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1章 訣別
10. 聖女の結婚
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「すごく綺麗だわ、マリエ」
「ありがとう、素敵な衣装でしょう?」
私の花嫁衣装は白。辺境で唯一、オリオール伯爵家の当主や次期当主である聖女のみが許される色だ。
白は聖属性魔法の色であり、大陸を分断した魔獣のスタンピードから人を守った結界の色でもある。だから聖女の正装は白であり、結婚式の婚礼衣装も白なのだ。
それ以外は直系であっても家門の色の正装が婚礼衣装だ。聖女の花婿だけは花嫁に合わせて白の衣装を着るけれど。
「こんなにたくさんのレースを使った衣装は、きっと私が最後ね」
ドレスに使われているレースを手に取る。繊細で幅広なレースは、辺境では手に入らない高価なものだった。
中央と断交してしまったから、今後は贅沢品が手に入らない。自分の娘にも同じようなドレスを用意して上げられないのが申し訳なく思う。
「何を言っているの。私たちが王都に滞在していたときに、レース編みの技術を習得させているわよ」
フェリシテの言葉にマリエは顔を上げる。驚いた表情になっていても、それは仕方がないというもの。
「いつのまに……?」
「元々、東の辺境は海に面しているもの。魔獣の被害が出るまでは他国との貿易もしていたのよ。その関係で南よりも贅沢品は手に入りやすかったの。それでね、中央との関係が悪化の一途を辿っている状況から、いつかこうなることを予想して、手先の器用な人たちを王都で修行させていたのよ」
我が家は南ほど森が深くない分、余力があるのよと笑ってみせる。
スタンピード以降、魔素が濃くなった森から海に流れる川によって、海に住む魔獣も巨大化、強力化して、海上貿易も分断されてしまっている。
それでも新たな技術や文化を取り入れる気風は変わらなかった結果、南よりも東の辺境伯家の方が洗練されているのかもしれない。
「養蚕はフォートレル辺境伯家でも以前から行われているし、レース編み職人もいるのだから、花嫁衣裳くらいいくらでも作れるわ。それにデザインブックも作ってあるのよ」
「なんて贅沢!」
本は高価だ。写本をするのも時間がかかるし、劣化しないように保存魔法をかけるのも一苦労だから。
職人のための図案集などを本として纏めるなんて、王都に居た頃でさえ聞いたことがなかった。基本は口伝だ。
「技術も知識も財産なのよ。だから任せておいて」
ばっちりとウィンクしたフェリシテが、普段以上に頼もしく映る。
花婿姿のクロヴィスは普段とは雰囲気がまるで違った。
精悍な中に甘さがあり、洗練されている。
「何だ、見惚れたか」
「うん……」
クロヴィスは冗談を口にしたつもりかもしれない。でも本当にカッコよくてドキドキしていたから、思わず素で返してしまった。見上げる耳が少し赤い。
人生の新たな一歩を踏み出したばかりの二人は、初代聖女が作った魔力壁の欠片であり、今はただの大きな水晶の塊でしかないとはいえ、辺境の象徴的なモノリスであり、大切な聖地で夫婦の誓いを行う。「死が二人を分かつまで」という言葉はほかの人たちよりも重い。
――本当に私で良かったのかしら?
