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終幕後01 ネイサン=ファーナムの決闘履歴
12. 後輩の妹 3
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翌日、ネイサンはジョナスとグレアムの二人を引き連れてヘンリーの元を訪れる。
ジョナスは震えを無理やり押さえつけ、ヘンリーに決闘を申し込んだ。
ヘンリーは身の程知らずの子爵家の倅を一瞥する。騎士が文官に負ける筈がないのだ。
「決闘を受けるのは構わないが、女みたいに細っこいのに剣なんて持てるのか?」
莫迦にしたような目で見下すと嫌な笑みを浮かべた。
「私に剣は無理ですから代理人を立てます。文官が騎士を相手に決闘するなら、代理人を立てることに問題ありません」
「そういう訳で僕が代理人だ」
「はあっ!? 代理人だったらアークライトでいいだろ、あいつも騎士なんだし」
「義兄上に頼ってばかりでは駄目だと思って、ジョナスが自分で探した結果だよ」
ヘンリーの言葉にグレアムが応える。サイラスの読み通り、格下認定しているナイジェルが出てこないことに異議を唱えた。
「ジョナスの上司が私の親しい友人でね。それにネイサンは生まれたときから付き合いのある幼馴染なんだ。それで私がジョナスにネイサンを紹介したんだよ」
「――そういうことだ。決闘はいつでも大丈夫だ。僕の方で二人分の勤務を調整するからね」
婚約者のジョナスでも、令嬢の兄であるナイジェルでも楽勝だと思っていたヘンリーは、予想外の伏兵に目を剥く。ネイサンの腕をよく知っているのだ。
文官のジョナスは勿論の事、令嬢の兄ナイジェルは新人の中でも平均的な剣の腕前で、実戦経験はまだ無い。対するヘンリーは経験豊富であり新人と決闘しても勝てる自信がある。そのため決闘でも実家の権力を使った圧力でも問題無く気に入った女を手に入れられるとタカを括っていた。
そこに持ってきて、騎士団でも有数の剣の腕前を誇るネイサンが現れたのだ。
予想外もいいところだった。
* * *
ネイサンたちと別れた後、ヘンリーはナイジェルに詰め寄るが、サイラスから何も聞かされておらず、状況が全く飲み込めないため、まともな回答は引き出せなかった。
事情を知ってしまえば、何故、令嬢の兄であり婚約者の直接の知り合いであるナイジェルが出ないのだと言われるだろうし、周囲もネイサンが出ることに異を唱えただろう。
それを判っていたサイラスが、ナイジェルに何も教えなかったのだ。
「何故と言われても、僕はジョナスが決闘することを今、知ったばかりです。愚痴は聞きましたけど、相談は受けてませんから判りません」
凶悪な顔ですごまれても、知らないものはしらないのだ。
「だったら何でファーナムが出てくるんだよ!?」
「なんでって言われても、ファーナムさんって誰ですか?」
まだ配属されたばかりのナイジェルは、上官であるサイラスとネイサンが同期であることも、親しい友人であることも知らなかった。
そもそも王宮勤めの騎士全員の顔と名前をまだ把握していないので、その存在を知らずネイサンが剣の腕が立つ騎士だということも、何故ヘンリーが怒鳴り込んできたのかも理解できていなかった。
「どうしたナイジェル」
騒動に気付いた先輩騎士がナイジェルに助け舟を出す。
「えっと、妹の婚約者がハズウェル先輩に決闘を申し込んだのですが……。婚約者は文官なので騎士を代理人にしたそうです。それでどうして僕が代理人ではないのかと言われまして」
「理由は知っているのか?」
「いいえ、決闘のことも聞いたばかりなので、理由も何も、状況が判りません」
「ってことらしいぞ、ハズウェル。この顔で事情を把握してたら、騎士よりも役者向きだとしか言えないな」
「……っ、もういい!」
吐き捨ててヘンリーはその場を後にする。
その後、グレアムという男を調べてみれば、確かにネイサンと親しい付き合いがあり、第二王子であるイアン殿下の側近だった。それも実力を買われての大抜擢だったらしく「あの男を敵に回すな」というありがたい助言までもらうことになった。
――本当に婚約者の依頼でファーナムは動いたのか……。
