1 / 1
月と桂
しおりを挟む
「あ……もう出てる」
「何がだっけ?」
「ほら、キンモクセイの、限定の」
「ああっ! えっ、もうそんな季節?」
気付かなかった。不覚!
キンモクセイの香りは、好き。
毎年、夏の終わりの頃になると、デパートとかバラエティショップでたくさん見かける。
ママに「キンモクセイ、いいよね」って前に言ったけど。ママは「ばあちゃん家のトイレの芳香剤のイメージしかないなぁ」って。
悪気は全然ないと思うけど、なんかちょっとムカついて、ママの大切にしてる高い香水を、ファブリーズみたいに部屋で十回シュッシュした。私には、ママの香水の方が変なにおいだよ、お線香みたいで。って思った。
「美月、キンモクセイ、好きなんだ」
ちょっとだけ……、いや、結構嬉しい。このかわいい同級生、大好きな友だちの美月と、センスがおんなじだって事が。
私は小学生くらいの頃から、キンモクセイの香りが好き。
去年は初めてのバイト代で、ヘアミルクやら、ボディクリームやら、色々買ってしまった。限定品が多いから、使い終わるとリピはできなかったけど。
私の髪は湿気をよく吸うふわふわの毛質で、しかも結構長いから、ヘアミルクは何本か買っとこうって思ったんだった。
「うん。昔は良さが分かんなかったけど」
美月は、キンモクセイコーナーのアイテムを吟味する。ここのお店は大きいから、品数も充実している。
「ほう。私は結構、昔から好き。おばあちゃん家的な」
ばあちゃん家のトイレの芳香剤……。ママが変な事いうから、思い出しちゃったじゃん。くそー。
私は、テスターの小さな黄色い香水を手首にスプレーする。いい香り。全然、トイレの芳香剤じゃないし。
美月はおばあちゃん家か、なるほど、なるほどと言いながらレジへ向かう。
「今年は私、どこのやつにしようかな。色んなブランドから出てるから、ちょっとずつ香りが違って楽しいんだよねえ」
お店を出て、並んで歩く。
美月は、前を向いたまま言う。
「キンモクセイのはね。去年から好きになったの」
「へえ? 去年。いいね。大学入って、目覚めたんだ」
私たちは、大学の同級生。
学籍番号が前後ろで、すぐに仲良くなった。
美月はかわいくて、頭良くて、大好き。まつ毛が長くて、ふとした時、本当に美少女だなあって思う。
「すっごくいい匂いで、好きになっちゃった……かも」
「かもて」
そこは、好きになっちゃった、えへ、でいいじゃん。可笑しくなる。ヘンな言い方。かわいいなあ。
「桂の髪の毛が、隣で、すっごくいい匂いだから」
「髪の毛? あ、ヘアミルクかな。私の髪、水分吸うから。ほわほわパサパサしちゃうから、結構つけてたの」
おかげで、すぐ使い切っちゃったよ。そう続ける私の方を見ないで、美月は言う。
「いい匂い、するし。好きになっちゃった」
「髪の毛? それとも、私? なんてね。へへ」
笑ってしまってから、美月の声が、小さくなってる事に気付く。歩くのも、ちょっとだけ早い。いつもより。
後ろから見える、耳が赤い。小さい声が続ける。
「好きになっちゃったんだもん……」
「おぁ……」
わ……私だったぁ……。
「だ、だから、これ。桂は髪の毛ふわふわで、いい匂いで、かわいいから。ヘアミルク……。キンモクセイの。これ、つけて」
えっ。
美月は、さっきのお店のお買い物袋を私に押し付ける。
「そんな、そんな、誕生日でもないのに。悪いよ。これ、超いい香りじゃん。自分で使いなよ」
美月は、首を横に振る。耳だけじゃなくて、ほっぺも赤い。
「これだけじゃ、違うの。足りないって言うか」
「足りない?」
「か……桂の髪の毛からするキンモクセイの匂いが、好きなの。混ざって、ふわっとして、すごく……いい匂いになるから」
こ……この! かわいすぎるだろ!
なんて返したらいいか分からなくて、私はカキーンと固まる。多分、私も真っ赤になっている。
通路の真ん中で固まる私を、よいしょ、と端にずらして、美月は顔を近付ける。
「桂とキンモクセイの混じった匂いで、秋になるの」
し……詩人? なんかもう、なんて答えたらいいか分からない。
「明日から、つけてね。秋にして。……それじゃ、また明日」
美月は耳を真っ赤にしたまま、エスカレーターを駆け降りていった。
とんでもねぇ……重責。私が、キンモクセイと一緒に、美月の秋になる。
私は美月からもらったお買い物袋を握りしめる。
どきどきして体温が上がっちゃったのか、手首に付けたキンモクセイの香水の香りがふわっと立ち上った。
「何がだっけ?」
「ほら、キンモクセイの、限定の」
「ああっ! えっ、もうそんな季節?」
気付かなかった。不覚!
