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幕間1

国王の女性観と家庭での立ち位置

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国王ざまぁ

次章に続けるための話です。
国王はあまり出てこない予定ですが、主人公が王族に仕えるため、王族の結婚観などが多少判っていた方が読み易いので。
___________________________________


「王妃に飽きた」

 そう国王が呟いたのは、父である前王の崩御に伴い即位した直後だった。

 前王時代は王妃以外の女に手を出したいと言える環境ではなかった。何せ自分の前に王太子だった兄は、女性問題で破滅しているからだ。

 弟の立場から見ても、兄王子は有り体に言って屑だった。自分の妃を物か道具とはき違えていた。何か気に障ることがあれば殴り、父である国王に窘められれば蹴るような最低な男だ。当代きっての美貌で名高かったオルグレン侯爵家の令嬢は、王太子に請われて王家に嫁いだ。だというのにあの莫迦いや兄は決して顔は傷つけなかったが、服に隠れるところにまともな箇所はないというほど容赦なく暴力を振るい続けた。一度ならず弟である自分もそんな兄を窘たしなめたが、余計に怒りに油を注ぐ結果になったのを知って何も言えなくなった。

 しかし放置するには余りにも胸糞悪く、それとなく義姉の親に離縁を勧めてみたこともある。

「身体の弱さを理由に宿下がりをさせ、そのまま離縁させてはどうか」

 私はオルグレン侯爵に提案した。侯爵は私と同様の忠告を他からも聞いていたのだろう、前向きに検討していたようだった。しかしそんな提案は無駄に終わる。大怪我を負った王太子妃の逃亡という結末で。

 それまでの暴力も顔を顰しかめたくなるほど酷いものだったが、それ以上の酷い暴力は、いっそ凄惨と言った方が正しい有様だった。

 妃が夜伽を拒んだのが悪いというのが兄の言い分だったが、その時の王太子妃は身ごもっており、医師から夫婦の営みは控えるように言われていたのだった。勿論、夫である兄も医師から同様の注意を受けていた。だがその時の気まぐれで性欲のはけ口にしようとしたのを拒まれた兄は、激高して事に及んだのだった。

 あまりの身勝手な言い草に、眩暈を起こしそうだった。自分の子を身に宿した妻に対して、非道にも程がある。元々、嗜虐性の傾向のある兄だったが、少々言葉が厳しいくらいのものだった。何が兄を変えたのか知る由もなかったが、これを王にしてはいけないのだと確信した。

 父である国王陛下も、私と同様の結論に達したようだ。報告を聞いて俯き大きく長い溜息を吐いた。その横顔は苦渋に満ちていたが、顔を上げたときには為政者のそれに変わっていた。

 言葉は無かったが、私はその心中を理解した。

 義姉は逃げたお陰で辛うじて命だけは助かったが重傷だった。あまりの酷さに国王自らが、オルグレン侯爵に頭を下げたのだ。程なくして兄は病死と発表され、同時に弟である自分が立太子した。

 そういう状況だったから、殊の外、周囲から女性関係は清くあることを要求された。

 別に女性に暴力を振るう趣味はなかったし、ただ他の女性と関係を持ちたいだけであったが、それすらも許される空気ではなかった。王妃との間に二男二女をもうけ、後継に問題がないことも理由の一つだった。

 そんな訳でずっと我慢を強いられ続けていた。即位してようやく愛人を持てる状況になったのだ。手を出さない訳がない。

 そうして冒頭に戻る。「王妃に飽きた」と。



 * * *



「実家に帰りたいのですが」

 王妃からそう言われたのは、二年後のことだった。

「どうしてだ? あなたの能力は王妃として申し分ない」

「しかしそれほど女性をとっかえひっかえするのは、私にご不満があるからでございましょう。でしたら潔く身を引くのも、王妃としての務めでございます」

 確かに多くの女性との関係を持った。一夜限りの関係を含めれば、一体どれだけの女性と夜を共にしたか判らない程だ。

 子を成した女性たちは愛人として離宮に住まわせている。流石に王の子を放置することは後継問題に関わるからだ。離宮の住人は三人おり、二人は一人ずつ王子を生み、三人目は現在妊娠中だった。

