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学園編・前編
第33話〜戦う理由〜
しおりを挟むライ、リリア、ルビア、ベラの四人が各々の役割をこなしている最中、場所を三つに分けた戦いが行われていた。
「っ…それだけの強さがあって何故曙の勇者の二番手に甘んじているの…!」
剣速だけでいえば決してアリシアに引けは取らないシオンが苛立ちながら鋒を向けるが悠然と佇むアリシアは力の神であるクラトスをその身に降ろした状態で金色の髪を揺らし剣を振り抜く。
「…ボクは誰の二番手に甘んじているつもりは無いですよ、そもそも……いえ、今の貴女には言葉よりも剣の方が届きそうだ」
アリシアの目に映るシオンは有り得たかもしれないもう一人の自分自身であった、シオンの剣から自由を勝ち取ろうとする確固たる意思とその先に待つ未来に対する覚悟を読み取ったアリシアは、五年前にただ運命という二文字の下に生命を絶たれようとしていた幼き頃の自分自身とシオンが何時の間にか重なっていた。
だからこそ、この目の前の女性に道を示すのはあの日自身と同い歳である小さな勇者に救われた自分自身の役目であり、彼(ユウキ)の役割だろうと片刃の刃にありったけの剣気を纏わせ文字通り、大地を抉り割る力を以て剣を振り抜き巨大な斬撃の波を作り出す。
「魔心流 漆ノ秘剣・斬馬(ざんば)ッ!」
「ッ…こんな、ところで……!」
即時に無属性魔法である障壁を五重掛けするがその悉くを呑み込み術者本人であるシオンの華奢な身体を吹き飛ばす。
「……私も、私自身の運命を呪った事はあります、勇者になんてなりたくなかった。
──けど、どんなに呪ったとしてもそれすら私自身の一部だし何より勇者という立場は彼(ユウキ)との絆だから…私は私から逃げる事はしませんよ、シオンさん」
「…ほんとうに…癪に障るわ…あなた…、…けど、…その強さがうらやま…し……い…」
勇者の剣の下、先代大魔王の娘である魔眼の姫君は倒れ伏す。
然し、その結果は絶望や怨恨というもの招くものではない、未来に絶望し自由の先に死を望んだ魔姫の心には朧気ながら見据えるものが見えた瞬間であった。
----------------
「中々粘るねぇ、偽物(エリス)ちゃん?」
「はぁ…は…っ…」
歌を口ずさむ唇が吐息を乱しながらも目の前の相手(レナ)を見据えるエリス、純粋な拳闘家としての力量的にはレナは数段格上の相手であったがそれでも渡り合えていたのはルビア・ベラペアの援護と負けたくないという想いの強さか。
「…私(レナ)より後からユーくんに出逢った癖に何でそこまで粘るの?諦めれば楽になるのに」
そこにあるのは苛立ちか、はたまた純粋な疑問か…狐の面越しから妖しく光る青紫の瞳は目の前で弟(ユウキ)の為に時間を稼ぐエリスという存在が解らないとばかりに小首を傾げている。
「…ユーくんは…泣き虫なの…」
「……」
振り被る拳の軌道を難無く逸らすレナではあるが追撃はしない、あくまで力量差を見せ付けた上での勝利に拘っているのか、それとも別の目的があってかは定かでは無いがエリスは拳を繰り出し続ける。
「…エリスが居ないと…ずっと泣いたままなの……でも…!」
「………」
語られるのはユウキが初めてレオニダス夫妻に拾われた頃の記憶、エリスが3歳の頃の想い出だ。
「……あの日から…エリスはユーくんのお姉ちゃんだから…ひとりじゃなくなった…!」
「…っ…」
繰り出される拳に勢いと力が増す、鋭く、重く…速い拳は音速の域を超え次第にレナの身体を捉え始める。
「……返してよ…」
遂には逸らし切れず掌で受け止めるレナは小さく、エリスに聞こえる様に呟く。
彼女の人生は正しく争いの歴史だったのだろう、両親を理不尽に奪われ、弟は自身が日陰の道を歩いている間に日向の道を歩いていた。
…無論、それだけでは無い何か世界の根底に関わる気配を感じさせながらも、確かにレナの唇は…否、魂は返して欲しい、と叫ぶ。
それは、もう二度と戻らない両親との日常も含まれているのだろう…エリスの頬を殴る拳は僅かに震えているがエリスはその拳を掴むと額で面に頭突きを入れる。
「……やだ…ユーくんはもうレナだけのユーくんじゃない…!」
「…この、偽物がッ!!」
面は真っ二つに割れ濡れ羽色の髪を揺らし青紫の瞳を動揺の色で揺らす少女の顔が顕になる、確かな膨らみを揺らしながらエリスの鳩尾に光速にも届き得る速度で拳を繰り出すも、それこそがエリスの狙いだと言わんばかりに先程迄レナにされていた様に拳を受け流しつつ、逆にエリスは鳩尾目掛け肘鉄を繰り出した。
「…魔身流…禄ノ秘拳 巳剋(みこく)…ッ!」
「かは…ッ!」
感情任せの一撃だった為に反応が遅れたレナは自身の力を二倍にされ返される、無論彼女も相応の実力者だ、瞬時に全身に纏っていた魂合(こんごう)を回しダメージを最小限に抑えるもそれ以上に自身より格下であるエリスにダメージを与えられた、という事実が彼女の精神を揺さぶる。
「…やれやれ…気を付けてはいたんだけど“また”この技にしてやられるとはねぇ…
──けど、漸く実った…、次は止められるかなぁ…」
「…また…?…エリスは貴女の事知らない…でも、貴女はエリスを知ってる…?」
口の中を切ったのだろう、口端から血を流しながらも愉しげに笑うレナにエリスは違和感を覚える。
何故なら、交わした拳が目の前のレナという少女が言動以上に正直者である事は同じ魔身流を体得しているエリスが一番理解しているのだから。
「……その内解るよ、…ユーくんを本当の意味で救いたいならどうする事が一番なの…か…」
「……それでも、エリスは…ユウキを愛してるから…」
お互いに受けたダメージが大きかったのか縺れ合う様にして倒れ込む二人。
片や救う為に滅そうとする実姉(じっし)
片や、護り育んできた義姉(ぎし)
…彼女達の物語が絡み合うのも、そう遠くない未来なのかもしれない。
----------------
「神歌のバックアップもあるとはいえ体術も中々どうして…」
文献にあるよりも数倍から数十倍まで上昇しているセチアの筋力に任せた斬り付けを神剣の平で受け流し時に巻き取る様に巧みな手技を見せるが上手く切り替えされる、短剣による斬撃に蹴り技を織り交ぜた体術は前世の軍隊格闘に良く似ていた。
「うふふ…お爺様や父様に習ってましたの、だけどこれは私のオリジナルですわ…!」
短剣を交差したと思えば膨大な迄の光属性の魔力が渦巻き十文字に交差した状態で振り下ろされる。
「グランドクロス…ッ!」
「ッ…良い技だね、少し手が痺れたよ」
野良ドラゴン程度なら今ので身体を四分割され絶命していよう技を受け止める、受け流す事も考えたがあらぬ方向に技が飛んでも困る。
「~ッ!今のは私のとっておきでしたのよ?」
「……そっか、でも今の君では私には届かないよ。──あの日、名前も知らない様な村人達や精霊を鎮めた神歌を歌った君より今の君の方が明らかに“弱くなってる”んだから」
ありのままの感想を紡ぐ、確かに神歌で底上げ出来る能力は飛躍的に成長したのかもしれない。
だけど、あの日思わず聴き惚れた心の強さに比べたら今のセチアは弱くなっている……そんな彼女の剣技では私は絶対に傷を負う事はない。
無論、今の一言でセチアは今まで以上に攻撃の攻め手を激しく、手数ではなく多少大振りになってきたが難無く受け止めては受け流し、彼女と向き合う。
「なんで…なんで届きませんの…ッ!」
「…届いてるよ、君の心は…傷付けてごめん、解ってあげられなくてごめん…」
泣きじゃくり駄々を捏ねる様に延々と全身のバネを使って斬り付けてくる短剣を受け止め、その度に流れ込んでくる彼女の心の叫びは私の心に流れ込み…
───そして、その叫びは彼女が授けてくれた力を呼び覚ます。
----------------
私は何時の間にか泣いていました、目の前で私から視線を逸らさず真っ直ぐに受け止めてくれる殿方に何度も何度も刃を振るいながら。
アリシアさんの様にひたむきに彼(ユウキ)を想える強さが欲しかった。
エリスさんの様に身体を張ってでも彼(ユウキ)を護る強さが欲しかった。
生まれて初めて、好きになった人に必要とされたかった…!
(あぁ、…私は……)
ただ、この方の傍に居たかったのだ…それなのに何故私は彼を害そう等と…!
「……ユウキ…さま……」
ポロポロと溢れ出す涙が止まりません…私は、好いてる人になんて事を…!!
ドクンッ!!
「ぁ……っ…」
私を呑み込んでいた悪しき意思が私の中から抜け出し私の意思が解放される代わりに酷い倦怠感を覚えます。
━━━━━━ッッ!!
「セチアッ!く…っ!」
その姿はまるで、聖書の中にのみ存在を語られる巨神の様な姿をしていました。
同時に、私を庇う様に覆い被さり巨神が崩した瓦礫に呑まれるあの御方(ユウキ)の姿も…朦朧とする意識の中で私が見た最後の光景でした。
----------------
「な、なななっ!何だあれはーーッ!?」
実況席を始め観客席は大パニックを起こしていた、それもその筈だ。神話の中にのみ存在を確認出来る巨神が戦闘中に選手の内側から姿を現したのだから。
逃げ惑う人々を誘導する教師陣、理事長室で試合を観戦していたファラ達も逃げ遅れた人々の救護に回っている。
「ち、何なのだあれは…さっきからタルタロスがあれに共鳴している…!」
「…巨神族(ティターン)まさか実在するなんて…」
便宜上ティターンと呼び名を付けるソフィアであるがあながち間違いでも無い、それ程に一般的な巨人族とは一線を画す程に巨大で尚且つファラの神鎧であるタルタロスに共鳴しているのが証拠だ。
「セチア…!」
「いけない!イレーナ!戻ってくるんだ!!」
愛娘の内側から現れた巨神に恐慄くよりも先に娘の安否を気遣い駆け出すアレクシアであったが闘技場の崩落により落ちてきた天井に阻まれる形で後を追おうにもそれが叶わぬ状態に追いやられる。
あわや直撃、という処でこの場に居る全員の頭上には亀の甲羅の様な多面体の頑強な結界が張られ事なきを得る。
───まるで、全てを護るという理想を追い求め走り続けてきた意思が具象化した様に。
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