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1章 出会い
山のウサギ
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辺りはかなり薄暗くなってきた。
ニゲルは、くらがりで眼を凝らすのは得意だが、ウサギを捕まえるのは初めてだ。
どうして良いか分からず、とりあえず出来るだけ静かにして、足音を立てないようにそうっと枯れ葉の積もった地面を踏みしめた。
「お兄さん、お兄さん…」
袖を後ろからクイクイと引っ張る。
「…シッ」
カサッと、左の方向で音がした。
お兄さんは、足音も立てずに、少し先にある木までそろそろと近づくと、ニゲルにはそこから近づかないようにと、手で合図した。
今2人は、小屋のある沢からかなり山に上がって、どことも分からない斜面に身を屈めていた。
辺りは木々に囲まれて、お互いの顔もよく見えない。
やはり山は日が落ちるのが早いのだ。
ニゲルはこんな暗がりのなか、1人で山に入った事がない。あたりの不気味な雰囲気と、ホウホウと時折何かが鳴く声、木々の葉がざわめく音に、だんだんと怖くなってきていた。
熊が出たっておかしくない。野犬もいるかもしれない。蛇だって、足元にいたら、噛まれるまで気がつかないだろう。
早く帰りたい…そんな思いがちらついてくる。
しかし、離れた場所で、お兄さんがサッと右手を上げたのが見えた。
途端、短い矢のような2つの細長いものが空中に浮かんだ。
(な、なに…?)
突然あらわれた、削ってとがらせたつららの様なするどい物体に、目が釘付けになる。
ぼんやり、暗がりで白く浮かび上がるそれは、方向を定めるように角度を下にさげたかと思うと、ピュッと目にも止まらぬ速さで視界から消えた。
(な、なにあれ!?どこにいった?)
ニゲルはあまりの驚きに声を上げそうになって、口を両手で押さえた。
(すごい!…なんか白いのが宙に浮かんでた!)
お兄さんの背中を目で追う。
お兄さんは、気付けばあっという間にニゲルのいる場所から遠ざかり、かなり先に進んでいて、大分小さく見える。肩あたりから下、半身は、生茂る葉に覆われ、周囲の暗さもあって、もうほとんど見えない。慌てて近づきたくなるほど離れていた。
思わず身動ぎして、ぴょんぴょん飛んでみる。
すると、すっとこちらを向いたのか、両手を上げてなにやら振っている。
その手は何か生き物をつかんでいて、ぶら下げているようだ。
「すごい!すごい!!」
ニゲルは、小躍りしたいほど喜んだ。
「…待たせたね。ちょうど二匹がウロウロしていてよかった」
ガサガサと遠慮なく音をさせながら近づいてきたお兄さんは、ニゲルにまだ温かい、けれども動きはしないダランとした茶色い毛の塊を、差し出した。
大っきいウサギ。
二匹だ。
しかし目の前でその姿を見ると、ピクリとも動かない動物を見たことがなくてすこしびっくりしてしまった。
おもわず後ろに一歩、さがる。
おそるおそる、おっかなびっくり、ちょんちょんと、つついてみる。
―――あたたかい。
そう思った。
ふわふわした毛が指先を優しく包む、その体温に、なんだかゴクンと、つばを飲み込んでいた。
いままで野を駆けて、遊んでいたウサギ。
ニゲルとお兄さんが突然、その時間を永遠に奪ったのだ。
狩とは、さっきまで生きていた、その生き物の命を自分がもらう事なんだ。
そう思うと、なぜか悪いことをしているような気分になった。
「……」
でも、お昼も食べてない。
朝だって、芋の煮っころがしだけだ。
このウサギを食べないと、ニゲルも、妹も弟もお腹が空いて空いて、いつか倒れてしまうかもしれない。
だったら、このウサギは大事に食べよう。
いや、大事に食べないとだめだ。
じゃないと、命をくれたウサギに悪い。
ニゲルたちが生きる為に、その命をもらったのだから。
なんだか魚釣りでは考えないようなことを考えて、ニゲルはうつむいた。
「…ニゲル君、びっくりしたかい?」
「……うん」
正直にうなずくと、お兄さんを見上げた。
「でも…大丈夫。ありがとうってお礼を言いながら食べるよ」
きっと美味しいに違いない。
「そうだね。いい心がけだ。尊いこの命に感謝の気持ちを忘れないでいよう」
お兄さんは、ウサギにきれいな礼でお辞儀をした。
「お兄さん、ありがとう…。僕、お腹ペコペコだし…ウサギ食べた事ないから楽しみ。おいしい?」
