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1章 訣別
06-1. 魔法結晶の正体
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私とお兄様はワイバーンの背から見下ろしながら、オリオール領と北側に隣接するランヴォヴィル侯爵領の間にある森を確認した。
「少しは森が広がったか?」
「……どうかしら? 面積はそれほど変わってないように思うけど、鬱蒼としてきたとは思う」
ジョルジュとの婚約解消を機に、王都との付き合いを止める方向でオリオール伯爵家、フォートレル辺境伯家は動いている。その一環として王都側の領地境の森を広げて、物理的に地上の往来を難しくすることにしたのだ。
ただあまり森を深くしてしまうと魔素が濃くなり過ぎ、魔獣が増えるのでほどほどにする必要がある。
今までは体裁を整えるために隣のランヴォヴィル侯爵領の間にある街道整備に力を入れていた。何より私とお兄様の婚約者が中央貴族でありワイバーンに騎乗できなかったから、道の整備が必須だった。木を剪定して視界を確保するだけでなく、森の外れに兵の詰め所を作ったり、結界を張るところから、道の凹凸を均して少しでも快適に移動できるように。
でも婚約が解消され、魔法結晶の納品以外、王都に行く必要がなくなった今、地上の道は必要ない。一応は残すし最低限通れるようにはするけど、手入れされない道での移動は大変になるだろう。何より兵士を常駐させないし護衛もしないから、危険度は跳ね上がる。
森はこちら側よりもランヴォヴィル侯爵領側に広がりつつある。他領に対する越権行為だけど、バレなければどうってことはない。私たちが何もしなかったところで、森の外縁を手入れしなければ徐々に森は広がっていくのだから。今までは辺境側で行っていた作業から手を引き、ついでに広がるのにちょっとだけ手を貸しているだけだ。
今までなら半日掛からずに抜けられた森は、そう遠くない未来――多分次の冬かその次の冬の、短い昼の間に移動できなくなる。夏場なら早朝に出発して日が暮れる前にようやく森を抜けきれるけど。
しかも魔獣の気配が濃くなるようにして、馬ではなく竜でなければ踏破できなくしようとしている。
もし辺境が中央と決別して独立するようになれば、森を一気に広げ、ワイバーンが飛ぶこともできないくらい深い森にする予定だ。
どこまで森が拡張すればランヴォヴィル侯爵家が気付くか不明で、領兵の賭けの対象になっている。我が家が王都の屋敷を引き払って一年近く経った今でも、気付く様子はない。状況的にも心理的にも手を貸す理由はないというのに。
もしかしたら気付いていながら、甘く見て何もしていないだけの可能性もあるけど。
この国では貴族も平民も辺境を見下し中央に憧れる。ランヴィヴォル領だけでなく多くの貴族の領地で、町や村は中央よりの領境付近に集中していて、辺境側の領境方面には人里がない。森から遠く魔獣被害とは関係ない領地でさえ。
中央人にとってより王都に近い場所に居を構えるのは、地位や格を示すものなのだ。
「疲れたか?」
お兄様の気遣う声に意識を切り替えた。ワイバーンに乗っているのに、ぼーっとしてたら危ない。気を付けないと。
「ここら辺はもう少し森を深くしたいけど大丈夫?」
今飛んでいる辺りは地面が見えている。もうちょっと木や草を生い茂らせたい。
「そうだな、もうちょっと魔石を撒こうか」
森の動植物は魔素で成長する。魔石は肥料のように植物を育て魔獣を増やす。
「もうちょっと森を広げたいわ。ランヴィヴィル領側に広がるように」
「そもそも、森が広がらないようにオリオール側は城壁を築いているからこっち側に森が広げるのは無理だろ」
「まあそうなのだけど……」
再び魔獣のスタンピードが発生しても被害を最小限に食い止められるように、森の境より少し内側に城壁を築いてある。反対側にも城壁あれば安全だと忠告したけど、村が森から随分と離れていると鼻先で笑われた。スタンピードが発生したら中央側は被害甚大だろう。
