上 下
50 / 53
1章 訣別

24-2. 最後の戦い

しおりを挟む
『白旗が上がっています――』
 元は四の塔があった付近で煙が上がった。偵察に向かったところ、白旗を振る兵士がいたというのだ。

『撤退したいが、糧食やポーションが尽き撤退もできない状況との事』
 敵の将兵の言葉をそのまま伝える騎士の言葉は、悲惨の一言でしかない。

 大きな怪我を負っている様子はないものの、半月以上も森の中を行動したものだから薄汚れ疲弊しきっている。現地調達しようとしても、まだ木が芽吹くには早く、熊が冬眠中だから多少は安全なものの、夜は狼の遠吠えに怯え熟睡できない。たまにウサギや鹿を狩るものの、全員の腹を満たす程でもなく、食事量を三分の一や4分の一まで減らしながらやりくりしていたのも昨日で全て尽きたのだと伝えてきた。
 撤退しようとして方向を見失い、森を彷徨った挙句、再び塔の近くに辿り着いたらしい。

『降伏する、安全の保障と食事を――』

 辺境側は捕虜を取る利がない。中央に帰すにしても、一旦、辺境に連れてきてからでは手間がかかり過ぎる。
 勝手に攻めてきて、それなりの待遇をしろというのはどうなのか……。

「傷の手当をした後、森を抜けるギリギリの食料を与えて追い返すのは駄目かしら? 城壁の構造だとか森の広さだとか次の戦闘に使えそうな情報を与えたくない」
 第二城壁は中央側だけど、高さが木とほぼ同じかやや低いくらいだから、中央側から見て発見し辛い。城壁が二重なのも知られたくなかった。

『森に秘せられたものを見せる必要はありませんよ』
 司令官の言葉に、自分は間違ったことを言っていなかったのだと安心する。

 正直なところ食料だって渡したくない。自業自得なのにという気持ちが強くて。国王陛下が出兵すると宣言すれば、嫌だと拒否するのが無理なことくらい理解している。でも頭ではわかっていても感情がついてこないのだ。中央人の辺境に対する扱いの酷さも相まって。

『中央の状況を知るためにも、食料を渡して会話をするのも悪くないでしょう』
 司令官の言う通り、向こうの情報はまったく入ってこない。逆も然りだけど。

 私たちが直接知っているのは王都の屋敷を引き払うまで。ジョルジュ……今はジャックと名を改め、ただの村人として働いている元婚約者と、お兄様の元婚約者カミラからその後の話を聞いたけど、それでさえ既に最新情報ではなくなっている。

 少し間を置いて、食料を五日分と最短で森を抜けられるように教えたと連絡がきた。森を抜けるギリギリの量だ。水は魔法でどうにかなるから渡さなかったらしい。

「その食料で命を繋いで、また仕掛けてくる可能性は?」
『なくはないでしょうが、低いでしょう。もう士気がこれいじょうないほど下がっています。もし再び森に入れと言われたら暴動になりますよ、あれは』

 そういうことであれば、無駄に人死にを出さないで良かったと思うべきだろう。
 上空から監視……とはいえ木に隠れて碌に見えないらしいけど、その限りでは普通に森の外に向かっているらしい。

 そして森の外で国王軍内での諍いが発生した。火の手が上がり煙は城壁からも確認できた。
 混乱は三日ほど続き、相当数の死傷者を出したようだ。辺境との戦いというには一方的な蹂躙だったけど、それ以上に被害を出したのが自軍内の騒乱の結果というのは皮肉な話だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです

コトミ
恋愛
 もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

婚約破棄ですか? ありがとうございます

安奈
ファンタジー
サイラス・トートン公爵と婚約していた侯爵令嬢のアリッサ・メールバークは、突然、婚約破棄を言われてしまった。 「お前は天才なので、一緒に居ると私が霞んでしまう。お前とは今日限りで婚約破棄だ!」 「左様でございますか。残念ですが、仕方ありません……」 アリッサは彼の婚約破棄を受け入れるのだった。強制的ではあったが……。 その後、フリーになった彼女は何人もの貴族から求愛されることになる。元々、アリッサは非常にモテていたのだが、サイラスとの婚約が決まっていた為に周囲が遠慮していただけだった。 また、サイラス自体も彼女への愛を再認識して迫ってくるが……。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...