4 / 53
1章 訣別
02-1. 婚約破棄の翌日
しおりを挟む
馬車の中でゆっくりとこれからのことを考える。
学院を卒業するまで、残り一年半。
貴族の子女はほぼ全員が王立学院の卒業生だから、王都で社交を行うなら卒業している必要がある。
私は次期当主だけど社交を行う必要がない。なんなら二度と王都に足を踏み入れなくても許されるのだ。
貴族は特権階級ではあるが、同時に様々な義務が課せられている。領地の豊かさや規模に見合う納税、参内や公式行事への参加など。
しかし東西南北を治める各辺境伯家は領地の環境が厳しいため、多くの義務が免除されている。フォートレル辺境伯家の分家であるオリオール伯爵家も同様の扱いだ。
特に我が家は魔獣のスタンピードから国を守った神官――後に聖女と呼ばれる女性の子孫であるということ、魔法結晶の最大産地ということで、魔法結晶の献上以外の義務が無い。
だから領地から出ないで一生を終えることも可能だ。今の私が王都でできることは限られている。まだ未成年だから、自分の結婚に関すること以外の権限は一切無く、王都と領地の橋渡しや連絡役がせいぜいだ。
でも領地なら見回りや魔獣討伐など、できることも、やらなくてはいけない仕事も多くて忙しいくらいだ。
――うん、退学しても良いかな。
考えれば考えるほど、学院に通う必要性を感じられない。夕刻の定時連絡のときに婚約解消と一緒に相談してみよう……。
* * *
「お兄様、今日、ジョルジュと婚約を解消いたしました」
定時連絡の時間になるのと同時に、領地との間に通信魔法を展開する。
簡単に展開できるように通信媒体を作ってあるから、魔力を通すと瞬時に通信を始められる便利道具だ。遠隔地とのやりとりができるのはとても便利だけど、魔力を多く必要とするから使用可能な人はほとんどと言って良いほどいない。特に距離に比例して消費魔力も多くなるとあって、王都と領地の間で通信魔法を使えるのは私とお兄様、それにお母様の弟にあたる叔父様の三人だけだ。
「思ったよりも早く解消できて良かったね」
すぐ傍にいるのと変わらない早さで言葉が返ってきた。婚約がなくなって喜ばれるというのは、なんだか不思議な気分だ。
でも最近はお互いに婚約を解消するように動いていたのだから、良かったという言葉以外に適当な言葉を思いつかない。
「ええ、それでね学院も辞めたいの。お兄様たちが在籍していた頃よりも、ずっと居心地が悪くて」
同級生が私と口を利きたがらないのも、細かな嫌がらせをいろいろされたのも今と変わらないけれど、登下校や昼休みはお兄様たちと一緒だったから、さほど苦にはならなかった。
「ランヴォヴィル家の子たちとはどう?」
「口を利かないどころか、目が合うと睨まれます。お兄様が在学中の頃とは違って、まるで中央人のようだわ」
オリオール伯爵家の北隣の領地であるランヴォヴィル侯爵家とは、適当な距離を取りながらも多少の付き合いがある。
我が家や本家であるフォートレル辺境伯家が王都に向かうためには、より王都に近いランヴォヴィル領を通る必要があるし、向こうからすれば領地境にある森から魔獣が溢れ出たときに、オリオール・フォートレル両家の領兵を頼らなければ解決できない。持ちつ持たれつの関係なのだ。
とはいえランヴォヴィル家の屋敷は領地の中でも北端に近い位置にある。距離がありすぎて領主家同士の付き合いはほぼ皆無といっていい。
それでもお兄様とランヴォヴィル家の息子たちは学院で初めて顔を合わせてから交流が始まり、私とも多少の雑談をする程度の仲にはなったはずだった。お兄様が卒業し、私と同じように付き合っていたクロヴィスまで卒業してしまってからは、中央の貴族達と変わらない態度をとられるようになって、それっきり没交渉だけど。
「じゃあカミラとは? 仲が良かったよね?」
「学年が違うもの。四年生と五年生だから、無理をしないと一緒にはいられないわ」
兄様が自分の婚約者の名を挙げる。北の辺境伯家の令嬢だ。辺境の暮らしを捨てて中央貴族として生きる道を選んだ家の令嬢だけど、兄弟とは違って兄との関係がとても良い。私とも血の繋がった姉妹のような関係だけど、学年が違う所為で教室が離れているから、簡単に助けてはもらえない。お兄様は家に残る予定だから、カミラは来年の卒業と同時に我が家に嫁入りする。
――結婚すれば中々王都とは行き来できなくなるから、今は友人たちとの思い出をたくさん作りたいはず。
そんな理由もあって、一緒にいてほしいとは言いにくい。
「そういうことなら……父上に相談してみるよ」
「お願い、できるだけ早く帰りたい」
去年も居心地が悪かったけど、お兄様を始めフォートレル辺境伯家の次男クロヴィスや長男の婚約者フェリシテがいたから随分マシだった。今は友人が一人もおらず、教師ですら私の虐めを見て見ぬ振りをする。辺境の田舎娘など見下されて当然だと思っているのだ。
学院を卒業するまで、残り一年半。
貴族の子女はほぼ全員が王立学院の卒業生だから、王都で社交を行うなら卒業している必要がある。
私は次期当主だけど社交を行う必要がない。なんなら二度と王都に足を踏み入れなくても許されるのだ。
貴族は特権階級ではあるが、同時に様々な義務が課せられている。領地の豊かさや規模に見合う納税、参内や公式行事への参加など。
しかし東西南北を治める各辺境伯家は領地の環境が厳しいため、多くの義務が免除されている。フォートレル辺境伯家の分家であるオリオール伯爵家も同様の扱いだ。
