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終幕後02 伯爵夫人ブリトニーの流儀

08. 友人の結婚指輪 1

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「世相が明るくなったのが、売れ行きから判るのね」

「ああ、気が滅入るときに、お洒落にまで気が回らないんだろうね」

 長く続く隣国との緊張の中ではそれなりに短い戦争だったが、やはり戦時下の陰鬱な空気というものは重く人の生活にのしかかってくる。

 しかし戦争が終結するのと同時に、一転して世相が明るくなった。

 今回の戦争は驚くほど損害が少なく、国土が増える形で終結したため、前回の終戦以上に明るい雰囲気なのだと、先の戦いを知る老人たちが口を揃える。




「今日、君の友人の婚約者が店に来たよ」

 夫であるアーサーが店の話をしたのは、明るい世相になってきた直後のことだった。

「どなたかしら? ご挨拶をしなくては」

「エミリア=ダルトン様の婚約者だよ。結婚指輪を買いに来たんだ。気に入った石が無かったから、今度また来ることになっているんだけど、ブリトニーも顔を出すかい?」

 それは長い冬を経験した後に、ようやく遅い春を迎えた友人の名前だった。

 何年も前の夜会で体調を崩したが、予定が詰まっていたため、彼女のその後を聞かずにブリトニーは王都を後にした。戻ってから聞けば、離縁のために家を出た後で、連絡がつかなくなっていたのだ。

 しかしあの夫から離れられるのならば、きっとそれ以上に悪いことにならないだろうと思っていた。

 もし離縁の傷で行き場を無くしたのなら、我が家なら受け入れることができるとも思った。女性が接客する方が良いこともある。それに領地の店なら王都の噂は届かない。

 貴族相手なら貴族女性が接客に出てもおかしくはなく、伯爵家出身のエミリアが対応するのも悪くはないと思っていた。

 だが離縁は白い結婚という形で、一切の傷無く夫と別れることができた。

 ようやく連絡がつくようになったのは、彼女が修道院に入った後だった。このまま俗世を捨てるのかと心配すれば、心の傷が癒え噂が無くなるまでということで、一時的に修道院に身を寄せただけだった。

 友人に、趣味の刺繍ができるようにと糸を送れば、自分よりも慰問に行けなくなった孤児院を気にかけて欲しいと返事がきた。

 どんなに自分が辛い状況でも他者を気遣うその心に、ブリトニーは自分にまかせておけと連絡したのだった。

 その後、友人は王宮に出仕したが仕事が忙しいらしく会えず仕舞いだ。

 しかし想い合う人ができ、もう少ししたら結婚するのだと近況を綴る手紙で状況は知っている。





 友人の婚約者であるネイサン=ファーナムは、騎士だというのに物腰は柔らかく、温厚そうな雰囲気をまとっていた。

 友人の前夫も騎士だが真反対だ。

「結婚指輪を豪華にしたいが、騎士の給料でできる範囲でお願いしたい」

 実家は侯爵家だが親に頼る気はないらしく、自分でできる中でできるようにしたいと言う。

「ご希望は深緑の石ということでしたが、もしかして婚約者様の瞳の色でしょうか?」

 希望の色はエミリアの瞳の色だ。

 きっと婚約者に贈る指輪に、婚約者の色を入れたいと思ったのだろう。

 聞けばその通りだと返事が返ってくる。

「そのことですが、きっと自分の色よりも、婚約者様の色の方が喜ばれると思います」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものです。実は色を聞いた時に気付きましたので、ご希望の石の他に、ファーナム様の色の石を用意させていただきました」

 そう言って淡い青の石を机の上に出す。

「随分と大きい石が多いですね」

「結婚指輪ですから。それにこちらは半貴石と言いまして、翠玉や紅玉といった石よりも随分と安いのですよ。こちらは全てファーナム様の予算内で購入できるものばかりです」

 ご祝儀価格なので若干、店頭価格より安めではある。とはいえ無茶な値引きはしていない。少し背伸びをすれば騎士でも手が届く範囲の石ばかりを選んだ。

「多分、これとこれ、それにこれがファーナム様の瞳に近い色ですわ」

 そう言いながら石を選んでいく。

 アーサーは横にいるが口を出さず、ブリトニーの好きにさせてくれていた。

 エミリアの婚約者は慣れないながら一生懸命に二つの石を選んだ。婚約者向けには大きな自分の瞳と同じ色の石を、自分用にはエミリアの瞳の小さな石だった。

 予算の関係で自分の方は安く仕上げなくてはいけないのだろう。

 結婚指輪は何かの折に身に着ける大切なものだ。だから皆、背伸びをしてでも良いものを誂える。家からの支援があるのも普通だ。

 だが目の前の男は自分で用意するために、自分の結婚指輪を安く仕上げる心算だった。

 注文制作のための全てが終わり一服する段になって、ブリトニーは客と二人きりにしてほしいとアーサーに頼んだ。

「あのね、友人のことを色々と聞きたいから、とても申し訳ないのだけど二人にしてもらえないかしら? もう何年も会えていないのよ、近況を聞きたいわ」

「外聞はあまりよくないけど、そういうことなら仕方ないかな」

 そう言ってアーサーは「ちょっとだけ」と言い足して席を外す。部屋の扉が少し開いており、そこから使用人の顔が見えているのは当然のことだった。
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