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1章 訣別

02-1. 婚約破棄の翌日

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 馬車の中でゆっくりとこれからのことを考える。

 学院を卒業するまで、残り一年半。
 貴族の子女はほぼ全員が王立学院の卒業生だから、王都で社交を行うなら卒業している必要がある。
 私は次期当主だけど社交を行う必要がない。なんなら二度と王都に足を踏み入れなくても許されるのだ。

 貴族は特権階級ではあるが、同時に様々な義務が課せられている。領地の豊かさや規模に見合う納税、参内や公式行事への参加など。

 しかし東西南北を治める各辺境伯家は領地の環境が厳しいため、多くの義務が免除されている。フォートレル辺境伯家の分家であるオリオール伯爵家も同様の扱いだ。

 特に我が家は魔獣のスタンピードから国を守った神官――後に聖女と呼ばれる女性の子孫であるということ、魔法結晶の最大産地ということで、魔法結晶の献上以外の義務が無い。

 だから領地から出ないで一生を終えることも可能だ。今の私が王都でできることは限られている。まだ未成年だから、自分の結婚に関すること以外の権限は一切無く、王都と領地の橋渡しや連絡役がせいぜいだ。
 でも領地なら見回りや魔獣討伐など、できることも、やらなくてはいけない仕事も多くて忙しいくらいだ。

 ――うん、退学しても良いかな。
 考えれば考えるほど、学院に通う必要性を感じられない。夕刻の定時連絡のときに婚約解消と一緒に相談してみよう……。


 * * *
 

「お兄様、今日、ジョルジュと婚約を解消いたしました」
 定時連絡の時間になるのと同時に、領地との間に通信魔法を展開する。

 簡単に展開できるように通信媒体を作ってあるから、魔力を通すと瞬時に通信を始められる便利道具だ。遠隔地とのやりとりができるのはとても便利だけど、魔力を多く必要とするから使用可能な人はほとんどと言って良いほどいない。特に距離に比例して消費魔力も多くなるとあって、王都と領地の間で通信魔法を使えるのは私とお兄様、それにお母様の弟にあたる叔父様の三人だけだ。

「思ったよりも早く解消できて良かったね」
 すぐ傍にいるのと変わらない早さで言葉が返ってきた。婚約がなくなって喜ばれるというのは、なんだか不思議な気分だ。
 でも最近はお互いに婚約を解消するように動いていたのだから、良かったという言葉以外に適当な言葉を思いつかない。

「ええ、それでね学院も辞めたいの。お兄様たちが在籍していた頃よりも、ずっと居心地が悪くて」
 同級生が私と口を利きたがらないのも、細かな嫌がらせをいろいろされたのも今と変わらないけれど、登下校や昼休みはお兄様たちと一緒だったから、さほど苦にはならなかった。

「ランヴォヴィル家の子たちとはどう?」
「口を利かないどころか、目が合うと睨まれます。お兄様が在学中の頃とは違って、まるで中央人のようだわ」

 オリオール伯爵家の北隣の領地であるランヴォヴィル侯爵家とは、適当な距離を取りながらも多少の付き合いがある。
 我が家や本家であるフォートレル辺境伯家が王都に向かうためには、より王都に近いランヴォヴィル領を通る必要があるし、向こうからすれば領地境にある森から魔獣が溢れ出たときに、オリオール・フォートレル両家の領兵を頼らなければ解決できない。持ちつ持たれつの関係なのだ。

 とはいえランヴォヴィル家の屋敷は領地の中でも北端に近い位置にある。距離がありすぎて領主家同士の付き合いはほぼ皆無といっていい。

 それでもお兄様とランヴォヴィル家の息子たちは学院で初めて顔を合わせてから交流が始まり、私とも多少の雑談をする程度の仲にはなったはずだった。お兄様が卒業し、私と同じように付き合っていたクロヴィスまで卒業してしまってからは、中央の貴族達と変わらない態度をとられるようになって、それっきり没交渉だけど。

「じゃあカミラとは? 仲が良かったよね?」
「学年が違うもの。四年生と五年生だから、無理をしないと一緒にはいられないわ」

 兄様が自分の婚約者の名を挙げる。北の辺境伯家の令嬢だ。辺境の暮らしを捨てて中央貴族として生きる道を選んだ家の令嬢だけど、兄弟とは違って兄との関係がとても良い。私とも血の繋がった姉妹のような関係だけど、学年が違う所為で教室が離れているから、簡単に助けてはもらえない。お兄様は家に残る予定だから、カミラは来年の卒業と同時に我が家に嫁入りする。

 ――結婚すれば中々王都とは行き来できなくなるから、今は友人たちとの思い出をたくさん作りたいはず。
 そんな理由もあって、一緒にいてほしいとは言いにくい。

「そういうことなら……父上に相談してみるよ」
「お願い、できるだけ早く帰りたい」

 去年も居心地が悪かったけど、お兄様を始めフォートレル辺境伯家の次男クロヴィスや長男の婚約者フェリシテがいたから随分マシだった。今は友人が一人もおらず、教師ですら私の虐めを見て見ぬ振りをする。辺境の田舎娘など見下されて当然だと思っているのだ。
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