后狩り

音羽夏生

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蠢動

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「シェルは帝都に留めた方がいいわね、残党に担ぎ出されないように監視しなくては。適当な官職を与えて、また出仕させればよいでしょう。使える駒は手元に置くのが賢明というものです」
「姉上は、随分あれを買っているようだ」
「何を今更。あなたも父上も、あの子を大層気に入っていたでしょう。父上なんて一時本気で、私を十も年下のあの子に嫁がせようとしていたんですから。それに──」

 異母弟が内心、大変な渋面となったことに気づくはずもなく、ハルディスは遠い思い出を懐かしむように目元を和らげた。

「ルチア様に『シェルが貴女に釣り合う年であれば、私の娘になっていただきたかった』と言われた時ほど、自分を誇らしいと思ったことはなかった。あの御方に認めていただいたことは、今も最高の栄誉と思っているの」
「第一皇女の地位よりもですか」
「地位は生まれつきのもの。ルチア様が認めてくださったのは、日々努め、磨き、作り上げた私です。ルチア様は、貴きミレニオの光り輝く第一王女と謳われた御方。私の立場を真にわかってくださるのは、後にも先にもあの御方しかいない。──その忘れ形見の二人を、私が気に掛けるのは道理というものです。特にシェル、あの子はルチア様にそっくりで、父親と似るところがまるでないのが好ましい。大公になればこの国に腰を落ち着けるでしょうし、折を見て良い縁談を世話してあげましょう」
「お気遣いなく。それは俺が決めることです」
「ほら、気に入ってるじゃないの」

 すかさず断りを入れたエーヴェルトに、ハルディスはおかしそうに、軽やかな笑い声を立てた。
 皇帝自ら臣下の縁談を取りまとめるなど、特殊な場合を除き、殆ど前例がない。その『特殊な場合』の稀有な例が、ミレニオ王女とユングリング大公の婚姻であり、シェルの縁談を皇帝が差配するとなれば、ユングリング大公家は二代に亘って、当主の結婚が帝国の慶事となることを意味する。
 それは同時に、四大公国中最大の勢力を誇る家門の大事に、皇家が介入することでもある。
 ミレニオの血を引かないユングリングの血統を根絶やしにし、残った若き当主には子飼いの貴族の娘をめあわせ、首輪を嵌める。──皇太子時代、最年少の侍従を猫呼ばわりしていたエーヴェルトなら、首に鈴を付ける、といった方が適切かもしれない。
 さらにはかつてのように出仕を促し、改めて絶対の忠誠を誓わせて、公私ともにユングリングは皇帝の管理下に置かれたことを内外に示すのだ。シェルならば、逆らうことなく粛然と従うに違いない。
 現大公のいない、家門の力を大幅に削がれたユングリングの姿は、想像するだけで小気味よい。満足気に微笑んでみせたハルディスを、エーヴェルトが胡乱気に見やる。
 第一皇女としてエーヴェルトよりも先に公式にお披露目され、父帝の側でその政を見てきたハルディスが浮かべる微笑みは、一筋縄ではいかないことをよく知るためである。

「結局、姉上は何をしに来たんです」
「ただのご機嫌伺いですよ。新妻に絆されて、その父親を赦す気になったのかと見に来たの。ビアンカ様の息子の顔を」
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