特に我が家は魔獣のスタンピードから国を守った神官――後に聖女と呼ばれる女性の子孫であるということ、魔法結晶の最大産地ということで、魔法結晶の献上以外の義務が無い。
だから領地から出ないで一生を終えることも可能だ。今の私が王都でできることは限られている。まだ未成年だから、自分の結婚に関すること以外の権限は一切無く、王都と領地の橋渡しや連絡役がせいぜいだ。
でも領地なら見回りや魔獣討伐など、できることも、やらなくてはいけない仕事も多くて忙しいくらいだ。
――うん、退学しても良いかな。
考えれば考えるほど、学院に通う必要性を感じられない。夕刻の定時連絡のときに婚約解消と一緒に相談してみよう……。
* * *
「お兄様、今日、ジョルジュと婚約を解消いたしました」
定時連絡の時間になるのと同時に、領地との間に通信魔法を展開する。
簡単に展開できるように通信媒体を作ってあるから、魔力を通すと瞬時に通信を始められる便利道具だ。遠隔地とのやりとりができるのはとても便利だけど、魔力を多く必要とするから使用可能な人はほとんどと言って良いほどいない。特に距離に比例して消費魔力も多くなるとあって、王都と領地の間で通信魔法を使えるのは私とお兄様、それにお母様の弟にあたる叔父様の三人だけだ。
「思ったよりも早く解消できて良かったね」
すぐ傍にいるのと変わらない早さで言葉が返ってきた。婚約がなくなって喜ばれるというのは、なんだか不思議な気分だ。
でも最近はお互いに婚約を解消するように動いていたのだから、良かったという言葉以外に適当な言葉を思いつかない。
「ええ、それでね学院も辞めたいの。お兄様たちが在籍していた頃よりも、ずっと居心地が悪くて」
同級生が私と口を利きたがらないのも、細かな嫌がらせをいろいろされたのも今と変わらないけれど、登下校や昼休みはお兄様たちと一緒だったから、さほど苦にはならなかった。
「ランヴォヴィル家の子たちとはどう?」
「口を利かないどころか、目が合うと睨まれます。お兄様が在学中の頃とは違って、まるで中央人のようだわ」
オリオール伯爵家の北隣の領地であるランヴォヴィル侯爵家とは、適当な距離を取りながらも多少の付き合いがある。
我が家や本家であるフォートレル辺境伯家が王都に向かうためには、より王都に近いランヴォヴィル領を通る必要があるし、向こうからすれば領地境にある森から魔獣が溢れ出たときに、オリオール・フォートレル両家の領兵を頼らなければ解決できない。持ちつ持たれつの関係なのだ。
とはいえランヴォヴィル家の屋敷は領地の中でも北端に近い位置にある。距離がありすぎて領主家同士の付き合いはほぼ皆無といっていい。
それでもお兄様とランヴォヴィル家の息子たちは学院で初めて顔を合わせてから交流が始まり、私とも多少の雑談をする程度の仲にはなったはずだった。お兄様が卒業し、私と同じように付き合っていたクロヴィスまで卒業してしまってからは、中央の貴族達と変わらない態度をとられるようになって、それっきり没交渉だけど。
「じゃあカミラとは? 仲が良かったよね?」
「学年が違うもの。四年生と五年生だから、無理をしないと一緒にはいられないわ」
兄様が自分の婚約者の名を挙げる。北の辺境伯家の令嬢だ。辺境の暮らしを捨てて中央貴族として生きる道を選んだ家の令嬢だけど、兄弟とは違って兄との関係がとても良い。私とも血の繋がった姉妹のような関係だけど、学年が違う所為で教室が離れているから、簡単に助けてはもらえない。お兄様は家に残る予定だから、カミラは来年の卒業と同時に我が家に嫁入りする。
――結婚すれば中々王都とは行き来できなくなるから、今は友人たちとの思い出をたくさん作りたいはず。
そんな理由もあって、一緒にいてほしいとは言いにくい。
「そういうことなら……父上に相談してみるよ」
「お願い、できるだけ早く帰りたい」
去年も居心地が悪かったけど、お兄様を始めフォートレル辺境伯家の次男クロヴィスや長男の婚約者フェリシテがいたから随分マシだった。今は友人が一人もおらず、教師ですら私の虐めを見て見ぬ振りをする。辺境の田舎娘など見下されて当然だと思っているのだ。
51
お気に入りに追加
1,214
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!
桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。
令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。
婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。
なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。
はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの?
たたき潰してさしあげますわ!
そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます!
※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;)
ご注意ください。m(_ _)m
婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです
コトミ
恋愛
もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる