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四天王

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「アイツが四天王……なのか……?」

 装備を整えて街を出ると、そこには地獄が広がっていた。

「うわぁあ! た、助けてくれぇ!」
「おね、お願いします! どうか命だけは!」

 先に出ていた冒険者が、たった一人の黒髪の女相手に殺されていく。まるで悪夢でも見ているのではないのか、と錯覚してしまうほどだ。

 緑美しい草原が赤色に染まっていく。

「こんなの……こんなの戦いじゃない……。一方的な蹂躙じゃないか……!」

 自分でも分かる、震えた声でそう吐き捨てる。

 本当に……こんな化け物に勝てるのか……?いやいやいや、絶対無理だろ!

「何怯えてやがる、シュウ! 俺らも行くぞ!」
「あ、おい! ちょっと待てよ!」

 尻込みしてる俺に呼び掛け、そう駆け出す。彼に続いて街から次々と冒険者達が女に立ち向かって行く……が。

「鬱陶しいわね……死になさい!」

 自分に集ってくる冒険者達を鬱陶しいと思ったのか、片手を上に振り上げる。

「不味い……何がする気だ! 逃げろぉお!」

 そう呼び掛けるが、一歩遅かったらしい。

「トルネイド!」

 女がそう叫ぶと、突然強い風が吹き始める。あまりの風の強さに吹き飛ばされそうになる。

 ……一体何が……!何が起こるんだ……!?

「ぐわぁあああああっっ!」
「おいおい……冗談だろ……」

 俺が見た光景を一言で言えば、『厄災』そのものだった。女を中心に吹き荒れた強風は、やがて竜巻を作る。

「こんなの……テレビでも見たことねぇぞ……」

 日本でもテレビや写真で竜巻の映像や画像を見てきたかま、そのどれよりも大きく、恐怖を感じる竜巻だった。

「こんなの……こんなのどうやって勝てばいいんだよ……!」

 時間にして数十秒だろうか。冒険者達を空高く吹き飛ばした竜巻はやがて消滅する。自分達を支える力が無くなった冒険者達は、真っ逆さまに落ちていく。

「がはっ!!」

 体を強く打ちつけた彼等は、生きては居るようだがとても動きけそうにない。

「化け物め……!」
「んー?」

 俺の呟きが聞こえてしまったのか、女がこちらを向く。

「貴方……」
「な、なんだよ……」

 右手の人差し指を口元に当てながら言う。ぶりっ子みてぇな奴だな。口には出さねぇけど。

「……今失礼な事考えなかった?」
「……ベツニ」
「なら目を合わせなさいよ。なんで明後日の方向に目向けてるの」
「いや、お姉さんが眩しすぎて」
「2秒で分かる嘘はやめなさい」

 この人は思考を読む能力でもあるのだろうか。

「貴方、もしかして勇者?」
「いや、違います」

 即答した。勇者だと勘違いすれば、絶対この人本気でかかってくるじゃん。大した力持ってないのに本気の四天王と戦うとか笑えない冗談だ。

「でも貴方黒髪黒目じゃない」
「たまたまです。僕は勇者みたいなとんでも能力なんて持ってません。ただのクソ雑魚冒険者です」
「逆にそこまで自虐しているとかえって怪しいのだけど……」
「勇者なら今頃、隣国のグライアン王国で訓練でもしていると思いますよ、はい。なんなら知ってる情報だけなら教えますけど」
「魔王軍の私が言うのもアレだけど……貴方、人としてどうなの……?」

 やかましいわ。何が悲しくて見ず知らずの勇者救うために命賭けなきゃならねぇんだ。

「それにしても、おかしいわね……。魔王様から、この街何者かが突如出現した。勇者の可能性があるから見てこい、と言われたのだけど……」
「出現……? 悪いけど、俺は何も知らないぞ」

 おいおい、魔王ってそんなことも分かるのかよ。ちょっと強すぎないか……?勇者さん、早く魔王倒してよ。

「嘘はついてないようね」
「四天王様に嘘なんて、バレた時おっかなくてとても……」

 まぁ嘘ついてるんだけどね。それにしても、四天王さえ黙せるなんて……やっぱ俺才能あるんじゃねぇか?詐欺師にでもなろうかな、冗談だけど。

「取り敢えず、ここには勇者なんていないんだし見逃して下さいよ」
「そういうワケにはいかないわねぇ」

 なんでだよ!ここに勇者がいないってことは分かっただろうが!とっとと帰れや!

「例え貴方が勇者じゃなくても、黒目黒髪の貴方が無関係とは思えないわねぇ。残念だけど、ここで死んでもらうわよ」
「そこをなんとかなりませんかね?」

 言い終わるや否や、突然背中に凄まじい寒気を感じ、反射的に『思考加速』と『身体能力』を使用する。

 再び女の方を見るが、既にそこには影も形も見当たらない。

 背後……!

 後ろから僅かに風を感じ、自分の直感を信じて前に倒れ込むと、自分の頭の数センチ先を何かが通り過ぎる。

「……っ!」

 前転をするようにしてそのまま前に転がり、背後に感じる気配から距離を取る。ある程度離れると腕で地面を押し、反作用を利用して強引に体勢を立て直す。

「へぇ……ちょっとはやるみたいねぇ」

 『思考加速』を解除すると、鼻先に違和感を感じる。鼻水でも垂れたかと思い、左手で鼻を擦る。

「血……?」

 擦った手を見ると、赤色の血液が目に入る。鼻からの流血、所謂鼻血のようだ。

「なんで……! まさか……」

 一つの仮説。『思考加速』とは、文字通り思考を加速させることで、刹那の間に異常なまでに脳を活性化させる。使っている本人からすれば、スローモーションの世界に入る、とでも言うべきだろうか。

 そうなれば、当然脳への負担は計り知れない。事実、たった今『思考加速』を解除した瞬間に鼻血が出たのが証拠だ。

 たった一瞬、一瞬だけ『思考加速』を使用しただけで鼻血なんて……。長時間使ってしまったらどうなるのか……考えたくもない。

――ズゴォオオオオン!

「な、なんだ!?」

 背中から伝わる爆音。振り返ると、背後にあったハズの岩が無惨な姿へと崩れ去る。

「とんでもない威力だな……」
「貴方、一体何者かしら? 」

 再び女へ向き直ると、油断することなく腰にさしてある刀を掴む。

「別に……ただの冒険者だ」
「ただの冒険者、ねぇ……。レベルは?」
「……18」
「へぇ……」

 俺の回答に興味を引かれたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。

「貴方……魔王軍に入らない?」

不気味な風が、まるで俺を撫でるかのように吹いた。
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