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王宮侍女の活躍

26. カーティス領にて

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「配置転換だ」

 決闘の後、上官に呼ばれたブレットは辞令を受けた。

「次の配属先はノスティア城の警備だ」

 新しい職場は、好ましからざる王族の流刑地のような城だった。

 寂れた土地にポツンと立つ城は堅牢なだけで薄暗く不便だ。王族向けの牢獄とも称される城である。

「なぜ突然……」

「嫌なら辞表を出すことだ。どちらでも構わん」

「どうしてでしょうか……?」

「どうしてと聞くか。夜会の最中にご婦人に暴力を振るうような男を、騎士団に置いておくわけにはいかんからだ。身に覚えがあるだろう?」

「しかしアレは……!」

「既に他人だ。それもお前より立場が上の騎士の妻であり、王太子夫妻のお気に入り、先の飢饉での英雄だぞ。そんな夫人に対して非礼を働き、無事でいられると思う、お前の頭がどうかしている」

 吐き捨てるような上官の言葉に、ブレットはその場で辞表を出した。





 失意の中、領地に戻って一月、少しずつ領主としての仕事を覚える毎日だったが、どうにもやる気が起きなかった。変わらぬ日常は退屈で死にそうだ。

 しかし自分の居場所はもう領地しか残されていなかった。死にそうでもこの場にしがみついているしかない。

 時折、虚しさが込み上げるが、何も感じないかのようにやり過ごすしかないのだった。

 そんな中、父に呼び出された。

「お前は廃嫡だ」

 突然の宣言は寝耳に水だった。

「何故ですか? それに俺の代わりなんていないでしょう、親戚から養子を取るとでも?」

「お前の弟を跡取りにする」

「弟? 汚らわしい、平民の腹から生まれたような男を、弟だと思ったことなんかありません」

「仕方がないだろう、お前の母は二人目を望めなかった。お前に何かあれば家は断絶する。代わりを用意するのは当然のことだ」

 カーティス伯爵は妻をないがしろにすることは無かったが、家を存続させる義務からブレットの代理になる男子を用意していた。

 その子供は何事もなければ、平民として一生を終えることになる筈だった。

 家の中でその母子のことが話題になることはなかったが、母であるカーティス夫人も息子である自分も存在は知っていた。

「俺のことなんかどうでもいいと?」

「どうでもいいと思っていたなら、婚姻が無効になった時点で廃嫡している。何故、お前は執拗に女を傷つけるのだ。そのせいで騎士団にいられなくなり、王都を去る羽目になったのだろう。そんな傷のついた男を跡取りに据える訳にはいかんのだ」

「父上!!」

 叫ぶように父に詰めよろうとしたが叶わなかった。父の言葉が終わるのと同時に、数人の男たちが執務室に入ってきたからだ。

 傭兵だった。

「怪我をしたくなかったら大人しくついていけ」

 それは父がブレットを気遣う最後の言葉だった。

 自分が剣に訴えればこの場で切り捨てられることは、殺気から十分に伝わる。

 もっと父親を問い詰めたかったが、無理なのは肌で感じた。既に切り捨てられた後なのだ。呆然としたまま父を見る。

 ブレットは腰に佩く剣を取り上げられても抵抗する気が起きず、促されてその場を後にした。

 連れていかれた先は、領地の中でも、森の近くで辺鄙な土地に発つ一軒家だった。窓に柵がつけられた頑丈な。中に入れば二度と陽の下に戻ることは無い。

 判っていたが抵抗する気は起きず、そのまま館の住人になった。

 ――どうしてこうなった。

 幽閉されたまま自問する。

 王都では上手く行っていた。

 望まない、貧相な子供を妻として押し付けられた以外は。

 躓きは結婚から始まった。

 少し扱いが雑だったかもしれない。

 職場で腹が立つことがあったとき、八つ当たり気味に扱ったこともあった。妻が気に入らない態度を取ったときは、少々強めに殴ったが、あれは躾だった。

 なのに離縁になった。

 白い結婚による婚姻無効だと言われたが、自分は子供に手をだすような変態ではない。別れたときは十六歳だったが、痩せぎすで子供のような凹凸の無い身体では、とても手を出す気にはなれなかった。年齢を前面に出されてはぐうの音もでないが、それでもあの身体のどこに欲情すれば良いというのか、自分を責める人間たちに問い詰めたい。

 お前たちは妻であれば子供にしかみえない女に手を出すのかと。

 変態とどう違うのかと。

 それなのに、自分が有責での離縁だと言われたのは納得がいかなかった。

 唯一、婚姻の事実が無かったものにされたことだけが救いではあったが。

 後は何もかもが上手くいかなかった。

 王女とはいえ折角、王族の護衛になれたのに、直ぐに配置転換されて国王の寵愛を受けているとはいえ、妾の護衛にされた。

 同期が次々と出世する中、自分は取り残され続けた。

 そしてあからさまな左遷。

 郷里に戻れば下賤な血を引く男が、自分に成り代わって跡取りになった。

 どうしてこうなったと再び自問するが、答えは出なかった。



 * * *



「すまんな、迷惑をかける」

 カーティス伯爵は初めて本宅に迎えた庶子に謝罪の言葉を口にする。

「仕方ないですね」

 新たな息子は諦念を口にする。既に事情は全て説明されて知っていた。

「お前の母親を近くに呼び寄せるがいい。代替わりした後は屋敷に入れても構わない。妻には会わせたくないが、それ以外なら好きにすればいい」

「屋敷に迎えるのは、母が嫌がると思います。僕には貴族の妻が宛がわれるのでしょう? 上手くやっていけると思いません」

「そうかもしれんな。金で買うような真似をして何だが、心穏やかに暮らしてくれればと思っている」

 その言葉は本心だった。

 夫に先立たれ、実家に帰れない年若い女を金と権力に物を言わせ、妻の代わりに子を産ませた自覚はある。それを悪だとは思っていない。

 家の存続に必要な事だったからである。

 夫以外に肌を許させる真似をさせたが、それ以外は丁寧に扱ったつもりだ。生活に困らせることはしなかったが、大金を渡すこともしなかった。

 決して領主の妾と悟られるような真似はしないよう心を配った。普通のよくいる未亡人と遺児と近所に思われるようにしたのだ。

「母は感謝をしてはいないと思いますが、伯爵のことを恨んではいないと思いますよ。平民と侮ることもなく、自分の子の親として尊重してくれたことを理解しています」

「そうだと良いのだがな。子育てを失敗したばかりに、お前を取り上げるようなことになって、申し訳なく思っている」

 初めての親子としての対面が謝罪ばかりというのは、異様な事かもしれない。

 だがブレットが跡取りとして問題を起こさず跡取りをもうけてさえいれば、目の前の息子から今までの生活を取り上げる必要は無かった。

 自分の不始末を、今まで実子としての扱いをしてこなかった、新たに家に迎えた息子に押し付けることが後ろめたいのだ。

「望まぬ生活ですが上手くやりますよ。そのための教育は十分に受けています」

 その言葉に偽りは無かった。




 数年後、カーティス伯爵家は代替わりする。

 先代夫婦は領地の中で一番過ごしやすい土地にこぢんまりとした屋敷を構え、二度と本宅に足を向けることはなかった。

 新しい伯爵は辣腕を振るうことは無かったが、上手く領地を経営し、先代よりも少しだけ領地を豊かにさせたのだった。
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