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第2章 旅立ち
ニゲルの力
しおりを挟む「…ニゲル。沢で約束した事を覚えているね?」
沢で約束した事。
数日前のことなのに、色々な事があってずいぶん前のことのように感じられる。
「うん」
サフィラスはニゲルが頷いたのを見て、懐から小さな紙切れをだした。
あの日、約束した時に見せてもらった、汚れて黄ばんでいる紙だ。
サフィラスは丸まったままの、紐で縛られているそれを、ニゲルに差し出しだす。
受け取ると、黒いひもに指がふれて、ガサガサしたかたい表面を思わずなでる。
動物の皮のようだ。
「あの時、私は君がこの先、力に目覚める日が来る事を全く予想していなかった。君からそのような気配がなかったからね。だから、魔法を習いたいと言われても、おそらく40日そこそこで習得は難しいだろうと思った。出来たとしても、ロウソクに火をつけたり、風を吹かしたり、そんな程度だろうと」
「…けはいって?」
「普通、魔法士になる素質がある者は、早くからその力に目覚めている。小さい頃から炉の火を燃え上がらせたり、植物を生やしたりね。私のような者には、そういった目覚めの最中にある者が集めたアダマが、その人の周りに陽炎のように渦巻いたりゆらめいたりしているのが見えるんだよ。けど、君には全くその兆候はなかった」
「あのさ、さっきから言ってるアダマってなに?」
「アダマとは、万物を形作るもの、あるいは、その正反対にある物、その全ての総称だよ」
「どういういみ?それ」
「物事に表と裏があるように、全ての現象には相反する性質がある。光があれば影があるように。生と死もそうだ。そして、魔法におけるその代表例が、モノを生み出す創造と、破壊だ。アダマは、創造と破壊を生み出す」
「…うーん…新しく作るのと、壊すのを同じようにできるモノってこと?」
「そうだな。まあ、アダマとはその正反対の2つがコインの表裏のように一体となって存在するというモノなんだ。この目に見えない魔法の素は、この世界の万物、自然に宿っている。そしてその自然から発生した人間や花や草、動物、建物、虫でさえ、何もかも、目に見える物体、それら自然の創造物が存在すると同時に、それを打ち消す働きをする破壊物も、アダマの一つの要素としてこの広い自然世界に存在しているって意味だよ」
「…なんだか全然わからないよ」
「…そうだな。むずかしい。しかし、この世には目に見えるものと同じくらい目に見えないもので溢れているのはわかるだろう?…例えば空気。何もないのに、息が吸える。でも、本当に何もなければ、吸い込めるものもないはず。つまり、空気は目に見えないけど、沢山のものが飛び交っているんだ。音もそう。目に見えないけど、たしかに耳に届くだろう?」
「確かに…」
「そして、おなじように目には見えないけど、この世界にはアダマというものもあるんだ。それは、すごくすごく小さな粒で、稀な存在なんだ。そしてそのアダマの中には、この広い夜空の向こう、はるか宇宙の彼方から、力のある者に引き寄せられてやってきて、物質を壊す働きをするものがあるんだ」
「宇宙から、引き寄せられて、やってくる…」
ニゲルの呟きに、サフィラスはうなずく。
「そう。その引き寄せる力を、アダマの吸収力と呼ぶ」
夜空の向こうに。
そんなものがあるのか…。
「特にニゲルの場合は、宇宙の闇に存在する破壊のアダマの吸収量が桁違いに多い。これは、魔法士の中でもかなりまれな事なんだよ。破壊のアダマは万物に宿る創造のアダマよりずっと集めるのがむずかしい。それほどこの世界に存在していない事が魔法士による吸収をむずかしくしている理由だろうけれど、実際、破壊のアダマを集められる人も今の世の中にはいないだろう。はっきり言うと、私でさえ、不得意だよ」
「僕にそんな力があるっていうの?そんなの勘違いだよ」
「いいや、勘違いなんかであの石は割れないよ」
「…けど、ただのほたるいしだよ…」
「確かに蛍石だ。けれどウエンの持っていた蛍石はウエンの力が込められていた。彼が石に集めるアダマはとても多い。……彼はね、今は隠れているけれど、本当は魔法士なんだ」
「えっ」
「これは、ニゲルと私の秘密だ。誰にも言ってはダメだよ。ここの子供達にもだ」
「わかった…」
サフィラスは一つのため息をつくと、さらに続ける。
「魔法士は自然物に散るそのアダマの力をまとめて留める事が出来る。石や、土、木、水、あるいは鉄や鋼などの鉱物、自然界にある物には、長い年月をかけて備わった力が宿っているから、魔法士はそれを吸収して、内在量を増やしたり出来るわけだ。…つまりウエンの場合だと、石に含まれるアダマに他から吸収したアダマを足したり、あるいは減らしたりして道具にするんだ。彼は鉱物や土に関する魔法士だから、例えば土の場合、地中深くにある巨大なエネルギーを呼び起こして、地割れや砂嵐を起こしたり、一ヶ所に集めたアダマの力で、かべのように土を持ち上げて隆起させたりする。石の場合は、溶岩のように熱くしたり、逆に氷のように冷やしたり、発光性の石ならば、太陽のように明るくしたり、あるいは爆発させたり、目もくらむような火花を生んだりもできる」
「…すごい!そんな事ができるんだ…」
「そうだよ。つまり、ニゲルがウエンの石を割るには、ウエンが石にためた創造のアダマの量を上回る、破壊のアダマをぶつける必要がある」
「ウエンさんの石は沢山あったから、そうして使うために持ってるってこと?」
「…かつては、そうしていただろう」
「いまは使わないんだ…」
「というより、いまは、使えないんだ」
「なんで…」
ニゲルには不思議でならない。サフィラスに以前も聞いたけれど、魔法士が昔は沢山いたのに、今はいないというのと、何か関係があるのだろうか。
「魔法士狩りだよ」
「まほうしがり?」
サフィラスは悲しみで揺らぐ瞳を瞬いて、ニゲルの方を振り向いた。
「おそろしいことに…魔法士を見つけ次第殺しているんだ、この国は」
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