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第二話「魔法と図書館」
第二話「魔法と図書館」2
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二人並んで教室に入り、それぞれの席につく。リリーは相変わらず窓際で一人きり本を読んでいた。
始業の鐘が鳴り先生が入ってくる。もうかなりの歳で、髪は真っ白だけど、背はしっかりと伸びている。ときどき私たちに古い魔法の話をしてくれる、魔法を日常的に使っていた最後の世代の子供だった。
「えー」
会話の頭に、えー、とつけるのが癖だ。
「みなさんおはよう。えー、今日は珍しくみなさんに新しいクラスメイトを紹介しようと思います」
先生の言葉で教室がざわめく。
「それって、転校生ですか?」
誰かの声が聞こえた。
「えー、そういうことになりますね」
転校生、という響きは知ってはいても使ったことがなかった。
街に一つしかない学校で、もうこの街に定住しようとする人はほとんどいないから、減ることがあっても途中で子どもが増えるなんていうことは滅多にないからだ。
「入りなさい」
先生がドアに声をかけて、ドアがゆっくりと開く。教室中の期待を浴びて無言のまま入ってきた姿に、私は息をのまずにはいられなかった。
肩まで伸ばした銀色の髪に、夜の入りのような暗い瞳、それはまさに私が昨日見た少年だった。
昨日と違うとすれば彼がうちの学校の制服を着ている点だけだった。制服のフードに彼の髪の先が触れ、小さく揺れる。
街の外の人を良くは知らないけれど、私たちとそれほど顔立ちが違っているようには思えなかった。むしろ、昔撮られた街の写真に出てきそうな、少し古風な顔のような気がした。
彼は教壇に立っている先生の横に並び、軽くお辞儀をした。
「カルミナです」
うつむき気味に、誰とも、もちろん私とも視線を合わせることなく低く落ち着いた声で短く挨拶をした。
「お父さんの都合でしばらくは一人で暮らすことになるから、みんな街のことを教えてあげるように」
先生が付け加える。カルミナと名乗った少年が、その言葉の終わりで微笑んだ気がした。
「じゃあ、そこに座って。授業を始めましょう」
先生が指示をした私の斜め前の席に彼が腰を下ろす。
淡々と授業は進み、教科書を無意識にめくりながら、私は彼を眺めていた。
彼はまだ教科書を持っていないらしく、横のクラスメイトに見せてもらっている。
授業の合間の休憩中も誰も彼に話しかけようとはしなかった。初めてみる転校生、小さな頃からの顔見知りではないという存在に、誰もがどう接していいかわかりかねているようにも思えた。
みんなが好奇心を持ちつつも、距離を取っているのだ。
あるいは、と私は変な疑問を持っていた。
誰も彼も彼を気にしないような空気になっているようではないだろうか。
それにしても、誰も話しかけないのは妙だと思った。
昨日顔を見られたかもしれない私が彼に話しかけたくないと思うのは当然として、いつもの私だったらとりあえず何か質問をしていたのではないだろうか。
彼も先生も、どこから来たのかさえ言っていない。そんなことがあるだろうか。新しいものには飛びつきたくなるユーリでさえ、何も言わない。まるで教室中が誰かに騙されているかのような気分だ。
「おい、ニーナ、ニーナ!」
「えっ?」
昼休み前の休憩時間に、正面にユーリが不機嫌そうに立っていたのに気がつく。
「どうしたの急に?」
「急に、じゃない。ずっと話しかけてたんだぞ」
むすっとした顔で、ユーリが答える。
「そう? ごめん。で、なに?」
ちらりと視界の端で、カルミナが静かに座っているのを確認してからユーリに聞き直す。
「桜の話、もう聞いてるか?」
「桜? ううん?」
そういえば、もう桜が咲き始める季節だったなと思い出す。街のシンボルでもある桜は、街のいたるところに植えられている。ちらほらとつぼみが見られる頃だ。
「校庭に桜があるだろ」
ユーリが窓の向こうを指差す。校舎と街の壁を挟むように校庭があり、壁の側に木が一本そびえ立っているのがわかる。この距離からだともう花が咲き始めているかはわからない。
「あれがどうも変みたいなんだ」
「変?」
「ああ、変な花が咲いてるらしい。あとで行ってみようぜ」