もし危機的な状況になったら、中央と袂を別った今、可能性は未だかつてないほど高まっている。
そういった事態に陥ったとき、二人で窮地を脱することはできない。妻ではなく聖女を助けるために、自分を犠牲にしなくてはいけないし、私は聖女として夫を犠牲にしてでも自分が生き残らなくてはいけない。
死が二人を別つのではなく、危機が二人を別つのだ。
それでも……私はクロヴィスと一緒に生きていきたい。隣に居るのが当たり前の生活を、二人で一つの道を歩いて行きたい。
クロヴィスも同じ気持ちでいてくれると嬉しい。
布越しの体温を、気持ちよく感じる。
「みんなの所に戻ろうか」
祈りを捧げた後、水晶を見上げていた私に、クロヴィスが遠慮がちに声をかけてきた。
「ええ」
少しの間、互いを見つめ合った後、手を繋いで家族の下に向かう。
たっぷりと布を使ってふわふわと広がるドレスは、いつものように動けず、とてもゆっくりとした歩みだ。一歩足を動かすごとにレースが揺れ、衣擦れの音が響く。
ドレスの重さが幸せの重さに感じる。
「どうしよう? 幸せ過ぎるんだけど」
「安心しろ、俺もだ」
悪戯っぽく返すから、思わず笑ってしまった。
「もう、本気で言ってるのに」
「本気じゃないと思ってるのか?」
ニヤリと笑ったクロヴィスは既に普段通りの顔をしている。いつもと違う特別な彼にドキドキしていたのに、元通りなんてちょっと勿体ない。もう少し余韻を楽しませてくれても良いじゃないか。
少しだけ悔しくてドレスの裾を蹴り上げる振りをして足を蹴った。幾重にも重なる布が威力を半減させ、小突いた程度にしかならなかったけど。
「マリエだって普段と変わらない」
「違うわよ!」
こんなにキレイにお化粧してて、普段なら絶対着ないようなドレスを着ていていつも通りなんて、ちょっと失礼過ぎると思う。
「いつもと同じでとても可愛い」
「――!!」
多分、耳まで真っ赤になったと思う。顔が熱い。
素でノロけるなんて、一体どういうつもりなんだろう……。
「クロヴィス!」
半分、照れ隠しも入っていると思う。でも突然、可愛いと言われてもどう返せば良いかわからないのだ。
「俺にとってマリエは何時だって可愛いよ。ワイバーンに乗ってる時も、ドレスを着ている時も」
「あ……ありがとう」
恥ずかし過ぎて顔を直視できない。だからドレスの下で動かす足に意識を持っていく。
「頼りないかもしれないけど、絶対に守るから安心してほしい」
「うん、わかってる。頼りにしているわ、大切にされてる実感があるもの」
繋いだ手に少し力を入れる。返事をするようにクロヴィスも手を握り返してきた。
「愛してるわ……」
小さな声だったけど、聞こえたらしい。「俺も」という言葉が、やはり同じくらい小さい声で返ってきた。
________________________________
9割方書きあがっているのですが、月内は少し慌ただしくて更新が止まる可能性があります。
また止まらなくても更新頻度が減ります。ご了承ください。
「ありがとう、素敵な衣装でしょう?」
私の花嫁衣装は白。辺境で唯一、オリオール伯爵家の当主や次期当主である聖女のみが許される色だ。
白は聖属性魔法の色であり、大陸を分断した魔獣のスタンピードから人を守った結界の色でもある。だから聖女の正装は白であり、結婚式の婚礼衣装も白なのだ。
それ以外は直系であっても家門の色の正装が婚礼衣装だ。聖女の花婿だけは花嫁に合わせて白の衣装を着るけれど。
「こんなにたくさんのレースを使った衣装は、きっと私が最後ね」
ドレスに使われているレースを手に取る。繊細で幅広なレースは、辺境では手に入らない高価なものだった。
中央と断交してしまったから、今後は贅沢品が手に入らない。自分の娘にも同じようなドレスを用意して上げられないのが申し訳なく思う。
「何を言っているの。私たちが王都に滞在していたときに、レース編みの技術を習得させているわよ」
フェリシテの言葉にマリエは顔を上げる。驚いた表情になっていても、それは仕方がないというもの。
「いつのまに……?」
「元々、東の辺境は海に面しているもの。魔獣の被害が出るまでは他国との貿易もしていたのよ。その関係で南よりも贅沢品は手に入りやすかったの。それでね、中央との関係が悪化の一途を辿っている状況から、いつかこうなることを予想して、手先の器用な人たちを王都で修行させていたのよ」
我が家は南ほど森が深くない分、余力があるのよと笑ってみせる。
スタンピード以降、魔素が濃くなった森から海に流れる川によって、海に住む魔獣も巨大化、強力化して、海上貿易も分断されてしまっている。
それでも新たな技術や文化を取り入れる気風は変わらなかった結果、南よりも東の辺境伯家の方が洗練されているのかもしれない。
「養蚕はフォートレル辺境伯家でも以前から行われているし、レース編み職人もいるのだから、花嫁衣裳くらいいくらでも作れるわ。それにデザインブックも作ってあるのよ」
「なんて贅沢!」
本は高価だ。写本をするのも時間がかかるし、劣化しないように保存魔法をかけるのも一苦労だから。
職人のための図案集などを本として纏めるなんて、王都に居た頃でさえ聞いたことがなかった。基本は口伝だ。
「技術も知識も財産なのよ。だから任せておいて」
ばっちりとウィンクしたフェリシテが、普段以上に頼もしく映る。
花婿姿のクロヴィスは普段とは雰囲気がまるで違った。
精悍な中に甘さがあり、洗練されている。
「何だ、見惚れたか」
「うん……」
クロヴィスは冗談を口にしたつもりかもしれない。でも本当にカッコよくてドキドキしていたから、思わず素で返してしまった。見上げる耳が少し赤い。
人生の新たな一歩を踏み出したばかりの二人は、初代聖女が作った魔力壁の欠片であり、今はただの大きな水晶の塊でしかないとはいえ、辺境の象徴的なモノリスであり、大切な聖地で夫婦の誓いを行う。「死が二人を分かつまで」という言葉はほかの人たちよりも重い。
――本当に私で良かったのかしら?