最初はジョナスの言い訳だと思っていた。
しかしジョナスとグレアムは上司を間に挟んで関係が繋がり、グレアムとネイサンはかなり親しい友人だった。
ジョナスは将来の義兄であるナイジェル以外に騎士の知り合いはいなかった。婚約者家族を頼らず自力で決闘の代理人を探すとして、ネイサンに行きつくのはあり得ないと否定できるほどの証拠はみつからなかった。
ジョナスは震えを無理やり押さえつけ、ヘンリーに決闘を申し込んだ。
ヘンリーは身の程知らずの子爵家の倅を一瞥する。騎士が文官に負ける筈がないのだ。
「決闘を受けるのは構わないが、女みたいに細っこいのに剣なんて持てるのか?」
莫迦にしたような目で見下すと嫌な笑みを浮かべた。
「私に剣は無理ですから代理人を立てます。文官が騎士を相手に決闘するなら、代理人を立てることに問題ありません」
「そういう訳で僕が代理人だ」
「はあっ!? 代理人だったらアークライトでいいだろ、あいつも騎士なんだし」
「義兄上に頼ってばかりでは駄目だと思って、ジョナスが自分で探した結果だよ」
ヘンリーの言葉にグレアムが応える。サイラスの読み通り、格下認定しているナイジェルが出てこないことに異議を唱えた。
「ジョナスの上司が私の親しい友人でね。それにネイサンは生まれたときから付き合いのある幼馴染なんだ。それで私がジョナスにネイサンを紹介したんだよ」
「――そういうことだ。決闘はいつでも大丈夫だ。僕の方で二人分の勤務を調整するからね」
婚約者のジョナスでも、令嬢の兄であるナイジェルでも楽勝だと思っていたヘンリーは、予想外の伏兵に目を剥く。ネイサンの腕をよく知っているのだ。
文官のジョナスは勿論の事、令嬢の兄ナイジェルは新人の中でも平均的な剣の腕前で、実戦経験はまだ無い。対するヘンリーは経験豊富であり新人と決闘しても勝てる自信がある。そのため決闘でも実家の権力を使った圧力でも問題無く気に入った女を手に入れられるとタカを括っていた。
そこに持ってきて、騎士団でも有数の剣の腕前を誇るネイサンが現れたのだ。
予想外もいいところだった。
* * *
ネイサンたちと別れた後、ヘンリーはナイジェルに詰め寄るが、サイラスから何も聞かされておらず、状況が全く飲み込めないため、まともな回答は引き出せなかった。
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それを判っていたサイラスが、ナイジェルに何も教えなかったのだ。
「何故と言われても、僕はジョナスが決闘することを今、知ったばかりです。愚痴は聞きましたけど、相談は受けてませんから判りません」
凶悪な顔ですごまれても、知らないものはしらないのだ。
「だったら何でファーナムが出てくるんだよ!?」
「なんでって言われても、ファーナムさんって誰ですか?」
まだ配属されたばかりのナイジェルは、上官であるサイラスとネイサンが同期であることも、親しい友人であることも知らなかった。
そもそも王宮勤めの騎士全員の顔と名前をまだ把握していないので、その存在を知らずネイサンが剣の腕が立つ騎士だということも、何故ヘンリーが怒鳴り込んできたのかも理解できていなかった。
「どうしたナイジェル」
騒動に気付いた先輩騎士がナイジェルに助け舟を出す。
「えっと、妹の婚約者がハズウェル先輩に決闘を申し込んだのですが……。婚約者は文官なので騎士を代理人にしたそうです。それでどうして僕が代理人ではないのかと言われまして」
「理由は知っているのか?」
「いいえ、決闘のことも聞いたばかりなので、理由も何も、状況が判りません」
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「……っ、もういい!」
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ジョナスは将来の義兄であるナイジェル以外に騎士の知り合いはいなかった。婚約者家族を頼らず自力で決闘の代理人を探すとして、ネイサンに行きつくのはあり得ないと否定できるほどの証拠はみつからなかった。
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