「君に不満はない。あるとしたら王族は愛人を持ってはならないという風潮に対してだ。貴族なら愛人の一人や二人は抱えているではないか。聖職者だって愛人を抱え、私生児を甥や姪として実家の籍を与えているのだ。王族だけが清廉であれというのはおかしくはないだろうか。
 君は王妃として有能だし臣民から愛され信頼されている。これからも私と共に国を支えていってほしいと、そう願っている」

 王妃はとても頭が良い。自分が言わんとしていることは全て伝わるだろう。王妃への愛が損なわれてなどいないことも。

「では家庭人として王はどう思っておられるのでしょうか。息子は父の背中を見て育つものでございます」

「そんなものは為政者としての私を見ていれば、自覚も出てこよう」

「判りました。そういうことでしたら息子たちによく言い含めましょう」

 そうして王妃との会見は終わった。

 彼女は頭が良い。短時間の会見でこちらの意図を全て汲んでくれるのだから。やはり王妃は彼女にしか務まらないのだ。



 更に数年が経ち離宮の住人は四人に増えた。私は六男二女の父となった。子を産まなかった女性が何人だったかは当然のように覚えていないが、千に届かないくらいではないかと思う。

 第一王子は私の背中越しに王としての仕事を覚え、立派な王太子に成長した。弟の第二王子は、兄の補佐を行う優秀な側近に育った。

 愛人たちの産んだ王子たちは、火種にならぬよう中央政治には関わらないように育てさせた。本来、庶子に相続権はないが、市井に放り出す訳にはいかない。将来は伯爵位を与えると同時に、贅沢が過ぎなければ食べていけるくらいに裕福な領地を治めさせる予定だ。もし官吏や騎士になりたいという場合は、適当な役職を与える予定だ。政治に関わらせない予定とはいえ、独立して立ち行かなくならないように教育には力を入れさせたから、官吏や騎士としても十分にやっていけるだろう。

 娘たちは目に入れても痛くないくらい可愛い存在だ。王妃が産んだ二人だけというのは寂しい限りだが、いないものは仕方がない。父として国王としてできる限りのことをした。国王としては失格かもしれないが、政略の駒にはせず、好きな男と結婚できるように取り計らった。

 その成果が出たのか長女である第一王女は、国内の侯爵家嫡男に嫁ぐことが決まった。異国に嫁がず王の膝元である王都で暮らすと言う。父親思いの孝行娘だ。

「何か結婚祝いに欲しいものはあるか」

 王女を呼び出し、父としてできる限りの嫁入りをさせてやろうと尋ねた。

「既にお母さまから十分な支度を整えてもらっておりますから、陛下のお手を煩わせることはございません」

 にこりとも笑わずに答える娘に、少し哀れさを覚えた。子は親の背を見て育つとはいえ、父を目前として緊張するなど、少し関わりを持たなさ過ぎたのかと。

「お話がこれだけでしたら、嫁入り支度が忙しい故、下がらせていただいてもよろしいでしょうか」

 そう言ってそそくさと退席する。

 おねだりがないのは寂しいものだが、多くを望まない良い子に育ててくれたことを、王妃に感謝するとともに嬉しく思う。

 娘がとうとう嫁ぐという数日前、最後の家族の団欒だんらんを楽しんでいるというので、王妃の住まう離宮に顔を出した。王妃と公務以外で顔を合わせるのは何年振りで、最後に離宮に足を運んだのがいつだったか、既に覚えていない。

