トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
169 / 237
15章※

1

しおりを挟む
 送別の一人酒は、一洋の突然の帰還により、長い出張をねぎらうささやかな酒宴となった。
 この三月、毎週末向かいに座り食事を共にしたのはジェイムズで、それが日常の一部として馴染んでしまっていた。いくつになっても稚気の滲む、魅力的な微笑みを浮かべながら志貴をからかう異星人と、落ち着いた頼もしい幼馴染はまったくタイプが異なるのに、こうして目を細めて見つめてくるところはよく似ている、と志貴は改めて気がついた。あたたかな眼差しに、懐かしさすら覚える。
 その幼馴染への依存を断ち切るための酒は今、二つのグラスに注がれている。長旅で疲れているだろうに、一洋はグラスのセットは任せてくれたものの、煮込みの温めも志貴のための軽いつまみの用意も、自らの手で済ませてしまった。

「ガルシア夫人が休みに向けて何か作り置きをしてるだろうと踏んで、昼飯抜きで一番早い便で帰ってきたんだ。正解だったな、彼女の料理はやっぱり絶品だ」

 やっとありついた遅い昼食ということもあり、一洋はあっという間に皿を空にした。軍人として逞しい体躯を維持する必要もあり、元から健啖家の彼の食べる様は、見ていて気持ちがいい。
 まだ突然の再会を受けとめきれず、ぎこちなく強張っていた心が、変わらない一洋の朗らかさに少しずつほぐれていく。

「おかわりは?」
「飯時には変な時間だからな、やめておくよ。夕飯が入らなくなる。居間でゆっくり飲りながら、お前の話を聞こう」
「……うん」

 一洋が現れるまでは、一人でボトルを空けるつもりでいたのに、志貴の手はグラスから離れがちだった。一洋が戻ったことへの喜びと安堵、それらの身勝手な感情を抱く自身への嫌悪が入り混じり、飲み慣れたはずのワインの味は複雑で、苦い。
 彼の立場を思えば、潜水艦による極秘帰国を拝命し帰途に就いていた方が――マドリードに戻らない方が喜ばしいのだ。それなのに、一洋を前にして、これほど歓喜する自分がいる。心強い幼馴染は戻った、自分は一人ではないのだ、と。
 空白の三ヵ月について語り合いながらも、己れの未熟さに、心の片隅は晴れないままだった。

「――それで、兄さんは中立国を中心に欧州を巡っていたんだね」
「大使館も武官府も、ベルリンにいる連中はナチスの発表を鵜呑みにするだけの能天気ぶりだ。現実を正しく認識していそうな同胞と会おうと思ったら、少しでもその影響下にない国に行くしかないからな」

 そもそもは、ドイツでの会議に出席するための出張だった。
 そこで新たに得られることなど何もないと行く前から看破していた一洋は、適当な理由を付けて本国の許可をもぎ取り、会議後にドイツからスウェーデン、スイス、ポルトガル、トルコと、欧州大陸の中立国を回ることにした。その地の邦人に会い情報収集に努め、昨今の状況について話し合ったという。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

ボクのことが嫌いな彼らは、10年後の僕を溺愛する

BL
母親の再婚により、幼いアンリの生活は一変した。 十年間、最悪を受け入れ、諦め、死んだように生きていたアンリの周りは最近なんだかおかしい。 !!  暴力表現は*   R18表現は**   という感じで作者判断で一応印をつけようと思いますが、印がなくても色々あると理解した上でご覧ください。 ※すべては見切り発車です。 ※R18は保険です。サラッと描写するかもしれないし、がっつりにするかもしれないし。いずれにしてもある程度話が進まないとそういうシーンは出てこないと思います。がっつりになったら印つけます。 ※女性との絡み、暴力、犯罪描写あります。 ※主人公重度のマザコン

五国王伝〜醜男は美神王に転生し愛でられる〜〈完結〉

クリム
BL
 醜い容姿故に、憎まれ、馬鹿にされ、蔑まれ、誰からも相手にされない、世界そのものに拒絶されてもがき生きてきた男達。 生まれも育ちもばらばらの彼らは、不慮の事故で生まれ育った世界から消え、天帝により新たなる世界に美しい神王として『転生』した。  愛され、憧れ、誰からも敬愛される美神王となった彼らの役目は、それぞれの国の男たちと交合し、神と民の融合の証・国の永遠の繁栄の象徴である和合の木に神卵と呼ばれる実をつけること。  五色の色の国、五国に出現した、直樹・明・アルバート・トト・ニュトの王としての魂の和合は果たされるのだろうか。  最後に『転生』した直樹を中心に、物語は展開します。こちらは直樹バージョンに組み替えました。 『なろう』ではマナバージョンです。 えちえちには※マークをつけます。ご注意の上ご高覧を。完結まで、毎日更新予定です。この作品は三人称(通称神様視点)の心情描写となります。様々な人物視点で描かれていきますので、ご注意下さい。 ※誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます。励みになりますです!

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...