上 下
22 / 60

19.それぞれの想い

しおりを挟む
「ただいまセレス」
とりあえずジェイクをダイニングルームへ通そうと、扉を開けるとセレスが1人テーブルにお菓子を広げて紅茶を淹れようとしているところだった。

「ああ、お帰り!ちょうどお茶にしようとしていたところだ。お前たちもどうだ?」

セレスのいつもと変わらない対応に心底ほっとする。
「ありがとう。じゃあ、カップを用意するわね」
ジェイクは座ってて。と言って、私は荷物を置き、カップを2人分持ってくる。
この家に来てから、自分でお茶を淹れるようになって、セレスも随分と手際よくお茶を淹れてくれるようになった。
彼女が紅茶を注いでくれるのを見ながら、私はカバンから包みを取り出す。

「それで。今日はどこへ行ってきたんだ?」
紅茶を注いだカップを私とジェイクの前にそれぞれ置きながらセレスが訊いてくる。
その言葉にジェイクが私に視線を向ける。
私から言えということなのだろう。

「…えっとね。その前にこれ」
受け取ってとセレスの前に包みを差し出す。
「何だ?」と問うセレスに事情を説明する。

「いつも気にかけて良くしてもらっているお礼。セレスがいてくれて本当に心強くて、安心して過ごすことができてるから。だから今日はセレスへのプレゼントを買いに行ってきたの」

私の言葉にセレスは目を丸くして、包みと私を交互に見やる。
「気にするようなことではないのに。だが、ありがとう。開けてもいいか?」
セレスの問いに「もちろん」と答えると、彼女はスルスルと包みを開いていく。
そして中身を見ると凄く意外そうな表情を浮かべる。

「翡翠の髪飾りよ。翡翠は災いや不運から持ち主の身の安全を守ってくれると言われる石でね。セレスはまたいつか旅に出るんでしょ?お伴に連れて行って?きっと貴方の金髪に凄く似合うわ」

私がそう言うと、セレスは髪飾りから視線を上げ私を見つめる。
「…ルイーズ。ありがとう!まさかこんな私に髪飾りを贈ってくれるとは思わなかった。大切にする」
嬉しそうに微笑み、髪飾りを大事そうに手に取り眺める彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
そんな彼女に今度はジェイクが包みを差し出す。

「これは俺からだ。ルイーズを護ってくれて感謝している」

差し出された包みに、セレスは手に髪飾りを持ったまま、目を大きく見開いて完全に固まってしまった。
「セレス?」
私が遠慮がちに声をかけると、彼女はようやく我に返ったように髪飾りをテーブルに置き、ジェイクが差し出した包みを受け取った。

「あ、ありがとう。開けても?」
ぎこちない様子で確認を取りジェイクが頷くのを確認して包みを開ける。
中から出てきたのはオニキスを編み込んだ皮ひものブレスレットだった。
セレスはブレスレットをそっと手に取り、反対の手首に通す。紐を締め、手を目の高さまで上げブレスレットをキラキラした瞳で見つめる。

「ありがとうジェイク。大切にする」

キラキラした瞳のままお礼を言うセレスが、本当に嬉しそうで、少し複雑な気持ちになる。
気になってジェイクへと視線を向けてみても、彼の表情に特に感情の動きは見られない。

ジェイクはセレスのことをどう思っているのだろう…。

考えてしまったその思考に、池の畔での彼の顔が浮かび、胸が酷く痛む。
誤魔化すように紅茶に口をつけ、意識してゆっくりとカップをソーサーに戻し、セレスに笑いかけた。
「素敵ねセレス。よく似あっているわ」

私の言葉に、彼女は紅潮した頬のまま花のような笑みを浮かべ私へ振り返った。
「ありがとうルイーズ。髪飾りもブレスレットも、こんな女の子らしいものを贈ってもらうなんていつ以来か分からない。本当に嬉しいよ。ルイーズ、ジェイク、ありがとう!」

セレスは本当に素直で、大人で、優しくて、可愛くて…。
私はそんな彼女と比べて自分が酷く醜く感じられて哀しくなってくる。
20歳まで生きて、私は一体何をしてきたんだろう…。
私は彼女のように真っ直ぐに生きられない。
自分が生きていくのに精一杯で、誰かに助けられてばかりで…。
そんなふうに考えて、どんどんと気分が落ち込んでいく。

私は小さく頭を振ると「喜んでもらえて嬉しいわ」とセレスに笑みを返し、続けて、精一杯の笑顔を浮かべてジェイクへ声をかけた。

「ジェイク、一日付き合ってくれてありがとう。夕飯を用意するから食べていってね。できればセレスがいてくれる間は休みごとに一緒に食事ができると嬉しいのだけど」

そう言って、私は返事を待たず台所へと向かった。


 ***********************************************************


「で、ルイーズとは進展があったのか?」
ルイーズが食事の支度をする為に部屋を出て、扉が閉まるのを確認した途端、セレスはジェイクへと問いかけた。
突然の問いかけにジェイクは硬直してしまう。

何と答えていいものか思案して、口から出た言葉は「…いや…」という一言だけだった。

「ジェイク。私は諦めるつもりはないが、ジェイクの気持ちはわかっている。そして、ルイーズの顔を見れば何かあったんだろうくらいはルイーズみたいな力がなくても分かる」

そこまで言って一口紅茶を飲むと、改めてジェイクへ視線を向ける。

「…こじれる前に何とかしてやれ」

そう言うと「私は暫く部屋に籠っている。片付け頼んだぞ」と言い残してセレスはダイニングルームを出て行った。

セレスの後ろ姿を見送って、ジェイクはテーブルに肘をつき手を組むと、その手に額を押し当て項垂れた。
「…はぁ…」
大きくため息をついて、顔を上げ、テーブルに残されたティーセットに目をやる。
組んでいた手を外し、片手の指で額を支え、そのまま暫く考え込む。

やがて決心がついたように立ち上がると、ティーセットをトレイに纏め、ジェイクは台所へと足を向けた──。


 ***********************************************************


ダイニングルームを出て真っ直ぐに台所へと向かう。
何を作ろうかと意識的に考えながら台所へ入り、最奥の収納庫の前に立つ。
収納庫の扉を前にして立ち止まり──。
どこを見るでもなく、何をするでもなく、ただ茫然と立ち尽くしてしまった。

振り払った思考が蘇る。

私は独りでは何もできない──。
セレスのように強く、優しく、人を思いやり生きることもできない。
ジェイクのように誰かの支えになってあげられるような人間でもない。
料理や家事はできても、他人ひとと上手く係わりをもてない。
生まれ変わっても…結局、誰かに愛してもらえるような人間にはなれないんだ…。
前向きに生きようと思っても、この卑屈な考えも捨てられない。

私は収納庫の扉に額をつけもたれかかる。
瞬きをすれば、ポタリと雫が落ちた。

何より──。
こんな力があるせいで、大切な人の傍にいるのが怖いなんて──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

処理中です...