上 下
15 / 53
1章 訣別

06-1. 魔法結晶の正体

しおりを挟む
 私とお兄様はワイバーンの背から見下ろしながら、オリオール領と北側に隣接するランヴォヴィル侯爵領の間にある森を確認した。

「少しは森が広がったか?」
「……どうかしら? 面積はそれほど変わってないように思うけど、鬱蒼としてきたとは思う」

 ジョルジュとの婚約解消を機に、王都との付き合いを止める方向でオリオール伯爵家、フォートレル辺境伯家は動いている。その一環として王都側の領地境の森を広げて、物理的に地上の往来を難しくすることにしたのだ。

 ただあまり森を深くしてしまうと魔素が濃くなり過ぎ、魔獣が増えるのでほどほどにする必要がある。
 今までは体裁を整えるために隣のランヴォヴィル侯爵領の間にある街道整備に力を入れていた。何より私とお兄様の婚約者が中央貴族でありワイバーンに騎乗できなかったから、道の整備が必須だった。木を剪定して視界を確保するだけでなく、森の外れに兵の詰め所を作ったり、結界を張るところから、道の凹凸を均して少しでも快適に移動できるように。

 でも婚約が解消され、魔法結晶の納品以外、王都に行く必要がなくなった今、地上の道は必要ない。一応は残すし最低限通れるようにはするけど、手入れされない道での移動は大変になるだろう。何より兵士を常駐させないし護衛もしないから、危険度は跳ね上がる。

 森はこちら側よりもランヴォヴィル侯爵領側に広がりつつある。他領に対する越権行為だけど、バレなければどうってことはない。私たちが何もしなかったところで、森の外縁を手入れしなければ徐々に森は広がっていくのだから。今までは辺境側で行っていた作業から手を引き、ついでに広がるのにちょっとだけ手を貸しているだけだ。

 今までなら半日掛からずに抜けられた森は、そう遠くない未来――多分次の冬かその次の冬の、短い昼の間に移動できなくなる。夏場なら早朝に出発して日が暮れる前にようやく森を抜けきれるけど。

 しかも魔獣の気配が濃くなるようにして、馬ではなく竜でなければ踏破できなくしようとしている。
 もし辺境が中央と決別して独立するようになれば、森を一気に広げ、ワイバーンが飛ぶこともできないくらい深い森にする予定だ。

 どこまで森が拡張すればランヴォヴィル侯爵家が気付くか不明で、領兵の賭けの対象になっている。我が家が王都の屋敷を引き払って一年近く経った今でも、気付く様子はない。状況的にも心理的にも手を貸す理由はないというのに。

 もしかしたら気付いていながら、甘く見て何もしていないだけの可能性もあるけど。
 この国では貴族も平民も辺境を見下し中央に憧れる。ランヴィヴォル領だけでなく多くの貴族の領地で、町や村は中央よりの領境付近に集中していて、辺境側の領境方面には人里がない。森から遠く魔獣被害とは関係ない領地でさえ。
 中央人にとってより王都に近い場所に居を構えるのは、地位や格を示すものなのだ。

「疲れたか?」
 お兄様の気遣う声に意識を切り替えた。ワイバーンに乗っているのに、ぼーっとしてたら危ない。気を付けないと。

「ここら辺はもう少し森を深くしたいけど大丈夫?」
 今飛んでいる辺りは地面が見えている。もうちょっと木や草を生い茂らせたい。

「そうだな、もうちょっと魔石を撒こうか」
 森の動植物は魔素で成長する。魔石は肥料のように植物を育て魔獣を増やす。

「もうちょっと森を広げたいわ。ランヴィヴィル領側に広がるように」
「そもそも、森が広がらないようにオリオール側は城壁を築いているからこっち側に森が広げるのは無理だろ」

「まあそうなのだけど……」
 再び魔獣のスタンピードが発生しても被害を最小限に食い止められるように、森の境より少し内側に城壁を築いてある。反対側にも城壁あれば安全だと忠告したけど、村が森から随分と離れていると鼻先で笑われた。スタンピードが発生したら中央側は被害甚大だろう。

 正常な状態の魔獣なら森を大きく離れて移動しないけど、スタンピード中は正気を失うから、どういう行動をとるか不明だ。流石にここから王都まで蹂躙するほどではないと思うけど、少なくとも最寄りから一つか二つくらいの集落は飲み込まれる気がする。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!

桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。 令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。 婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。 なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。 はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの? たたき潰してさしあげますわ! そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます! ※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;) ご注意ください。m(_ _)m

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

婚約者は私を溺愛してくれていたのに、妹に奪われた。

ほったげな
恋愛
婚約者は私を溺愛してくれている。そう思っていたのだが、婚約者は妹に奪われた。実は、婚約者は妹のことが好きだったらしく…?!

婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです

コトミ
恋愛
 もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...