「陛下、お急ぎの用件でも入ったのでしょうか?」

「いや、家族で集まっているというから、私も顔を出したのだが」

 王妃が怪訝そうな顔で訊いてくるので仕事ではないと伝える。

「でしたらもう十分でしょう。お引き取りを」

 王妃の冷たい声にびくりとする。こんな声を出す女性だったのだろうか。

「今まで家族として接していなかったのに、急にどうされたのですか?」

 今日の主役である第一王女までが静かだ。

「そういえば……仕事にかまけすぎたな。悪かった」

 私は肩を落として離宮を後にした。



「ショーンよ、私は親として駄目だったのだろうか。公務にかかりきりだったのは、それほど悪いことだったのか」

 王太子であり長子でもある第一王子に尋ねた。

「陛下が公務により多忙だったのは、仕方がないことかもしれません。即位された直後は、今よりも隣国との緊張関係がひどかったと聞いております。陛下の尽力で、北のノール以外とは比較的良好な関係を築けていると思っておりますよ」

「そうか……やはりきちんと国王としての職責を果たしていれば、子供たちは正しく見てくれるのだな」

 私は息子の言葉にほっとする。

「しかし、家庭人としての陛下はどうかと思います」

「――!!」

 どういうことか。私は王妃を認めているからこそ、大切な子供を託していたが、それが拙かったという意味か。

「陛下、普通の父親というのは、妻を蔑ろにはしないものです」

「王妃を蔑ろにしたことなど、ただの一度としてないぞ」

 私は息子の言葉を否定する。有能な王妃を、女だと下に見たことは一度もない。彼女はとても優秀な女性だ。

「王妃としてはそうでしょうね……。しかし普通の夫というものは、愛人をとっかえひっかえして、更に同じ敷地に住まわせたりなんかしませんよ。何処の世界に妻と愛人を同居させる男がいるのですか」

 ばっさりと一刀両断する息子に、私は思わず呻いた。

「しかしだな、愛人の一人や二人は別に珍しくはないだろう」

「ええ珍しくありませんね。家の外での火遊びは。家に持ち込むのはとても珍しく、在り得ないことですが」

「もしかしてお前は、私を父親失格だと思っているのか」

「もしかしなくても思っております。私だけでなく家族の全員が」

 なんていうことだ。私は少し女性と楽しみたかっただけで、家族は大切にしてきたつもりだというのに、気付けば大きな溝ができていたとは。

「陛下のことは国王として尊敬しておりますが、父としては最低でとても認めたくありません。今後、私に息子としての役割をお求めにならないよう、お願いいたします」

 静かに目を伏せる息子は、まるで臣下のようだった。

「しかし……お前の弟妹はどうだ。アイヴィーはまだ幼い。やり直しはできないだろうか」

 アイヴィーは第二王女で、私の末子だ。まだ十歳になったばかりの娘なら、なんとかなるかもしれないと一縷の望みをかけた。

「陛下の背中を見ていますから、父親としての認識はあります。しかしやり直すのは難しいでしょう。父を反面教師としておりますから」

「……どういうことか」

「女の子というのは多感ですからね。それに本能的に女を不幸にする男というのは判るみたいですよ。幼くても」

「私は女を不幸にする男ではない」

「母は不幸でしたよ。夫に顧みられなくて。王妃として求められていただけ、世間の不幸な女性より、遥かにマシだったのは事実ですが」

 私は呆然とする。王妃として認めているからこそ、それ以上を求めなかったというのに。

 いやしかし、有能でなくとも他の女に手を出さなかったとは言い難い。だが男というものは色を好むものなのだ。少々の女遊びくらいは容認されて然るべきではないか。

 そう反論しようと思ったが、躊躇ためらい、少し考えた後で違う言葉を呟いた。

「そうか、私は女を不幸にする男か……」

 私は女性と楽しみたかっただけで、家族を蔑ろにする気は全くなかった。しかし世間では駄目な夫として見られていたとは。

「天は二物を与えないと言いますし、国王として尊敬されているのですから、それで良しとすべきでしょう」

 息子の言葉は、私にやり直せないことを悟らせるには十分な言葉だった。
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