キンモクセイの香りは、好き。
毎年、夏の終わりの頃になると、デパートとかバラエティショップでたくさん見かける。
ママに「キンモクセイ、いいよね」って前に言ったけど。ママは「ばあちゃん家のトイレの芳香剤のイメージしかないなぁ」って。
悪気は全然ないと思うけど、なんかちょっとムカついて、ママの大切にしてる高い香水を、ファブリーズみたいに部屋で十回シュッシュした。私には、ママの香水の方が変なにおいだよ、お線香みたいで。って思った。
「美月、キンモクセイ、好きなんだ」
ちょっとだけ……、いや、結構嬉しい。このかわいい同級生、大好きな友だちの美月と、センスがおんなじだって事が。
私は小学生くらいの頃から、キンモクセイの香りが好き。
去年は初めてのバイト代で、ヘアミルクやら、ボディクリームやら、色々買ってしまった。限定品が多いから、使い終わるとリピはできなかったけど。
私の髪は湿気をよく吸うふわふわの毛質で、しかも結構長いから、ヘアミルクは何本か買っとこうって思ったんだった。
「うん。昔は良さが分かんなかったけど」
美月は、キンモクセイコーナーのアイテムを吟味する。ここのお店は大きいから、品数も充実している。
「ほう。私は結構、昔から好き。おばあちゃん家的な」
ばあちゃん家のトイレの芳香剤……。ママが変な事いうから、思い出しちゃったじゃん。くそー。
私は、テスターの小さな黄色い香水を手首にスプレーする。いい香り。全然、トイレの芳香剤じゃないし。
美月はおばあちゃん家か、なるほど、なるほどと言いながらレジへ向かう。
「今年は私、どこのやつにしようかな。色んなブランドから出てるから、ちょっとずつ香りが違って楽しいんだよねえ」
お店を出て、並んで歩く。
美月は、前を向いたまま言う。
「キンモクセイのはね。去年から好きになったの」
「へえ? 去年。いいね。大学入って、目覚めたんだ」
私たちは、大学の同級生。
学籍番号が前後ろで、すぐに仲良くなった。
美月はかわいくて、頭良くて、大好き。まつ毛が長くて、ふとした時、本当に美少女だなあって思う。
「すっごくいい匂いで、好きになっちゃった……かも」
「かもて」
そこは、好きになっちゃった、えへ、でいいじゃん。可笑しくなる。ヘンな言い方。かわいいなあ。
「桂の髪の毛が、隣で、すっごくいい匂いだから」
「髪の毛? あ、ヘアミルクかな。私の髪、水分吸うから。ほわほわパサパサしちゃうから、結構つけてたの」
おかげで、すぐ使い切っちゃったよ。そう続ける私の方を見ないで、美月は言う。
「いい匂い、するし。好きになっちゃった」
「髪の毛? それとも、私? なんてね。へへ」
笑ってしまってから、美月の声が、小さくなってる事に気付く。歩くのも、ちょっとだけ早い。いつもより。
後ろから見える、耳が赤い。小さい声が続ける。
「好きになっちゃったんだもん……」
「おぁ……」
わ……私だったぁ……。
「だ、だから、これ。桂は髪の毛ふわふわで、いい匂いで、かわいいから。ヘアミルク……。キンモクセイの。これ、つけて」
えっ。
美月は、さっきのお店のお買い物袋を私に押し付ける。
「そんな、そんな、誕生日でもないのに。悪いよ。これ、超いい香りじゃん。自分で使いなよ」
美月は、首を横に振る。耳だけじゃなくて、ほっぺも赤い。
「これだけじゃ、違うの。足りないって言うか」
「足りない?」
「か……桂の髪の毛からするキンモクセイの匂いが、好きなの。混ざって、ふわっとして、すごく……いい匂いになるから」
こ……この! かわいすぎるだろ!
なんて返したらいいか分からなくて、私はカキーンと固まる。多分、私も真っ赤になっている。
通路の真ん中で固まる私を、よいしょ、と端にずらして、美月は顔を近付ける。
「桂とキンモクセイの混じった匂いで、秋になるの」
し……詩人? なんかもう、なんて答えたらいいか分からない。
「明日から、つけてね。秋にして。……それじゃ、また明日」
美月は耳を真っ赤にしたまま、エスカレーターを駆け降りていった。
とんでもねぇ……重責。私が、キンモクセイと一緒に、美月の秋になる。
私は美月からもらったお買い物袋を握りしめる。
どきどきして体温が上がっちゃったのか、手首に付けたキンモクセイの香水の香りがふわっと立ち上った。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18百合】会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています
千鶴田ルト
恋愛
桜庭ハルナは、会社の先輩社員である月岡美波と付き合っている。
問題なく仲良く過ごしていたが、四月になり美波が異動して、色々と状況が変わってきた。
ハルナと美波の関係性はどうなっていくのか。
「会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました」https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/4808951
の続編です。
同じ二人の物語ではありますが、少し仕事の面が増えてきて毛色が変わるかもしれません。
前作よりも性的シーンは減るので、性的シーンありの話数には「※」をつけます。
※タイトル画像はAI生成です
【ショートショート】雨のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
『明日から、つけてね。秋にして。』という台詞にはゾクッときました。