「そうかい。ウサギは美味い。きっと好きになるよ。私が料理してあげよう」
ニゲルは、くらがりで眼を凝らすのは得意だが、ウサギを捕まえるのは初めてだ。
どうして良いか分からず、とりあえず出来るだけ静かにして、足音を立てないようにそうっと枯れ葉の積もった地面を踏みしめた。
「お兄さん、お兄さん…」
袖を後ろからクイクイと引っ張る。
「…シッ」
カサッと、左の方向で音がした。
お兄さんは、足音も立てずに、少し先にある木までそろそろと近づくと、ニゲルにはそこから近づかないようにと、手で合図した。
今2人は、小屋のある沢からかなり山に上がって、どことも分からない斜面に身を屈めていた。
辺りは木々に囲まれて、お互いの顔もよく見えない。
やはり山は日が落ちるのが早いのだ。
ニゲルはこんな暗がりのなか、1人で山に入った事がない。あたりの不気味な雰囲気と、ホウホウと時折何かが鳴く声、木々の葉がざわめく音に、だんだんと怖くなってきていた。
熊が出たっておかしくない。野犬もいるかもしれない。蛇だって、足元にいたら、噛まれるまで気がつかないだろう。
早く帰りたい…そんな思いがちらついてくる。
しかし、離れた場所で、お兄さんがサッと右手を上げたのが見えた。
途端、短い矢のような2つの細長いものが空中に浮かんだ。
(な、なに…?)
突然あらわれた、削ってとがらせたつららの様なするどい物体に、目が釘付けになる。
ぼんやり、暗がりで白く浮かび上がるそれは、方向を定めるように角度を下にさげたかと思うと、ピュッと目にも止まらぬ速さで視界から消えた。
(な、なにあれ!?どこにいった?)
ニゲルはあまりの驚きに声を上げそうになって、口を両手で押さえた。
(すごい!…なんか白いのが宙に浮かんでた!)
お兄さんの背中を目で追う。
お兄さんは、気付けばあっという間にニゲルのいる場所から遠ざかり、かなり先に進んでいて、大分小さく見える。肩あたりから下、半身は、生茂る葉に覆われ、周囲の暗さもあって、もうほとんど見えない。慌てて近づきたくなるほど離れていた。
思わず身動ぎして、ぴょんぴょん飛んでみる。
すると、すっとこちらを向いたのか、両手を上げてなにやら振っている。
その手は何か生き物をつかんでいて、ぶら下げているようだ。
「すごい!すごい!!」
ニゲルは、小躍りしたいほど喜んだ。
「…待たせたね。ちょうど二匹がウロウロしていてよかった」
ガサガサと遠慮なく音をさせながら近づいてきたお兄さんは、ニゲルにまだ温かい、けれども動きはしないダランとした茶色い毛の塊を、差し出した。
大っきいウサギ。
二匹だ。
しかし目の前でその姿を見ると、ピクリとも動かない動物を見たことがなくてすこしびっくりしてしまった。
おもわず後ろに一歩、さがる。
おそるおそる、おっかなびっくり、ちょんちょんと、つついてみる。
―――あたたかい。
そう思った。
ふわふわした毛が指先を優しく包む、その体温に、なんだかゴクンと、つばを飲み込んでいた。
いままで野を駆けて、遊んでいたウサギ。
ニゲルとお兄さんが突然、その時間を永遠に奪ったのだ。
狩とは、さっきまで生きていた、その生き物の命を自分がもらう事なんだ。
そう思うと、なぜか悪いことをしているような気分になった。
「……」
でも、お昼も食べてない。
朝だって、芋の煮っころがしだけだ。
このウサギを食べないと、ニゲルも、妹も弟もお腹が空いて空いて、いつか倒れてしまうかもしれない。
だったら、このウサギは大事に食べよう。
いや、大事に食べないとだめだ。
じゃないと、命をくれたウサギに悪い。
ニゲルたちが生きる為に、その命をもらったのだから。
なんだか魚釣りでは考えないようなことを考えて、ニゲルはうつむいた。
「…ニゲル君、びっくりしたかい?」
「……うん」
正直にうなずくと、お兄さんを見上げた。
「でも…大丈夫。ありがとうってお礼を言いながら食べるよ」
きっと美味しいに違いない。
「そうだね。いい心がけだ。尊いこの命に感謝の気持ちを忘れないでいよう」
お兄さんは、ウサギにきれいな礼でお辞儀をした。
「お兄さん、ありがとう…。僕、お腹ペコペコだし…ウサギ食べた事ないから楽しみ。おいしい?」
「そうかい。ウサギは美味い。きっと好きになるよ。私が料理してあげよう」
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