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04.  婚約者との関係 1

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 ダスティンと婚約者ルイーズの関係は、婚約直後から躓いていた。

 ダスティンの過去の恋人の存在を不義だと言い募るルイーズが歩み寄る姿勢をみせないからだ。自分としては婚約が決まる以前に関係を清算し、身綺麗にしたのにという思いがある。恋人との関係も表立って話はしていないし、逢瀬の時は髪の色を変える程度の変装はしている。気付いている友人たちも学生時代の遊びと割り切って詮索することはない。

 同時に自身も学友たちの卒業までの火遊びに知らぬ振りをしているからお互い様だ。中には武勇伝を自慢する輩もいるが、そんな話が社交界に広まってしまえば、結婚相手を見つけるのが難しくなるだけだと知っているから、生暖かい目をしながら聞き流している。

「マクレガン嬢とは相変わらず?」
「ああ、まあそういう感じかな」

 同級生のマイルズがダスティンに尋ねる。
 卒業まであと少し、こうやって日常的に友人とあって愚痴を零す機会も減る。

 結婚式は一年ほど先になるが、距離を縮められる気がしないでいた。

 ダスティンとルイーズは親交を深めるという名目で、互いに行き来をしている。
 だが正直言って逆効果だとしか言えない。

 二人だけのお茶会は庭など部屋に二人きりにならないように配慮されている。
 人目があるということは、仲がイマイチなのを見られているということだ。

 いくら使用人に口止めしているとはいえ、人の口に戸口は立てられない。お蔭で学友全員が、ダスティンと婚約者の冷え切った関係を知る事態になっている。

「できれば新婚早々、冬のノリス山のような関係にはなりたくないんだけどね」
「いや結婚前から既になってると思うな」

 ノリス山は天気の良い日には王都から頂きが見える山だ。標高が高く万年雪が積もっている。

 有名なのは王とから見えることでも山の高さでもなく、夏でも凍死するほど寒いことだ。当然のように四季を通じて踏破するのは難しい難所になっている。「冬のノリス山」というのは、冷え切り歩み寄ることさえできぬ人間関係を揶揄する言葉だった。

「いっそのこと婚約を白紙にできないか、陛下に相談した方が良いじゃないか?」

「それは最終手段にとっておくよ」

 ダスティンはそういうと大きく溜息をついた。


  ☆ ☆ ☆


「嫌ならお帰りくださいませ」

 冷え切った声でルイーズがダスティンに告げる。

 お茶を一口飲んだ直後、うっかりと小さな溜息をつけば、間髪入れずに嫌味が飛んでくる。

「嫌なのは茶会ではない」

 ダスティンは落ち着いた声で否定した。
 仏頂面を見ながら茶を飲むのが嫌なのだと続けたいが、敢えて言葉をのみこんだ。

 一言につき一つ嫌味が返ってくるのだ。

 きっと「嫌なのは茶会ではなく、不満を前面に出した態度だ」と言えば、こちらの態度が悪いから不機嫌になるとでも言い返してくることだろう。

 政略結婚なのだから、望まぬ相手なのはよくある話だ。

 相性が悪いことも不満があるのも、同様によくあり過ぎる話で、それでも義務と妥協の結果、夫婦になる。本当に愛し合って結婚した夫婦が、どれだけいると思っているのだと言いたい。

 何度目かの茶会で、指摘したことだが疲れるだけの結果だった。

「もう止めましょう。顔を合わせるのも嫌な相手と茶会を繰り返しても、関係は悪化するだけです。親たちの気遣いが無駄どころか、足を引っ張るだけです」

「私が悪いとおっしゃるの?」

「僕にも悪い所はあると思っていますよ。どちらがより悪いかなんて不毛なことは言いません。どちらも等しく悪い。それだけです」

 ダスティンはいいたいことだけ言って席を立つ。

「結婚までの間、顔を合わせるのは止めましょう」
 そう言うと、相手の返事も待たずに席を立った。

 ルイーズの態度は頑なだ。

 なぜそれほどまでに拒絶するのか?
 少女特有の潔癖症かと思うが行きすぎだ。

 原因があるはずだと思いながら面会を重ねたある日、ルイーズの視線の先を見て理解した。

 恋をしているのだ。

 侯爵家の令嬢と、その家に仕える護衛騎士。彼女の専属護衛ではなかったから気付くのが遅れた。

 たまたま人員のやりくりの都合で、ルイーズの外出を担当したために、ダスティンが目にした光景だった。二人の視線が絡んだのは一瞬だったが、確信をもって調べれば、護衛騎士もルイーズの気持ちを察しているらしい。

 婚約者の秘めた気持ちは本人と相手の騎士しか知らない。否、知られていないものだった。調査を報告した家臣も、そうと思って見ていなければ気付かないほど、二人して気を付けていると言っていた。

 きっと侯爵家の中でも知る者はいない。主従の道ならぬ恋は、きっとルイーズの初恋で、そっと一人胸の中の宝箱にしまい込むものだ。

 自分は我慢しているのに、婚約者は見る人が見れば判る程度のお粗末な変装で恋を謳歌した。

 それが無意識に拒否感に繋がっているのだろうと思う。

 もしルイーズが自分の恋を誰かに話したのなら、ダスティンは構わず結婚までの間に思いで作りをすれば良いと伝えるだろう。

 浮名を流されては困る。

 とはいえ恋の一つや二つ、経験するくらいは良いじゃないかと思う。

 愛してない男と結婚するのを、貴族の義務として受け入れるのなら好きにして良いのだ。跡取りを産んだ後でなら愛人として交際するのも構わない。

 よくある貴族の恋愛の形なのだから。

 八つ当たりで拒否されても困るんだがな……。

 そんな気持ちで、先の「顔を合わせるのを止めよう」という言葉に繋がった。

 こちらの我侭で一方的に交流を打ち切ったと誹りを受ければ、相手の非まで自分が被ることになる。

 そんなことは願い下げだといわんばかりに「恋も知らぬままに嫁ぐのが嫌で八つ当たりされている」と、マクガレン侯爵家を辞する直前、貴族らしい遠まわしな表現を使って執事に嫌味を言い、婚約者本人には一つの花束を贈った。一見、婚約者に贈るのにふさわしい雰囲気の、しかし秘めた恋心と道ならぬ恋を臭わせる花を使った。貴族の恋の駆け引きでよく使われる上に、間逆の意味も持つ花を選んだが、ダスティンの嫌味に気付かぬ筈はない。

 もしかしたら警告と受け取ったのかもしれないが、ルイーゼの心の内を知っているのだと伝われば、どちらでも構わなかった。

 暫くしてルイーゼから非礼を詫びる手紙が届き、二人の婚約者としての交流は再開された。
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