后狩り

音羽夏生

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後宮

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 それに彼女の言葉は、この状況を打破する助けとなるかもしれず、シェルは懸命に考えを巡らせていたのである。

(乗馬を禁じられた后……)

 強力な軍制を敷く帝国において、馬に乗れないなど、将兵として無価値であることの証明である。その上シェルは乗り物全般が苦手で、元は海路で侵略を繰り返し版図を広げてきた帝国の『建国の五柱』に名を連ねながら、ひどく船酔いする体質だった。

──馬にも船にも乗れない公子、足手まといの侍従。

 かつて受けた嘲笑。
 狩猟会や競艇会では、随行しても役に立たないため、皇宮で留守を守るのがシェルの務めだった。
 もしかしたら、広く知られたその不甲斐なさが、役に立つ日が来るかもしれない。──否、どうしてもそうなるように仕向けなければ。
 色とりどりの花々が咲き乱れる庭園に何気なく目をやりながら、シェルは過去の痛みに蓋をし、かすかな希望をひっそりと心に灯した。



 数日後に開かれた宴は、予想に反して収穫が多く、ある企みをシェルにもたらした。
 数多の奴隷の中から選び抜かれて皇太子に献上され、寵愛を受けて御子を儲けた妃たちなのだから、容色に優れていることは言うまでもない。彼女たちは、それぞれ皇帝の慰めとなる特技を持っていた。
 ある者は天女のような妙なる歌声を。
 ある者は宮廷音楽家にも劣らぬ楽器演奏を。
 ある者は風のように軽やかな舞踊を。
 十人の妃は、並んで座る皇帝とシェルの前で、競うように自慢の一芸を披露した。
 その技量に純粋に感嘆しながらも、シェルには懸念することがあった。そしてそれが、ある計画を思いつかせたのである。

「妃たちによる劇の上演?」

 宴の翌日。
 夕食の席でシェルが願い出ると、皇帝は怪訝そうに手にしていたフォークを置いた。聞き流すのではなく、后の言葉を正面から受けとめようとする姿勢に、胸がざわめくのを感じながらシェルは続ける。

「はい。皆様大変お美しく、また優れた才をお持ちとお見受けしました。個々の技量を一つの目的に結集したら、ただ足し算するよりも大きな力になると思うのです。それに……」

「……取り組むことがあれば、気も紛れますから」と小さく付け足すと、皇帝は何も言わず、促すようにただ頷いた。

「お妃様方だけでは人が足りませんので、後宮内から他にも演者を選びたいのです」
「后であるお前が、あれらに敬語は使うな。──それで、何を上演するつもりだ」
「仇敵同士の家に生まれた男女の、悲恋物語です。衣装も音楽も素晴らしく、ミレニオで大層評判となっておりました」
「恋愛物か。……シェルらしいな」

 皇太子時代のミレニオ留学に随行したシェルが、勤務の合間にせっせと劇場に通い、オペラや演劇に親しんでいたことを知る皇帝は、懐かしそうに目を細めた。

「やりたいようにすればよい。妃たちへの指示も含め、必要なことはすべて女官長に申せ」
「ありがとうございます。稽古が進み形になりましたら、成果をお目に掛けたく存じます」

(それと、男の皇后などではなく、陛下を真にお支え得るお妃様を)
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