けられた感情が諸に分かり、思わずゴクリと唾を飲み込む。本能が危険を察知して、身構えてしまう。


「あっ、あの……!」


 何か言わなければと声を振り絞るが、か細い声はすぐさま掻き消される。副団長に声を掛けにやって来たリヒトが、彼女の名前を呼ぶ。



「エルザ!どうかしたのか?」


「いいえ。ただ……この子に挨拶しようと思って」


「え……?」



 説教をされる空気そのものだったというのに、挨拶という偽りを吐き出したエルザと呼ばれた副団長に困惑する。

 笑顔も作らずにエルザは、ミアを真っ直ぐに見据えて、余計な事を言うなと圧力を掛けてくるのが分かる。

 狼狽えるミアを支えるようにフェンリルがそっと傍に来てくれた事により、ミアは何とか平常心を保つことが出来た。



「ああ。この春に第四部隊に入団してきた召喚士、ミア・スカーレットだ。そう言えば初対面だったな」


「はっ、初めまして。召喚士のミア・スカーレットです」


「初めまして、ミアさん。私は王国軍魔獣騎士団の副団長を勤めている、エルザ・イースヴェンよ。どうぞ宜しく」



 エルザは短く目を伏せて軽く挨拶を済ませると、リヒトに視線を移す。



「ここの魔獣を懐かせたっていう噂は本当のようね。あれだけの信頼関係が、短期間で構築されているのには驚いたわ」


「お陰でこっちの戦闘も楽になっている。あのフェンリルでさえ、ミアに懐いているからな。見込みのある自慢の新人だ」


「団長が人を褒めるなんて珍しい。余っ程出来る子……なのね?」



 先程の一連の流れを知っているエルザは、リヒトの言葉に呆れた表情を僅かに浮かべたのを見逃さなかった。挨拶と偽って、ミアの情報を引き出そうとしていたのだ。

 リヒトに褒められたというのに、その言葉は何もミアの耳には入ってこない。寧ろ聞きたくなかった。



「挨拶はこれくらいにしておいて……エルザ、弓部隊の方の訓練に付き合ってほしい」


「いいわ。団長は持ってきた書類にも目を通しておいてくれる?」


「無論。では、後程合流しよう。ミア、お前も頑張れよ」



 そう言って去っていく背中を見ているのが辛くて俯いていると、自分の前に影が落ちた。その気配に支配されるまま顔を上げると、エルザの冷たい目がミアを捕らえる。

 逃げられないと覚悟してすぐ、噛み付くような勢いでエルザが睨みつけてきた。



「召喚士が魔獣に向き合わないなんて……一体どういう事?」


「す、すみませんっ!」


「しかもあれ程従わない魔獣を召喚するなんて、以ての外。馬鹿でもやらないわよ。それでも貴方、本当に召喚士なの?」



 本音を撒き散らかすエルザに何も言えないでいると、彼女は人差し指を鼻スレスレに突き立ててくる。ミアは彼女の圧に負けて、動けなくなる。



「――貴方、彼の何のつもり?」


「えっ?」



 突然の質問に何を聞かれているのか分からずにいるミアを、エルザは更に鋭い目で見つめてくる。



「貴方が彼の何だろうと、私は貴方を認める気はないわ。彼は私の傍にいる事こそが、本当の幸せなのよ。懐かれたからって調子に乗らないで」



 エルザの言葉に、ナイフのように切り裂かれていく心を隠せず熱くなった目頭に、我慢だと言い聞かせるように唇を強く噛み締める。納得のいくミアの反応に、満足気に笑うエルザは踵を返して訓練へと戻っていく。

 彼女の後ろ姿を唖然としたまま、眺めていることしか出来ないミアに、フェンリルが声を低くして唸る。



『本当にいけ好かない奴だ』


「……」


『確かに先程の召喚には問題があった。昨日の今日で疲労が残っているのかもしれない。オレの配慮不足だった。一度獣舎に戻って――』


「あーもう!悔しい!!」



 突然声を荒らげたミアに驚いたフェンリルは、身を守るように思わず姿勢を低くする。

 拳をキツく握りしめたミアは、胸の内に溜まりに溜まっていた溜め息を全て吐き出すように重たい溜め息を零した。



「本当に情けない!召喚出来るようになったことくらいで浮かれて、対処出来ないことに動揺して……!何が団長の役に立ちたいよ!こんなんじゃ、また足引っ張るだけじゃない!!」



 いつもと様子が明らかに違う、己に叱責するミアをフェンリルは、ただ黙って見つめた。



『……慰めはどうやら要らないな』



 フェンリルの呟きすら耳に入らないミアは、両手で強く頬を叩いた。パチンという音が響き渡ると、気持ちを入れ替えた彼女の瞳には、眩い光が宿る。


(胸を張って私は召喚士だって言えるようにならなきゃ。時間もないんだし、今は皆の役に立つ方法を掴まなきゃ……!)


 一度深く呼吸を整えた後、ミアはフェンリルに向き直る。



「フェンリル、もう一度……もう一度やってみる。沢山扱いて!!」



 やる気に満ち溢れたミアにフェンリルは小さく笑い、唸るようにしながら徹底的に彼女の指導に当たる。

 そんな姿を遠くから見つめる目があることには、気合いに満ちたミアは気づくこともなかった。

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