トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
15 / 237
2章

1

しおりを挟む
 予め梶が念入りに根回ししていたこともあり、マドリードに本部を置く対米諜報機関の設立が承認されたのは、年が明けてすぐのことだった。
 直ちに当座の資金が送金され、それを元手にテオバルトは行動を開始した。南北アメリカへの人員の配置、通信機材の購入や中継に必要な船舶の手配など、彼の仕事は迅速で抜かりなく、その手際の良さには梶も志貴も舌を巻いた。
 夏までには、全米のあちこちから頻繁に情報がマドリードに届くようになっていた。たった半年で、テオバルドはアメリカ本土を網羅する緻密な諜報網を作り上げ、稼働させたのだ。
 また彼は、一般的なラテンの大雑把な仕事ぶりとは異なり、報告を上げることを怠らず、それが特に梶の信頼を勝ち取っていた。大金が動いている以上、本国への報告はまめに行わなければならない。そのネタを毎日のように掴んでくる、テオバルドをリーダーとする彼のスパイたちは、相当に訓練され経験のある者たちに違いなかった。

 組織は、「とう」機関と命名された。元々は、情報を盗む組織であるから盗という字が当てられていたのだが、流石に外聞が悪いということになり、鳳凰がとまる聖木である桐の字が使われることになったのだ。
 スペインに桐は自生していないようで、初夏に淡紫色の美しい花を咲かせる花木だと教えたが、テオバルドは自らが率いる組織の名の由来に、特段興味を持たなかった。彼にとって、実務に関すること以外の情報は、すべてガラクタに分類されるらしい。
 全米に散った桐機関の諜報員からの電信は、南米パナマ沖に通信機材を積んで待機させた中継船を経由して、マドリードの秘密基地に届く。バラバラの情報を分析しやすいように時系列にまとめた上で、テオバルドがそれらを報告書に仕上げる。
 たとえ何者かに奪われても、それは一見ただの手紙だ。行間に特殊インクで記された報告書は現像しなければ現れず、その技術を知る者は公使館員でも桐機関メンバーの一部に限られる。そしてその受け取りは、昼休みシエスタの散歩を装った志貴が行う。――懐に護身用の短銃を忍ばせて。

 初顔合わせの日、別れ際に一悶着あった志貴とテオバルドだったが、意外にも仕事はスムーズに進んでいる。やたら友好的――というより、むしろ馴れ馴れしい態度で接してくるテオバルドに、志貴は事務的に対応していた。連絡役としてスパイと会うのに、その仕事に対する敬意は必要でも、愛想は不要と考えるからだ。
 しかしラテン男の悪癖は、男であれ興味を引かれた相手は何かと構い、ちょっかいを出さずにはいられないようだ。志貴の無味乾燥とした態度も、テオバルドにかかれば「志貴は本当に可愛いな」ということになるのだから、この男の頭に収まっている回路の不可解さは並大抵のものではない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

五国王伝〜醜男は美神王に転生し愛でられる〜〈完結〉

クリム
BL
 醜い容姿故に、憎まれ、馬鹿にされ、蔑まれ、誰からも相手にされない、世界そのものに拒絶されてもがき生きてきた男達。 生まれも育ちもばらばらの彼らは、不慮の事故で生まれ育った世界から消え、天帝により新たなる世界に美しい神王として『転生』した。  愛され、憧れ、誰からも敬愛される美神王となった彼らの役目は、それぞれの国の男たちと交合し、神と民の融合の証・国の永遠の繁栄の象徴である和合の木に神卵と呼ばれる実をつけること。  五色の色の国、五国に出現した、直樹・明・アルバート・トト・ニュトの王としての魂の和合は果たされるのだろうか。  最後に『転生』した直樹を中心に、物語は展開します。こちらは直樹バージョンに組み替えました。 『なろう』ではマナバージョンです。 えちえちには※マークをつけます。ご注意の上ご高覧を。完結まで、毎日更新予定です。この作品は三人称(通称神様視点)の心情描写となります。様々な人物視点で描かれていきますので、ご注意下さい。 ※誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます。励みになりますです!

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

処理中です...