正常な状態の魔獣なら森を大きく離れて移動しないけど、スタンピード中は正気を失うから、どういう行動をとるか不明だ。流石にここから王都まで蹂躙するほどではないと思うけど、少なくとも最寄りから一つか二つくらいの集落は飲み込まれる気がする。
「少しは森が広がったか?」
「……どうかしら? 面積はそれほど変わってないように思うけど、鬱蒼としてきたとは思う」
ジョルジュとの婚約解消を機に、王都との付き合いを止める方向でオリオール伯爵家、フォートレル辺境伯家は動いている。その一環として王都側の領地境の森を広げて、物理的に地上の往来を難しくすることにしたのだ。
ただあまり森を深くしてしまうと魔素が濃くなり過ぎ、魔獣が増えるのでほどほどにする必要がある。
今までは体裁を整えるために隣のランヴォヴィル侯爵領の間にある街道整備に力を入れていた。何より私とお兄様の婚約者が中央貴族でありワイバーンに騎乗できなかったから、道の整備が必須だった。木を剪定して視界を確保するだけでなく、森の外れに兵の詰め所を作ったり、結界を張るところから、道の凹凸を均して少しでも快適に移動できるように。
でも婚約が解消され、魔法結晶の納品以外、王都に行く必要がなくなった今、地上の道は必要ない。一応は残すし最低限通れるようにはするけど、手入れされない道での移動は大変になるだろう。何より兵士を常駐させないし護衛もしないから、危険度は跳ね上がる。
森はこちら側よりもランヴォヴィル侯爵領側に広がりつつある。他領に対する越権行為だけど、バレなければどうってことはない。私たちが何もしなかったところで、森の外縁を手入れしなければ徐々に森は広がっていくのだから。今までは辺境側で行っていた作業から手を引き、ついでに広がるのにちょっとだけ手を貸しているだけだ。
今までなら半日掛からずに抜けられた森は、そう遠くない未来――多分次の冬かその次の冬の、短い昼の間に移動できなくなる。夏場なら早朝に出発して日が暮れる前にようやく森を抜けきれるけど。
しかも魔獣の気配が濃くなるようにして、馬ではなく竜でなければ踏破できなくしようとしている。
もし辺境が中央と決別して独立するようになれば、森を一気に広げ、ワイバーンが飛ぶこともできないくらい深い森にする予定だ。
どこまで森が拡張すればランヴォヴィル侯爵家が気付くか不明で、領兵の賭けの対象になっている。我が家が王都の屋敷を引き払って一年近く経った今でも、気付く様子はない。状況的にも心理的にも手を貸す理由はないというのに。
もしかしたら気付いていながら、甘く見て何もしていないだけの可能性もあるけど。
この国では貴族も平民も辺境を見下し中央に憧れる。ランヴィヴォル領だけでなく多くの貴族の領地で、町や村は中央よりの領境付近に集中していて、辺境側の領境方面には人里がない。森から遠く魔獣被害とは関係ない領地でさえ。
中央人にとってより王都に近い場所に居を構えるのは、地位や格を示すものなのだ。
「疲れたか?」
お兄様の気遣う声に意識を切り替えた。ワイバーンに乗っているのに、ぼーっとしてたら危ない。気を付けないと。
「ここら辺はもう少し森を深くしたいけど大丈夫?」
今飛んでいる辺りは地面が見えている。もうちょっと木や草を生い茂らせたい。
「そうだな、もうちょっと魔石を撒こうか」
森の動植物は魔素で成長する。魔石は肥料のように植物を育て魔獣を増やす。
「もうちょっと森を広げたいわ。ランヴィヴィル領側に広がるように」
「そもそも、森が広がらないようにオリオール側は城壁を築いているからこっち側に森が広げるのは無理だろ」
「まあそうなのだけど……」
再び魔獣のスタンピードが発生しても被害を最小限に食い止められるように、森の境より少し内側に城壁を築いてある。反対側にも城壁あれば安全だと忠告したけど、村が森から随分と離れていると鼻先で笑われた。スタンピードが発生したら中央側は被害甚大だろう。
正常な状態の魔獣なら森を大きく離れて移動しないけど、スタンピード中は正気を失うから、どういう行動をとるか不明だ。流石にここから王都まで蹂躙するほどではないと思うけど、少なくとも最寄りから一つか二つくらいの集落は飲み込まれる気がする。
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