上 下
14 / 106
第三話 前編

臼井と犬神 2

しおりを挟む

平坦な道ばかりではない
走り始めて15分ほど経ったあたりで、線路を越える陸橋に差し掛かる
ギア無しの自転車二人乗りに上り坂は酷であり、降りて自転車を押した方が早い
先に雉本穂希が降り、次いで臼井誠が降りる
昔、叔父から聞かされた話を思い出す


「人生には3つの坂がある。1つ目は、上り坂。2つ目は、下り坂。そして3つ目は、まさか、だ」


昔から結婚式で語られている3つの袋のような、冗談を加えた人生の教訓らしい
そして、その「まさか」が訪れる
さあ押すか、と自転車をした時に雉本穂希から声がかかる


「さすがにさ、ここからは私、先に行っていいよね?」


少し押した自転車を止める
振り返ると、雉本穂希がリュックを下ろしているところだった
まさか、あと少しで目的地へ着くというのに、まさか、陸橋の坂がゴールだったとは
バスが二人の横を通り過ぎる
乗る予定のバスだった
バスに乗った方が早かったが、バスに乗らなかったから生まれた思い出だ


「はい、リュック。ここまでありがとうね、臼井さん」


短い夢だったなあ…
臼井誠はリュックと自転車を交換しながら、この15分間の幸せを噛み締める


「じゃ!またね!」


そう言うと、雉本穂希は立ち漕ぎで懸命に走っていく
またね、か…


「そうか!」


すっかり忘れていた自分の能力の条件
まだ友人関係は継続している!
能力の効果を消す時は、再び雉本穂希に触れてから「いってらっしゃい」と唱えたときだ
つまり来年まで、雉本穂希とは友人関係は続いていく
姿が見えなくなった雉本穂希に対して、名残惜しさは無くなっていた
また会える
そう確信すると、意気揚々と陸橋を歩き始めた
歩きながら、頭の中は欲望で埋め尽くされていた
既に立花桃を探し出すことを忘れてしまい、この能力をどう楽しむか、それだけを考えながら歩く臼井誠


「………」


着信が鳴る
友人のいない臼井誠は、仕事先から電話が着たと予想した
遅刻する連絡を入れ忘れていることに、ようやく気づき焦る
画面を見ると、なんと犬神里美だった


「はい、臼井です」


「臼井さん、大丈夫ですか?」


変な感覚だ
彼女はこの世にいる人間ではない
一体、どのようにして電話をしてきているのか
人間の姿で電話しているのか
とてもホラーだ


「はい、大丈夫ですよ」


「なんだか急に、臼井さんの思考が良からぬ方向へ染まり出したので心配になって…まだ始まったばかりですから、能力の使い方にも慣れてないでしょうし、初日は気を配るようにしてるんです」


「そうですか…」


そうだ、自分の思考を大まかな感じで、犬神里美や太宰祐徳へ伝わる1年だったな
臼井誠は、自転車を漕いだ時にはかかないようにした汗を、今さらかき始めた


「大丈夫ならいいんです。まあその能力を持つと、欲望に負けてしまいそうになることは仕方ないんですけどね」


「はい。反省しました」


「まあ、孤独だったから仕方ないんですけどね。大丈夫ならいいんです。では」


電話が終わった
やはり犬神里美の言葉は、どこか挑発的で心に刺さってくる
もし前世が人間だったのなら、どんな人生を歩んだのだろう

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...