トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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2章

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 道場がお開きになった後は、時間のある者は一等書記官の宿舎に集まって、昼食を兼ねて軽く一杯やるのが日曜日のお決まりの流れだ。要人を迎えることも想定して、ある程度広い部屋が住まいとなっており、また料理の得意な女中を雇っているため、いつしか私的に邦人が集まる場となったのだ。これを目当てに道場に通う者もいるほどで、一洋が少々厳しめにその輩に指導を入れていることは言うまでもない。
 戦時下に異国の地で働く邦人にとって、在外公館はその生活の要だ。特に少人数のコミュニティーであれば、その結束は固くなる。だからこそ、不要な派閥が生じないように、互いの任務の利益となるように、立場の違う人々の関係を円滑にすることも公使館の仕事の一つだと志貴は考え、この場を提供していた。
 勿論、外交官の目線では気づけない当地の情報を収集するのが、一番の目的だ。何気ない会話に潜むそれらを、注意深く拾い上げ精査する。それが、志貴の日曜日の仕事だった。

 今週も女中の心尽くしの料理に舌鼓を打ち、安いが美味いワインで喉を潤しながら歓談を楽しんだ一同は、見送る志貴と女中に礼を言って帰っていった。
 女性に対する礼儀を母から叩き込まれて育った志貴の前で、女中といえども女性に対して礼を失する行いは厳禁であり、彼らは紳士的に彼女の料理を褒め称え、それがお世辞ではないことを証明するように大皿を空にする。気持ちの良い食べっぷりに、日曜日なのに大仕事を任される彼女はいつも上機嫌だ。家父長制の気風が強いこの国で、自分の仕事を称賛された上、淑女に対するような挨拶をされるのは心をくすぐられるような気持ちになるのだという。

「心をくすぐられるような気持ち、か。志貴はそういう気遣いが上手いな」

 酔って不埒な振る舞いをする奴が出ないように、といつも最後まで残る一洋が、さきほどまでの賑わいが消え、がらんとした広間のソファに腰掛けながら言う。

「母が言うには、女性に対して威張り散らすのは、自分に自信か魅力かその両方を持たない男の、無意識の示威行為なんだそうですよ」
君子きみこ先生らしいな」
「女性だけではなく、男性に対しても通じることだと。だから品のない軍人は好かないし、国の恥というよりむしろ国賊だから外に出てほしくないとも」
「……ぐうの音も出ない真理だな、それは」

 かつて外交官だった亡父に帯同し、欧州の地を点々としていた母には、その地で会った駐在武官の中に、どうにも看過できない、鼻持ちならない輩がいたらしい。同胞として恥ずかしい、軍籍とはいえ外交官でもあるのにあの視野の狭さは何事か、と口を極めて冷罵していた。
 本省勤務時の父から英語を習っており、父が忙しい時は母から教えを受けることもあった一洋は、多少なりともその薫陶を受けている。
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