「あ、うん」
私はなぜかカルミナが黙ったままなのを確認してから、ユーリの顔を見直してうなずいた。
始業の鐘が鳴り先生が入ってくる。もうかなりの歳で、髪は真っ白だけど、背はしっかりと伸びている。ときどき私たちに古い魔法の話をしてくれる、魔法を日常的に使っていた最後の世代の子供だった。
「えー」
会話の頭に、えー、とつけるのが癖だ。
「みなさんおはよう。えー、今日は珍しくみなさんに新しいクラスメイトを紹介しようと思います」
先生の言葉で教室がざわめく。
「それって、転校生ですか?」
誰かの声が聞こえた。
「えー、そういうことになりますね」
転校生、という響きは知ってはいても使ったことがなかった。
街に一つしかない学校で、もうこの街に定住しようとする人はほとんどいないから、減ることがあっても途中で子どもが増えるなんていうことは滅多にないからだ。
「入りなさい」
先生がドアに声をかけて、ドアがゆっくりと開く。教室中の期待を浴びて無言のまま入ってきた姿に、私は息をのまずにはいられなかった。
肩まで伸ばした銀色の髪に、夜の入りのような暗い瞳、それはまさに私が昨日見た少年だった。
昨日と違うとすれば彼がうちの学校の制服を着ている点だけだった。制服のフードに彼の髪の先が触れ、小さく揺れる。
街の外の人を良くは知らないけれど、私たちとそれほど顔立ちが違っているようには思えなかった。むしろ、昔撮られた街の写真に出てきそうな、少し古風な顔のような気がした。
彼は教壇に立っている先生の横に並び、軽くお辞儀をした。
「カルミナです」
うつむき気味に、誰とも、もちろん私とも視線を合わせることなく低く落ち着いた声で短く挨拶をした。
「お父さんの都合でしばらくは一人で暮らすことになるから、みんな街のことを教えてあげるように」
先生が付け加える。カルミナと名乗った少年が、その言葉の終わりで微笑んだ気がした。
「じゃあ、そこに座って。授業を始めましょう」
先生が指示をした私の斜め前の席に彼が腰を下ろす。
淡々と授業は進み、教科書を無意識にめくりながら、私は彼を眺めていた。
彼はまだ教科書を持っていないらしく、横のクラスメイトに見せてもらっている。
授業の合間の休憩中も誰も彼に話しかけようとはしなかった。初めてみる転校生、小さな頃からの顔見知りではないという存在に、誰もがどう接していいかわかりかねているようにも思えた。
みんなが好奇心を持ちつつも、距離を取っているのだ。
あるいは、と私は変な疑問を持っていた。
誰も彼も彼を気にしないような空気になっているようではないだろうか。
それにしても、誰も話しかけないのは妙だと思った。
昨日顔を見られたかもしれない私が彼に話しかけたくないと思うのは当然として、いつもの私だったらとりあえず何か質問をしていたのではないだろうか。
彼も先生も、どこから来たのかさえ言っていない。そんなことがあるだろうか。新しいものには飛びつきたくなるユーリでさえ、何も言わない。まるで教室中が誰かに騙されているかのような気分だ。
「おい、ニーナ、ニーナ!」
「えっ?」
昼休み前の休憩時間に、正面にユーリが不機嫌そうに立っていたのに気がつく。
「どうしたの急に?」
「急に、じゃない。ずっと話しかけてたんだぞ」
むすっとした顔で、ユーリが答える。
「そう? ごめん。で、なに?」
ちらりと視界の端で、カルミナが静かに座っているのを確認してからユーリに聞き直す。
「桜の話、もう聞いてるか?」
「桜? ううん?」
そういえば、もう桜が咲き始める季節だったなと思い出す。街のシンボルでもある桜は、街のいたるところに植えられている。ちらほらとつぼみが見られる頃だ。
「校庭に桜があるだろ」
ユーリが窓の向こうを指差す。校舎と街の壁を挟むように校庭があり、壁の側に木が一本そびえ立っているのがわかる。この距離からだともう花が咲き始めているかはわからない。
「あれがどうも変みたいなんだ」
「変?」
「ああ、変な花が咲いてるらしい。あとで行ってみようぜ」
「あ、うん」
私はなぜかカルミナが黙ったままなのを確認してから、ユーリの顔を見直してうなずいた。
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