后狩り

音羽夏生

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後朝

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 ユングリングをこのままにしておくつもりはない。
 シェルを后に迎えようと、ユングリング大公はエーヴェルトの敵──母と弟妹の命を奪った仇であることに変わりはない。冷たい後宮に一人残された悲憤と喪失に対する償いは、大いに果たされなければならない。
 そのための駒を、エーヴェルトは手に入れた。

──エーヴ、何としても、必ず皇位を獲りなさい。そして守って。ユングリングの二人の御子を。

 果たすことはないと思っていた、母の願いの半分。
 どんな形でも果たされるなら、母も喜んでくれるだろう。

「ん……」

 シェルが吐息を洩らしながら、小さく寝返りを打つ。
 横向きになり、向かい合う形になっただけで、警戒心の強い黒猫が気を許している気がして、エーヴェルトは笑みの形に頬をゆるめた。
 侍従時代、どんなに朝早く急に呼びつけても、シェルは一筋の髪の乱れもなく身嗜みを整えて現れた。絵に描いたように隙のない務めぶりは、時に小憎らしいほどだったが、こうして無防備な寝顔を見ていると、普段どれだけ気を張っていたのかよくわかる。
 寝返りの拍子にずれた布団を、肩が冷えないように引き上げてやり──、こんなことをするのは十四年ぶりだと、エーヴェルトは気がついた。
 五つ下のベルトルド、七つ下のスティナ。
 十歳になり一人部屋を与えられた兄を恋しがり、殆ど毎晩子供部屋を抜け出して、エーヴェルトの寝台に潜り込んできた愛おしい弟妹。
 寝相の悪い二人から解放されたと内心喜んだのも束の間、甘ったれを追い出すこともできず、蹴られて夜中に目が覚めれば布団を掛け直してやった。
 だからこうして誰かに布団を掛け直してやるのは、二人が亡くなって以来となる。
 あの日失った、何気ない日常のあたたかい営みが、シェルを通して戻ってくる。気を抜いた昼寝も、怠惰な二度寝に身を任せようかと思える心のゆとりも。
 こうして腕の中に包めば、初夜の後朝だからと大目に見るつもりの女官が、それでも痺れを切らして起こしに来るまで、朝寝を楽しめるかもしれない。一晩を費やし見事皇帝を満足させた后を、懇ろにいたわるという大義名分もある。
 主を求めて鳴くほどに黒猫を懐かせたいという、長年のかつえが満たされるまで、毎夜の褥でシェルを放してやることはできなさそうだ。こちらの思惑も知らず、侍従の任を解いた途端ミレニオへと逃げた仕置きもしなければならない。
 それもすべて、シェルが目覚めてからだ。
 健やかな寝息を心地好く感じながら、愛しい后の額に口づけを落とし、エーヴェルトは瞼を閉じた。
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