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1章 訣別

12-1. ジョルジュの後悔

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「村に移住した元兵士の人はどんな感じ?」
「ようやっと辺境の暮らしに馴染んできたって感じですかね」

 何をするにも手取り足取り教えないといけなかったから、良いトコの家の出ですよ、という報告は上がってきていた。だけど元の身分に傲らず謙虚に教えを乞う姿に、村人は絆されているらしい。ランヴォヴィル侯爵領地の村人より腰が低いらしく、悪い印象はないのだとか。

「今はワイバーンの世話をしてます。中央人なのに怯えないんで何でもやらせられます」
 割と高評価だ。

「もしかして北か西の辺境伯領出身かしら?」
「かもね、でなければ魔獣の多い辺境でやってくのは難しいだろう」

 元中央人という兵士に興味を持ちつつ竜舎に向かう。
 ワイバーンの世話をしていたのは、もう二度と会う機会はないと思っていた人物だった。驚愕のあまり、どう接したら良いかわからない。頭が真っ白になるってこういう感じかしら、などとまるで他人事のようだ。
 村からの報告では国王軍の逃亡兵らしいという話だった。

「ジョルジュ……!」

 何故と思うと同時に、何度も領地には来ていたのに、彼が私の元婚約者だと何故わからなかったのだろう、と思ったところで、領主館の近辺にしか行かなかったから、ジョルジュの顔を知らない領民は多いことに思い当たった。

 もし知っていたとしても十年近い年月が経ったことや十歳の子供の姿から二十歳の青年の姿が重ならなくても仕方がない話だろう。

 とはいえ……。
「ミラボー、どういうことだ?」
 クロヴィスが盾になるかのように立つ。

「名は捨てました。今はジャックと名乗っています。以後、そのように。次があれば、ですが」
 そう言い切ると小さく会釈をして仕事に戻る。

 何故、辺境に留まったのかわからないが、少なくとも私に未練があったからではなさそうな雰囲気だ。柔らかな金髪は王都にいたころと変わらないものの薄汚れて、貴族らしさの欠片もない。

「それだけで済むか、お前は跡継ぎではないとはいえ公爵家の令息で、王族の血を引いているんだぞ!」

 クロヴィスの言葉はもっともだ。王弟の子なのだから、継承権が低いとはいえ順番が回ってこないと言い切れない程度には高く、王都において軽んじて良い血筋ではなかった。辺境は中央と事情が違うとは言えど、やはり放置はできない。

 ジョルジュは小さく嘆息すると、私たちの方に向き直る。仕方なさと面倒くささがないまぜになった表情だ。

「生き残ったのは殿下と殿下を守っていた騎士の一部だけだ。僕が戻らなくても戦死したと見做される状況だった。何か月も経って、まだ生きてるとは思わないだろう」

 生きてさえいれば王都に戻っている筈だと関係者たちが思っている、むしろ戻らない理由がないと信じ込んでいるのだと言い切った。

「それに……もうすぐ王国と辺境は森で隔たれて、僕がここで生きているからと手を出してこれなくなるだろう? 何より生存確認もできなくなる」

「知っていたの?」

 森の拡張を領民に秘匿していない。けど特に積極的に話もしていない。ただ中央とのやりとりは最低限に、どうしても行かなくてはいけないときはワイバーンによる空路だから道は必要なくなるとだけ説明している。領民の殆どが縁を切ったと察しているみたいだけど。

「話し合いの場に当事者としていたんだ。判らない訳がない」
 ジョルジュはあまり出来が良いとは言えない学生だった。公爵家を継ぐ必要のない次男であったし、権謀術数に長けていなくては生きていけない王都ではなく、体力の方が重要な辺境の入り婿予定だったから問題になってはいなかったが。

辺境ここに住んだとして、マリエとの復縁はありえないんだが」
「そういうんじゃない。王都に居たくなかったから辺境に居るだけだ。ここを出たら王都に連れ戻されるから」
 言葉を交わす度に疑問が増える。

「良くも悪くも中央貴族らしくて、その枠からまったく外れなかったのに何を考えているの?」
「簡単な話さ、僕は「悲劇の貴公子」であり続けるのが面倒になった」
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