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三年生 リップクリーム
しおりを挟む「先生の唇って、きれい」
いつも、赤い口紅。なんて言うのかな。真っ赤じゃなくて、少し薔薇色のような。
「お化粧してますから。大人は」
他の先生も、してるけど。先生の、薄くてきれいな形の唇が、一番すてき。
放課後の保健室は、静か。私は先生の椅子に座って、私専用にしてくれた青いカップで、白湯を飲んでいる。
先生はベッドの片付けや、次の日の支度をしている。
「あなたも、お休みの日はお化粧するんですか」
「たまに……。でも、へたくそだし」
メイク動画とか見ても、あんまり参考にならない。私の目はでっかくて、アイシャドウをするとケバくなっちゃうし、口紅は、どういう色が合うのかよく分からない。相談するような友達も、いない。
カーディガンのポケットからリップを出して、塗る。スースーする、よくあるやつ。お小遣いは少ないから、ママが五本パックで買ってくる中から貰ってる。
「終わっちゃった。これ、燃えるゴミでいい?」
「いいですよ」
ゴミ箱に、ぽんと投げる。入らない。使い切ったリップが転がる。
「お行儀の悪い。使い終わったものにも、優しくしなくては、だめ」
「そうなの? はぁい」
保健室でえっちな事して、職業倫理、ないくせに。先生は先生だから、私にたまに、お説教をする。
先生は、リップを拾って、ゴミ箱に入れる。
「次のリップクリーム、ありますか。スースーするのが、好きなの?」
「別に、好きじゃないよ。あれしか家にないんだもん」
五本で二百九十八円のやつね。中学生とか、大人の男の人がよく使うやつ。クラスの子は、もっと色がつくかわいいやつを使ってる。
「もし、嫌じゃなければ。私と同じの、使いますか」
「えっ。口紅?」
「口紅は、まだ早いでしょ。リップクリーム。合わなくなければ」
先生は、お化粧ポーチを持ってくる。黒の、小さいポーチ。そこから、四角い細身のピンクのリップを出す。
「ちょっと、試してみる?」
「うん」
リップの先を、ティッシュで拭う。気にしなくていいのに。
「塗ってあげます。唇、少しだけ開けて」
なんか、恥ずかしい。私は目を瞑る。
まずは、上唇に。それから、下唇を、往復。いい香りのリップを、塗ってもらう。
「ぴりぴりしたり、しない? 鏡、どうぞ」
「ぴりぴり、してない」
手鏡を見ると、ほんの少しピンクがかって、つやつや過ぎないけど、少しだけ光る唇になっていた。
「あっ、なんか、カワイイ……」
ふふっと、先生がほほえむ。
「違うよ、私が、じゃなくて、リップの色がかわいいの」
「リップを付けた、あなたがかわいいんです」
先生は、せっかくリップをつけた唇に、キスをする。 私も、背中に腕を回す。ぎゅっとする。
「キスしても、色はすぐに取れません。淡いピンクだし、これくらいの色付きは、大丈夫」
そう言って先生は、さっき付けたリップの、まだ開いてないビニール付きのをくれた。
「これ、デパートで買うやつでしょ。もらえないよ」
駅の近くのデパートで、見たことあるブランド。買い物に行った時、ママが、「ここのクリーム、使ってみたいな。六万円。消費税だけで六千円」って言ってたブランド。
「いいの。買い置きの分だから」
先生は、私の手にリップを握らせる。私は、首をぶんぶん横に振る。
先生は、リップを握らせた私の手を、上からまたぎゅっ、とする。
「買い置きじゃなくて、ほんとうは、あなたにあげたかったの。お揃い、いやですか」
「いやなわけ、ないじゃん……。でも、お返しとか、できないし。もらいっぱなしになっちゃう」
「お返し、貰いますよ。ここに来てリップを付けたら、キスで返して。できそうですか?」
そんなの、毎日やってる。お返しでも、なんでもないよ。私はありがとう、先生大好き、と言って、すてきなリップをもらった。
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