もし危機的な状況になったら、中央と袂を別った今、可能性は未だかつてないほど高まっている。
そういった事態に陥ったとき、二人で窮地を脱することはできない。妻ではなく聖女を助けるために、自分を犠牲にしなくてはいけないし、私は聖女として夫を犠牲にしてでも自分が生き残らなくてはいけない。
死が二人を別つのではなく、危機が二人を別つのだ。
それでも……私はクロヴィスと一緒に生きていきたい。隣に居るのが当たり前の生活を、二人で一つの道を歩いて行きたい。
クロヴィスも同じ気持ちでいてくれると嬉しい。
布越しの体温を、気持ちよく感じる。
「みんなの所に戻ろうか」
祈りを捧げた後、水晶を見上げていた私に、クロヴィスが遠慮がちに声をかけてきた。
「ええ」
少しの間、互いを見つめ合った後、手を繋いで家族の下に向かう。
たっぷりと布を使ってふわふわと広がるドレスは、いつものように動けず、とてもゆっくりとした歩みだ。一歩足を動かすごとにレースが揺れ、衣擦れの音が響く。
ドレスの重さが幸せの重さに感じる。
「どうしよう? 幸せ過ぎるんだけど」
「安心しろ、俺もだ」
悪戯っぽく返すから、思わず笑ってしまった。
「もう、本気で言ってるのに」
「本気じゃないと思ってるのか?」
ニヤリと笑ったクロヴィスは既に普段通りの顔をしている。いつもと違う特別な彼にドキドキしていたのに、元通りなんてちょっと勿体ない。もう少し余韻を楽しませてくれても良いじゃないか。
少しだけ悔しくてドレスの裾を蹴り上げる振りをして足を蹴った。幾重にも重なる布が威力を半減させ、小突いた程度にしかならなかったけど。
「マリエだって普段と変わらない」
「違うわよ!」
こんなにキレイにお化粧してて、普段なら絶対着ないようなドレスを着ていていつも通りなんて、ちょっと失礼過ぎると思う。
「いつもと同じでとても可愛い」
「――!!」
多分、耳まで真っ赤になったと思う。顔が熱い。
素でノロけるなんて、一体どういうつもりなんだろう……。
「クロヴィス!」
半分、照れ隠しも入っていると思う。でも突然、可愛いと言われてもどう返せば良いかわからないのだ。
「俺にとってマリエは何時だって可愛いよ。ワイバーンに乗ってる時も、ドレスを着ている時も」
「あ……ありがとう」
恥ずかし過ぎて顔を直視できない。だからドレスの下で動かす足に意識を持っていく。
「頼りないかもしれないけど、絶対に守るから安心してほしい」
「うん、わかってる。頼りにしているわ、大切にされてる実感があるもの」
繋いだ手に少し力を入れる。返事をするようにクロヴィスも手を握り返してきた。
「愛してるわ……」
小さな声だったけど、聞こえたらしい。「俺も」という言葉が、やはり同じくらい小さい声で返ってきた。
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また止まらなくても更新頻度が減ります。ご了承ください。
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